海岸沿いの町ナトミー 6
「すみません、志遠さん、由利さん……」
深々と頭を下げ、二人へ謝罪するマノ。
「そ……そんな……! 私……達、謝られる事、何もされてないよ……?」
「っ……」
首を縦に振り、由利の言葉に同意する志遠。
「でも……私がアルハさんと喧嘩しちゃったから、二人にまで迷惑をかけて……」
「ホントだなー」
「ムッ……!」
申し訳無さでタレていたマノの目元がつりあがる。
「ちゃんと接客しろだしーあるはしゃん達お客様だしー」
「ぐぬぬ…………。
元はと言えば、アルハさんが素直に褒めなかったのがいけないんじゃないですか!」
「褒めましたぁ!! 褒めたけど、ひねくれてグチグチ言ってきたのはそっちですー!」
「なにをー!」
「なんだよー!」
「グルルルルル……」
「ガルルルルル……」
「ふ……ふたりとも…………けんかは……」
「あのー……お話してるところ申し訳ないんですけど……」
「「??」」
皆、その声に反応する。
すると、メイド姿の少年が酒場から顔を出していた。
「一応、店長やお客様に謝罪して、全員からOKを貰ったので入ってもらっても大丈夫ですけど、どうしま――――」
「「喜んで!!」」
メイド姿の少年、飯島璃空の計らいにより、酒場への入店が許された。
一度追い出されて、また入ろうだなんて普通は思わない? 普通の世界には人知を超えた力はありません。
「先程と同じ席でよろしいでしょうか?」
「いや、あそこの席で」
「えっ……」
俺が指定したのは、他の客から距離のある端の席。
「……かしこまりました。 お心遣い痛み入ります」
「こっちこそ気を使わせてごめんよメイドさん。
そうだ、マノのやつまだ使うなら貸すけど?」
「アタシ、物じゃないんですけど?」
「いえ、もう十分働いてもらったので大丈夫です!
マノさん、ありがとうございました」
「いえいえ! お役に立てたのなら何よりです」
謙遜した態度を振る舞うマノ。
……チラチラこっちを見ながら、ドヤ顔をしてなきゃ見直してたんだけどなぁ。
改めて人数分の水とおしぼりが受け取り、その後閉店間際まで店に居座らせてもらい……。
「ラストオーダーのお時間ですが、何かご注文はありますか?」
「もぐ……そうですねぇ……じゃあ、シメに海鮮ラーメン特盛で!」
シメを特盛にすんな。
「あ……私も……」
由利が注文するなら許そう。
「俺は……」
「はい、以上でよろしいでしょうか?」
「あ、いや、俺……」
「はい!以上です! お二人も良いですよね?」
「おう」
「っ……」
首を縦に振る志遠。
「かしこまりました。 では、メニューと空いているお皿をお下げします」
「…………」
ドンマイ志遠。後で寄り道してなんか食おうぜ。 そんな事を心で呟く。
もっとも、俺としては仕事終わりの飯島璃空から色々と聞きたい事があるからこの時間まで残ってたんだが……。
「"エピリス"」
呪いのような言葉を店内に残っていた全員が耳にする。
「今のは……」
ガシャァァァン!! 次いで食器が破損し、キッチンやレジにいた従業員が体をその場で低くし、身動きを取れずにいた。
そしてそれは神の力や、呪いの言葉と類似する力を持たない志遠や由利の自由も奪う。
「なッ……!? 皆さん、どうしたんですか!?」
「大罪魔法だ」
「大罪魔法って……」
「さっき聞こえただろ、エピリスって……。
あれは怠惰の大罪魔法で――――」
「ベルゼブブの件があったから警戒していたけど、まさか裏切り者のマモン以外に大罪魔法が通じない相手いたなんて……」
「っ!」
酒場の出入り口の扉が開けられる。
「神の力を人間レベルまで落とした神、アルハ・アドザム」
腰のあたりまで伸びた暗い茶髪の女は、セーラー服姿で俺達の前に現れる。
「ベルフェゴール……」
「ベルフェゴールさん……」
人の頭程の大きさをした火の鳥が彼女に付き従うよう、翼をはためかせている。 なるほど、普段のフェニックスは小さくさせているらしい。
「今まで影からコソコソ人殺しをしていた奴が、今回はまた随分と強引な手段を選んだな」
「選ぶに決まってるわ」
ベルフェゴールの視線が皿を落とし、力無く倒れている飯島璃空に向けられている。
「私の願いは今ここで成就するんですもの」
「? ベルフェゴールさん、何を言って……」
ベルフェゴールの顔の横を飛んでいたフェニックスが飯島璃空へと近付いていく。
「チッ……! マノ、ベルフェゴールを牽制しろ! 聖奥解放、ラドジェルブ!」
「えっ? あ、はい!!」
飯島璃空とフェニックスの間にラドジェルブを放ち、接近を阻害する。
「よし、これで……っ!?」
聖奥を使用した途端、全身に襲いかかる倦怠感。
人間の肉体で生きてきて一ヶ月、慣れ過ぎたからか大罪魔法への耐性が下がっているようだ。
「たとえどんな邪魔が入ろうとも、私は願いのためならここにいる人間全てを殺す!
邪奥解放!」
「しまった……!」
以前なら数秒のクールタイムで聖奥を再使用出来たはずなのに、今は動く事すらままならない……。
どうする……神皇の瞳を使えば何とかなるが、気軽に使えば今度こそ天上の神が俺に何かを仕掛けてくるに違いない……。
今はまだ、そんな事でアイツへの道を断つわけには……。
セーラー服という見た目に不釣り合いな細見の剣を腰から引き抜くと、フェニックスで刀身を包む。
「焼き殺せ、リコリクスレイン!」
レイピアの尖端から抽出された青紫色の炎の塊が彼岸花のように開き、店内へと飛び散る。
木材で出来たテーブルやイスに引火し、店内はたちまち火の海へと様相を変える。
「これで邪魔者は全部……」
「グングニルウィルガニド!!」
瞬間、真っ白い槍が暴風を纏い、燃え広がる炎を吸収するようにかき集める。
「!?」
手元へと戻る槍、トンっと床を小突いて炎を消し飛ばすと、彼女はベルフェゴールの前へと立ち塞がった。
「マモン……」
「っ……」




