嫉妬の魔獣 3
上の階へと再度、やって来たアタシ達三人。
「ガタガタガタガタ…………」
「声で言ってる人初めてですよ……」
左には騎士なのに暗がりが苦手という事が発覚したガイムさん。
「真っ暗だねぇ……」
右には体調が少し良くなったとの事でレヴィさんがいる。
「もう使って良いかな?」
「はい、お願いします」
「うん。 ……リトン」
レヴィさんが右手で空を扇ぎながら魔法の言葉を紡ぐと、ぼんやりとした明かりが二階の部屋全体に行き渡る。
「グルルルルゥ…………」
廊下の一番奥、玄関の真上にあたる場所で、アタシ達を認識した犬の魔獣が威嚇をしている。
「っ! ガイムさん」
「見えてますよ。 ……いますね、犬にしちゃ可愛げの足りないのが」
刺激させないよう、小声で会話を進めながら、魔獣の動向を探る。
「二人とも、油断しないようにね」
「はい」
「あ、お嬢さん、僕の時はそんな素直じゃなかったのになー。 なんかジェラシーだわー」
「っ……」
「相手によって態度変えてるんです」
「僕にはツンデレ対応って事ですかぁ……人によってはご褒美でしょうけど、僕はメンヘラ派なんですよねー」
「聞いてないです」
「ァウォォォォン!!」
犬の魔獣が遠吠えをはじめる。
呼応したように建物の隙間から黒い霧が流れ込み犬の魔獣を包み込む、、、
「ォォォアウ…………」
黒い霧は犬の魔獣の体毛と化し、その体格を倍近くまで大きく見せている。
「霧が……毛になった……」
「うげ……僕、ペットは短毛派なんですけど」
「気をつけて二人とも、猫の魔獣とは違って人の言葉は話さないけど、知能でいえば犬の魔獣も……」
キーーーン……不快な音が連続的に響いている。
ト゛カ゛カ゛ク゛ャ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!
右側から吹き抜けるような突風と破砕音。 残り香のように黒い霧が毛をパラパラと落としながら、ゴキュゴキュ……と啜り上げる咀嚼音が階段側から聞こえてくる。
「……! レヴィさ――」
「はァァァァァ!!!」
目に映る光景を頭の中で処理するよりも先に体が動いていた。
青と赤の魔宝石の力を解放し、グングニル(偽)を犬の魔獣へと放つ。
「はァっ―――――!!」
「…………」
喉元を齧りつかれているレヴィさんは気を失っている。 犬の魔獣は流し目でこちらの攻撃を確認すると、口に加えていたレヴィさんを下の階へと落とすと、、、
「グゥッ……!!」
「っ!」
一瞬の遅れをこちらの攻撃を躱す。
グングニル(偽)は壁を貫き、建物にポッカリと穴を空ける。
犬の魔獣はというと、天井へと退避し、角を利用して体を固定させている。
人の様な動き、確かに人語は話さなくても知能だけは高いようだ。 でも、、、
「お嬢さん!」
「ガイムさん、アタシはあの魔獣を倒すので、ガイムさんはレヴィさんの応急処置をお願いします!」
「バカなんですか? お嬢さんの超スピードを見切って軽々と避けちまう獣ですよ。
お嬢さんが強いのはなんとなく分かってますけど一人じゃ……」
「いいえ、あれは最速じゃありません」
「え?」
「あの魔獣は、アタシがグングニルを放つ直前にルビーだけに力を集中させた事を一瞬で判断したんです。
結果、その一瞬だけこちらの攻撃速度が落ちた事が躱される要因になったんだと思いますけど……。
次は必ず倒します」
「お嬢さん……。
分かりました。 でも、ヤバいと思ったら頼ってください」
「はい! そうなったら」
そうなったら……だけど。
ガイムさんを一階へと向かわせ、これであの魔獣とは一対一だ。
壁が破壊され、外との隔たりが無くなったのに、犬の魔獣は逃げ出そうとはしない。 人並みの知性を持ち合わせているがための怠慢か、それとも勝利を確信しているからこその余裕か……。
まあ、もっとも? 今の状態だとアタシが圧倒的不利なので外に出ていってほしいなぁ〜…なんて、思ったり。
「がルゥぅう……」
「っ……」
こちらが使える技は騎士の化身を顕現させる事でその魔力と攻撃力で圧し潰すナイトオブセイバー?とかいうのと、ルイさんの武器を真似て使ったグングニル(偽)
どちらも一般的な建物ではリーチが長くて扱いづらい。
先程のグングニル(偽)だって、犬の魔獣がレヴィさんを口に加えた状態+直線上にいたから難が無かっただけで、天井の角みたいな場所にいられると追撃がしづらい。
キーーーン……先程も聞こえた不快音が響く。 たしかこの後に、、、
「サファイア!!」
「ッッッ――――」
犬の魔獣は黒い霧を発生させて、周辺を真っ暗にしつつ、こちらへと接近する。
ビッ…頬を鋭利な物が掠める。
サファイアによる敏捷性能の上昇により事なきを得たけど、あの音が加速化の前兆だと把握していなかったら…そもそも、最初の加速化時にアタシを襲っていたら、それを知らずにいた。
「ウェルガニド」
風の魔法で黒霧を払い、視界を取り戻す。 犬の魔獣は……って。
「逃げたァ!?」
なんと、犬の魔獣は壁の穴から外へと逃げ出していた。
え、アタシの余裕があるから逃げない説、消えた?
