認識の支配者 4
「……」
ニルプス城正門前。
門扉は開きっぱなし、城の周辺にレヴィアタンの眷属である魔獣は一匹たりともいない。
(城の中で奇襲させるつもりでしょうか……。 でも、どの眷属とも戦った事はあるし、多分なんとか……)「なんとか…なる……」
小さな独り言が未だ彼女の内で不安を募らせている事を訴える。
「すぅーーっ……よし!」
意を決し、城の中へと歩を進める。
(こうして、このお城に入るのは、今回で二度目ですね……。
あの時は、悪魔の存在証明と奴隷になった子供を救うために王様を倒す…なんて理由だったのに、今はその王様の部下を助けるために来ている……不思議な感じ)
「……って、思い出に耽ってる場合じゃなかった! 地下への階段は……」
一階の大広間を見渡す。
正面には上へと続く大きな階段、周辺には小部屋が点在している。
「……あ!」
首を回し、最後に視線が向けられた左端。 壁の影に半分隠れた場所に下へと続く階段を発見したマノ。
「この先に、ガイムさんが……」
場所は変わり玉座の間にて、、
「行っちゃった……。 やっぱり効いてないなぁ、支配者の権能」
地下へと降っていく姿をトンボの眷属を通して確認したレヴィアタン。
「神を除く全ての生命体に有効って言ってたのに……アザトゥス様のウソつき……。
ガイムくんには効いてたんだけどなぁ……うーん…考えても仕方ないかも?
さて、マノちゃんはガイムくんを助けられるかな?」
、、、、、、
「どういう風の吹き回しなのかな? シオン殿」
「……」
「……貴殿が何を思って此処にいるかは理解しかねないが、共に剣を取ってくれると解釈して良いんだな?」
「っ……」
首を縦に振る志遠。
「そうか。 では、宜しく頼む」
「……ああ。 それと、アンタのとこの女騎士は……」
「言わなくとも分かってる。 アリアの目を覚まさせたら、合流する……とでも言ってたんだろ?」
「ああ」
マノから数十分遅れでニルプス城へ到着した二人も城内へと足を踏み入れる。
「エナ」
「どうした」
「マノの髪の毛が落ちていた」
「……よく気付いたな」
「彼女の匂いがしたからな」
「貴殿の嗅覚はどうなっているんだ……」
「……? スン…スン……」
「次はどうしたんだ?」
「たった今まで匂っていたマノの匂いが消えた……」
「っ……。 それはどういうことなんだ?」
「分からない。 でも……」
「でも…?」
「匂いが消えた。という事だけは分かる」
「……。
よし、地下への階段の場所は覚えている。 早々に向かおうか」
「っ……」
首を縦に振る志遠。
「確か……この裏側に……」
先行してマノが降っていった地下に続く階段へと、、、
「……」
「……何も無いな」
「おかしい……。 確かにここに地下へ通じる階段があったというのに……」
「レヴィアタンがその階段を塞いだという可能性は無いのか?」
「そんな事をするのであれば、ガイムを捕らえた事を俺やマノに報告するのは不自然だ」
「と、すると、単純にアンタが場所を間違えたんじゃないのか?」
「そんなはずは……。
……いや、考えていても埒が明かない。 先ずは他に地下への道がないか探そう。
俺は城の西側、シオン殿は東側を頼む」
「っ……」
志遠が無言で頷く。
、、
「うんうん! 上手くいったみたい!
あんなにちゃんと階段があるのに、それに気付けないなんて……やっぱりマノちゃんが可笑しいだけで普通の人には効くみたいだね!」
レヴィアタンは自身の術中に嵌った事を嬉々として眺める。
「とりあえず男性陣は玉座の間に誘導して、城外にいるイオちゃんは仕掛けておいたもう一人に案内してもらおっかな?」
場所はまたまた変わり地下道にて、、、
「うぅ……やだなぁ……怖いなぁ……」
稲○淳二のような事を呟き、ブルブルと身体を震わせながら暗い道を進んでいくマノ。
障害物等があまり無いのが唯一の救いだが、少しでも何かにぶつかると……。
カタン!
「ッッッ〜〜ーーーっッ!?!?!?!!!!」
言葉にならない声を荒らげ、その場でジタバタする始末である。
(一人ぼっちで暗いのはムりぃぃぃぃぃ!!!)
以前にも彼女が犬の眷属と対峙した際も暗がりであった。
が、マノ以上に怯え、オネエ化した人物がいたため、今よりも恐怖が薄れていたのだ。
「神様助けて〜……てか! フツー、助けに行くのは男で助けられるのが女の子なのに、なんでアタシが助けに来てるんですか!? 分かりません!!!」
質問する相手がいないため自己完結である。
「紫の魔宝石が触れてもいないのに光ってるのも不気味だし……もうヤダぁ〜……」
何気ない一言が、紫の魔宝石の心を傷付け、その輝きを弱まらせる。
「だいたい、アルハさんは何してるんですか! こんなにキャワイイ女子を放っておくなんて何様のつもりなんですか!!」
A.神様です。
マノの無様な文句は誰がツッコむでもなく暗闇の奥へ、奥へと響いていく。
ごんッ……。
「ひギっ!?!?!?」
またも何かにぶつかるマノだったが、今度は何かが違った。
「いっっったぁぁ〜〜〜いッッ!!!!」
相当な硬さの物体に足をぶつけ、その場で縮こまり身悶える。
「んもうっ! 次は何なんですか!!」
足を痛めた原因に八つ当たりしようとその物体へ手を伸ばす。
「ったくもう……ぶつぶつ……ん? これ……」
マノが手にした物体、それは素材不明の湾曲した何かにピンとした一本の線がついていた。
(この形……多分、弓……ですよね? どうしてこんな所に?)「えっと、火の魔法名は……ファボエル!」
灯りの代用として火球の魔法を指先から小さく出す。
すると、本人の想像通り、マノが手にしていたのは節部分が月のような白さで彩られた弓だった。
「…………」
赤い火の灯りを受けても遜色なく映る白い弓に、マノの心は惹かれていた。
「でも、何でこんな物が……」
弓を見ながら不思議に思う。
瞬間―――。
「……!」
マノの頭の中に様々な映像が流れ込む。
どこかに安置される白い弓。
水の押し寄せる海底神殿。
水に溺れ、息絶えていく無数のトンボ。
そして、死んだトンボの死骸が、安置されていたこの真っ白な弓に触れた途端、この地下へと転移した光景。
断片的ないくつかの映像の後、ハッと意識を取り戻す。
「今のって……この弓の記憶?」(無機物に記憶なんて……一体、どういう理屈なんでしょうか?
でも、アタシにこの記憶を見せたって事は、何かしらの意味が……?)
たった今起きた出来事に薄ら寒さを感じつつも、真っ白な弓を手に、地下牢を目指して奥へと進んでいくのだった。
輝夜の弓。
影の月光世界の海底神殿に安置されていた真っ白な弓。
節部分には様々な月の模様と四文字のアルファベットが書かれているが、アルファベットは意図的に削られており読むことが出来ない。
神殿同様、いつ、誰が、何のために置いたのかは分からない。




