海岸沿いの町ナトミー 5
時刻は16時30分
「……ん? もう、こんな時間か〜……」
ピンっ……と、背伸びをし、体を目覚めさせる。
「由利、そろそろ行くぞ?」
「ん……んぅ…………」
目を擦り、大きなあくびをしつつも、呼び声に反応して由利が体を起こす。
「志遠も……って……」
「っ……」
無言ながら、首を縦に振り、既に起きている事を示す。
「はーい……了解でーす……」
由利の着替えを覗かないようにと、先に部屋の外で待つ野郎二人。
「アドザム」
「なんなに〜?」
「たった今、気付いた事がある」
「うん」
「とんでもない事に気付いた」
「うん」
「まさか……今の今まで気付かなかったなん――――」
「いや、早く言えよ!」
「マノがいない」
「気付くの遅っ! もうちょっと前に気付くだろ……」
「どうする? 俺だけここで待って、合流してから酒場に向かうでも構わないが……」
「お前……まだ俺との会話の時だけ他人行儀な感じだよな……」
合いそうになる目線をそらす志遠。
「マノの事だ、食い物の匂いにつられて、いつの間にか来てるさ」
「そうか……」
なら、良いか……と、言わんばかりに納得し、黙り込む志遠。
そうこうしてると201号室の部屋の扉が音をたてて開く。
「おまたせ…………っ! し……しました……」
装いを新たにした由利がぎこちない敬語を使う。
ああ……そうか。 そういや、コイツがいるもんな。
「由利、志遠がいても普段通りの話し方で良いからな?」
「え……。で、でも…………」
怯えた眼差しが志遠へ向けられる。
「…………」
……どうやらこの守護者様も何も言わないつもりらしい。
「志遠、話しやすいようにタメっぽい口調だけど良いよな?」
「っ……」
首を縦に振り、承諾する志遠。
「だってさ」
「う……うん…………わかった……」
うわぁ……この二人、コミュ障が過ぎるだろ……。
鍵の施錠を確認して宿を出ると、西の空にはオレンジ色の夕焼けが顔を隠すかというぐらいまで沈んでいる。
「由利、平気か?」
「うん……。 お昼よりは人も少ないから……」
「そっか」
「…………」
安全のために由利と手を繋ぎ、志遠は少し後ろからついて来るような位置取りで酒場へと歩を進める。
ま、ベルフェゴールの標的や襲撃方法からして、俺達を狙うなんて事はまず有り得ないが……。
「アドザム」
「ん?」
「酒場の方から魔力を感じる」
「知ってる。 マノのやつ、やっぱ先に行ってるみたいだな。
ったく……連絡の一つぐらいすりゃ良いのに」
ぶつくさと文句を垂れながらも酒場へと到着し、店内へと入る。
扉に付いたベルがチリンチリンと音を鳴らし、新規の客を出迎えた後、前日同様に可愛いウェイトレスなメイドさんが……。
「へい、ラッシャイ!」
………………は?
「あ、アルハさんじゃないですか!待ってまし……」
「すみません間違えました」
「待て待て待ていっ!!!」
出ようとした所をガッチリと捕らえられる。
「ぐぐぐぐぐ…………すみません間違えました!!」
「ふぐぐぐぐぐぐ…………間違えてないから帰らないでくださいよ……!」
力比べの結果、負けた。
「おお〜……いってぇ〜…………ほんっとバガヂガラだなお前……」
「ふふんっ! これでも強欲の悪魔の力を持ってますからね!」
「強欲じゃなくて暴力の間違いだろ……」
「なんか言いました?」
「なんでもないでーす」
席に案内された俺達三人は、前日も接客をしていたメイド姿の少年、璃空に事のあらましを聞いた。
「へぇ〜……お前が手伝いねぇ〜……」
「そうです! 凄いでしょ〜服も似合うでしょ〜!」
そう言ってパツパツのメイド服を誇らしげに見せびらかしてくる。
「ああ、凄く似合ってる」
「えへへ……ありがとうございます!」
何だコイツあからさまにメスの顔してんな。
「かわいい……」
「おっ! 由利さんにも褒められちゃいました!やったやったぁ~!
後で由利さんも着ちゃいます?」
「あ……ううん。 私は……いい…………」
「そうですか? まあ、嫌なら無理強いはしませんけど。
さ、アルハさん!」
「え?」
「ふふん……!」
うわぁ……。
褒めろと言わんばかりに尚もメイド服を強調して見せるマノ。
「にあってるにあってるー」
「心が籠もってないです!」
「チッ……すっごーい!とっても似合ってるね!」
「舌打ちした、やり直しです」
コイツ……!
「んな事よりお前仕事しろ!
あのメイドさんに頼まれて手伝いをしてんじゃねーのかよ!?」
「今、休憩中です」
「あー、そうですか! そら、悪ぅございやした!
はいはい、乳がデカくて服パツパツですねー大変そー」
「うわ……こういう公共の場でそんな発言するとか信じられないです!
公然わいせつ罪!名誉毀損!セクハラ!」
「うるせぇ! やんのかアアン!?」
「上等ですよ! やってやろうじゃないですか!」
その後、俺とマノがすぐに店から追い出されたのは言うまでもない。
尚、残った志遠と由利も、二人だけは気まずかったらしく、俺達の後を追うようにして店から出てきた。