犬の魔獣はニルプス王国の中心に位置する広場の噴水は空を駆け、逃走している。
「逃がさない!」
飛行魔法で追いかける。
しかし、なぜ逃走したのだろう。
黒い霧で相手の視界を奪い、その間に加速して一気に倒すというのは戦術としては悪くない。
たまたま、アタシの能力に超加速があっただけで、それでも視界を奪われた状態なら傷を負わせるのも難しくないのに……。
「それに……」
サファイアの力が弱まっているからか、思うようにスピードが出ない。 なら……!
「聖奥解放……」
左手に光の魔力と赤い魔宝石の力を集中させ、神槍のレプリカを生成する。
「グングニル!!」
犬の魔獣目掛けて投擲した槍は、音よりも速い速度で魔獣の頭を穿つ。
槍にではなく、左手に赤い魔宝石の力を込めて正解だった。 投げた時の腕力がスピードとして発揮されたらしい。
キャウン…と犬らしい声が聞こえたのがいたたまれない気持ちにさせた。
「っ…………」
魔獣の亡骸が中央広場の噴水へと姿が見えなくなるくらいに沈んでいく。
沈んで……沈んで…………え?
「なんで……」
あの噴水、そこまで深くは……。
不振に思い、魔獣が落ちていった噴水へと接近し、水の中を確認してみる。
「特に何も無い……」
水底は表側の月光世界で見たが、やはり一メートルも無い。 では、魔獣の亡骸はどこに?
グングニル(偽)により落下し、水しぶきが飛んだのを視認したというのに……。
「……」
噴水をぐるりと一周してみるも、亡骸は見当たらず、レヴィさんの具合も気になっていたので踵を返す……その時。
キーーーーーン……という不快音……これはまさか!?
「!?」
バシャァアン!!
振り向き様にヌメヌメとした生物が凄い力で水の中へと引きずり込む。
「んぐッ…!?」
眼前のその生物は目、鼻、耳、口の形や腕こそ人だが、肌や下半身が魚だった。
おとぎ話に出てくる人魚よりも魚に近い姿でありながら、魚の怪物と呼べるほど魚に近しいわけでもないその容姿だけで畏怖の感情を抱かせた。
「んっ……!」
でも、取り押さえられたのは体、腕輪に指を翳せばこの状況を、、、
「シャァァアァアアアッ!!」
「っ――!」
腕輪へと手を伸ばそうとした瞬間、魚の怪物の背後から蛇が飛び出し、アタシの指を食い千切った。
「ガ……ボっ……んっ…ぐ……」
痛みに耐え切れずに水を飲み込んでしまった。
食い千切られた人差し指と中指の先からは流血している。
「…………」
ミオの肉体は普通の女の子のものであって、特別丈夫なわけではない。この状態が続けば、アタシは……。
「命令、魔蛇、拘束」
「っ!」
無機質な魚の怪物の指示で、蛇の数は増え、それぞれがアタシの体を縛り上げていく。
「んぅ〜〜ッッ」
動かない。
蛇を縄の用途で使われているので手足が思うように動かない。
「ぅ…………」
意識が遠のいていく…………目の前にいる魚の怪物は物欲しそうに口を開いている。
「………………」
今度こそ……終わった…………。
下半身から捕食されていき、胸元あたりを噛み砕かれた時……。
ブツン…………。
激しい痛覚を感じながらアタシの意識は失われる。
目が覚める事はなかった、傷が癒えることもなかった。




