嫉妬の魔獣 4
「っ……」
「? どうかしましたか団長?」
飛行魔法を使い、魔獣を封印したとされる聖域へ向かっていたエナは、その道中、ニルプス王国の中央に位置する噴水広場で違和感を覚えていた。
(なんだ……噴水の中にキラキラとした物が……)「イオ、君は先に行っててくれ。 少し用事ができた」
「え? あ、はい……」
言葉の意図を掴めず疑問に思いながらも、イオは指示に従って聖域へと向かう。
「……行ったか」
部下を見届けると、地上へと下降し、噴水の中で輝きを見せていたソレを拾い上げる。
「これは……魔宝石の腕輪……」(何故、王がマノ・ランブルグへ与えた装飾品がこのような場所に……)
腕輪はビショビショに濡れていた腕輪をじっくりと眺める。
(……ん? これは……)
すると、おかしな物に気付き、腕輪の内側を指でなぞる。
(皮膚片……なぜこんな物が……)
キーーーン……。
「っ!」
耳障りな音がすぐ近くから聞こえ、周囲を見渡すエナ。
キーーーン…………キィーーーン……キーーーーッ…………。
(噴水の周辺は見晴らしが良く、音が反響するという事は普通、考えられない。
音の主は自分の居場所を探られたくないようだな。
ならば、聞こえてくる場所を全て把握、それらに共通する物を見つければ……)
「っ…………」
目を閉じ、耳をすませる。
キーーーン…………。
(この音は一番最初に聞こえた音、たしか噴水からだったな)
キィーーーン……。
(この音は噴水よりも近く、……俺の手元から!?
まさか、この腕輪か?)
キーーーーッ…………。
(これは少し遠いな……方角としては、中央広場から少し逸れた川の方からか……)
「水か」
「然り」
「!?」
バシャァアン!!
突然の声に反応するよりも先に水の中へと引きずり込まれる。
「っ…………」(ほう……コイツが音の正体か)
人の様な顔のパーツに魚の皮膚をした怪物。
怪物はケタケタと笑みを浮かべながらエナの体を見定めている。
(人魚……にしては不気味だが、それは人間が人魚に対しての理想を高く持っているからとも取れる。
こちらを取り押さえる人魚の腕力はかなりのもの、力勝負では劣勢を強いられるか……ならば、レーバテインを用いて……。
いや、先に腕を封じないのは可笑しい……となると、次点の攻撃は腕に……)
「命令、魔蛇、拘束」
(? 今のは……)
「シャァァアァアアアッ!!」
「っ!」
無機質な言葉に呼応し、人魚の後方からは無数の蛇がエナの四肢へと齧り付く。
(唐突に出現させた蛇に手足を噛ませ、咬合力の高さで苦痛を与える寸法か。 だが、こんなものは痛みにさえ慣れればさして問題にはならない。 それよりも……)
エナは手足や体を動かそうとするも、体は鉛のように重く動かない。
(やはり抜け出せないか……ではあの手段でしかないか。
リバイアサンの行方も、この世界からの脱出方法も無い現時点で使うのは少々気が引けるが、死んでしまっては元も子もない)
身動きを完全に封じられながらもエナは冷静に分析をし、一つの結論へと至る。
(聖奥解放……リドゥフェーズ)
思考のみで発動した聖奥は周囲……世界全体の空間に振動を与え、それにより生じた時空の狭間へと彼だけが吸い込まれていく。
「命令、魔蛇、追跡」
無機質な声で蛇に追跡の指示を出す人魚。
しかし、蛇たちはエナが吸い込まれていった時空の狭間へ踏み入る事は能わなかった。
「…………」
時空の狭間にて、六十秒前のその場いる自分や世界の光景を見るエナ。
(戻し過ぎによる余分な崩壊現象は是とはしないが、腕輪の持ち主を確認するためにも、もう少し巻き戻すか……)「リドゥフェーズ」
空間が歪みだす。
噴水側で腕輪を拾っていたエナは、その現象に驚きつつも時空の狭間にいるエナへと目を配っていた。
時間が更に巻き戻る。
すると、影の月光世界では不可思議な事が起き始める。
大地が崩れていたのだ。 それは、破壊と呼ぶよりも消滅に近い崩れ方だった。
(……予想よりも被害は少ないが、それでも五分戻しただけで世界の一%が失われたか。
噴水内部の変化は無し、我々二人がここを通りかかるのが二分後だったので、それよりも少し前にしたが……。
もう少し巻き戻そう)「リドゥフェーズ」
空間が三度歪む。
エナの視界に映る光景は巻き戻され、戻っていく時間の中で世界からは建造物が植物が空が消滅していく。
と、その時だった。
バシャァアン!! ぶぶぶぶ……!?
水に勢いよくぶつかった衝撃音、ブクブクと水中から息がこぼれる音をエナは耳にした。
「っ! 十五分前か……。
聖奥終了、我はこれより始める」
呪文のように言い放ったエナは、その言葉を皮切りに時空の狭間から世界へと戻る。
噴水前へと到達すると、柄と刀身で分けていた得物を接合し剣として噴水内部へと投げ入れる
「聖奥解放、レーバテイン!」
エナの言葉に反応した剣は閃光を放ちながら噴水を粉砕し、水と一緒にマノや人魚が流れてくる。
「ゲホッ……ゲホゲホ!」
「手荒だったな、命に関わるほどの傷はあるか?」
「ケホッ……い、いえ…………!?」
差し伸べられた手を握り返し、顔を上げたマノは一驚していた。
「?」
「…………」(やだ、なに、凄いイケメンなんですけど…!)
「……おい」
「…へ!? あ、なんですか?」
「痛いんだが」
「え……いた、い…?」
マノはなんの事かと思いながらキョロキョロと顔を動かす。
握っていた目の前の男の手が半分ほどの太さにまで縮小している。
「うギャガァ!? ごごごめんなさいッっ!!!
赤い魔宝石の力を使いっぱなしだったからつい……」
「魔宝石……やはりその腕輪は君の物だったか、マノ・ランブルグ」
「はい。 ……って、アタシ、自己紹介しましたっけ?」
「命令、魔蛇、拘束」
「「!!」」
立ち上がる人魚の後方から無数の蛇が二人へと迫る。
「来い、レーバテイン!」
しかし、エナの声に反応した魔剣レーバテインが、一切の蛇の首を切り落とし、人魚を牽制しながら彼の手元まで舞い戻った事で人魚の策は無駄に終わる。
「凄い……剣が動物みたいに……」
「魔剣とは、月光世界の管理神オーディンの魔力で作られた剣。
神の魔力だけで作られたからか、これら魔剣は知性を持ち、我々、魔剣使徒を友として認識しているんだ」
「へぇ〜……って、なんですか、これ?」
エナはレーバテインの柄と刀身を分離させると刀身部分をマノへと手渡す。
「レーバテインの刀身は治癒能力がある。 暫く持っているといい」
「え、でも、アタシの腕輪の力でも……」
「使用者である君の扱い方が雑なせいで、その腕輪の魔力再利用効果は完全には活かされていない。 黙って言うことを聞くんだ」
「あ、は…イケメンさん!」
「っ!」
マノの叫声により身の危険を察したエナは直様踵を返す。
「油断、騎士、捕食」
しかし、時既に遅し。
体に水を纏いながら突進をする人魚は、エナの両腕を塞ぎ、頭から喰らわんとばかりに口を大きく開いている。
「っ――!」(防御が間に合わない……一秒だけ戻すか?いや、これ以上は…………)
「ナイトオブセイバー」
刹那、その場には巨大な騎士の化身が何処からともなく現れ、人魚の腕を切り落とすと、続く斬撃にて人魚を追い返す。
「ナば!?」
不可解な反応で後方に下がると、人魚は再び水を纏い、中央広場から逸れた場所にある川へと逃げ込んだのだった。
「ふぅ〜……危なかったですね〜……」
「ああ……そうだな」
「団長!?」
「っ! この声は……イオか」
上空からイオと現時間に存在するエナが下降する。
「!?!?!?」
自分の隣にいる男とイオの隣にいる男を交互に見ながら驚くマノ。 そんな事など意に介さず、マノの隣にいたエナとイオの隣にいたエナは互いに理解したように距離を詰めていき、、、
「後は任せたぞ」
「ああ」
マノと共にいたエナの肉体は泡のように溶けると、残った泡がイオと共にいたエナと融合する。
「さて、マノ・ランブルグよ。 何から聞きたい?」




