嫉妬の魔獣 1
前回から一時間経過。
端的に説明します、ぶっ通しで歩いててそろそろ疲れてきました、みたらし団子と温かい緑茶が飲みたい。
そんなところからのお話です。
「…………」
「…………ガイムさん」
「いやです」
「っ! まだ、何も言ってないんですけど!?」
「なんかイヤだったんで」
「なんかイヤだったってなんですか!?」
「そっすねー……うーん……なんか…………」
「…………」
「なんか、イヤだった」
「変わってないッ! 全く同じ答えを、ただ、時間かけて言っただけじゃないですか!」
「じゃ、何、話すつもりだったんすか?」
「えっ? あ、えっと……この道、なんなのかなぁ……って」
「…………」
アタシたちが今、歩いているこの道は、人一人が通れる程度で、その形状からして迷路のような作りだった。
「あー……ここ、裏路地じゃないっすか」
「はい」
「こういう裏路地って、泥棒がよくいるんすよ」
「なるほど」
「だから、逃げにくくするためにこういう迷路になってるんです」
「それって、そういう泥棒さんを取り締まるガイムさんとかが迷っていたら意味なくないです?」
「…………確かに!」
「今さら!?
アナタ、騎士になって数日とかではないですよね!? なんで、今の今まで気付かなかったんですか!」
「イヤー……自分、王宮勤めだったんで、こんなとこ来る機会無かったんすよ」
「…………はぁ」
「なんすか? その、不安そうな溜め息は」
「不安そう……じゃなくて不安なんです。
こんなんじゃ、レヴィさんどころか、ガイムさんのお仲間さんすら見つからない気がします……」
「………ヒュ…」
……え?
「い、今、何か言いました?」
「は? 何かって?」
「いや、その……空気が喉から直接出る感じの……」
「…ヒョ……」
「「!……」」
「ガイムさん…!」
「はい……今のは僕にも聞こえました」
会話と地面を踏みしめだけだったはずの地上から聞こえてきた音に、アタシたちは耳をすませる。
「……お嬢さん、あなたのその武装、攻撃には使えるんですか?」
「いえ……防御の方だけしか……」
「そうですか。
なら、僕が離れたら、防御力を限界まで高めといてください。 嫌な予感がします」
「っ…………」
その言葉に従い、ダイヤモンドの加護を高め、体を小さく丸めて警戒する。
「……ヒァ…」
今の息を吐くような音は、何か意図しない出来事で出たように思えた。
そして、ほんのりと鉄の臭いが、、、
「お嬢さん、上だ!!」
「っ!」
空から降ってくる三メートル強の獅子の獣人。
口に衣服を纏った人肉を喰らっていたソイツは、鋭利なツメでアタシとガイムさんの二人を纏めて引き裂こうと襲いかかる。
「「聖奥解放!」」
なんちゃってグングニルで引き裂こうと振るったツメの攻撃を相殺し、それにより生じた一瞬の間にガイムさんが放った剣ビームがソイツの左肩を貫き、片腕を胴体から切り離す。
「グギャガャギヤァァァァ!!」
ドサッ! いや、そんな軽い音ではなくべチャリとした音。
片腕をもがれたソイツは、その痛みに耐えれず叫び、口に加えていた人肉が地面へと落とされる。
「……あ」
「? お嬢さん、どうしたんすか?」
全身のほとんどが血で真っ赤に染まり、口元が食い千切られグチャグチャになっていてもすぐに分かった。
服装や局所的に血が付着してない部分から見える綺麗な青色の髪、、、
「レヴィさん……」
「レヴィ……あの人が……」
「ググググ…………」
「っ――――!」
獅子の獣人は、アタシがレヴィさんの知り合いだと察してか、レヴィさんを片手で抱え上げ、こちらへと見せびらかす。
「あの獣畜生、コッチを煽ってるみたいっすね」
「…………返せ」
「お嬢さん……っ?」
気付いた時には獅子の獣人が数センチほどの距離にいた。
否、アタシがその距離まで詰め寄っていた。
「返せぇぇぇぇ!!!」
「グルギャァ!」
左手に握っていた槍で貫くより先に、ドンッ!という衝撃音とピキ……とヒビ割れたような音がした後、景色が真っ白になりはじめる。
「ァ…………」
ここで意識を失ったら何も出来ずに死んじゃうかもしれない。
そんなの、絶対にイヤだ。
自己満足で良い、誰かに感謝されなくていいから、アタシを大切にしてくれた……大切に思ってくれた人を失いたくない。
だから……だから、神様。
「グゥルァァォ!!」
意識を失いかけているアタシの頭を空の手で鷲掴みにした獅子の獣人は、そのまま頭蓋骨を粉々にした。
「お嬢さん!!」
遠くではガイムさんが鬼気迫るような声でアタシの事を呼んでいる。 あの人、やっぱり根は良い人なんだなぁ…なんて思っていると、ブレーカーが落ちたみたいに全ての感覚が消えた。
「はァァァ!!!」
獅子の獣人へ攻撃を仕掛け、頭部の形が失われたマノを回収するガイム。
「っ………!」(この状態じゃ、回復系の魔法はもう……)
「ググググ……」
獅子の獣人は嗤いながら、またもレヴィを見せびらかす。
「ヤロウ……ナメやがって……」
ティルフィングを構え、聖奥を発動しようとするガイム。
「ググ」
しかし、それを察知した獅子の獣人がガイムへと接近し、鋭利なツメを用いてガイムへと攻撃を仕掛ける。
「く…ッ! 調子に乗ってんじゃ……」
獅子の獣人へと刃を振り下ろそうとした瞬間、、、
「ググッ……」
「!……」
獅子の獣人へと振るわれるはずだった刃は、レヴィの額既の所で止められていた。
「なんてきたねぇ……」
「戦ジュツト呼ブベキダ」
「なッ…!?」(コイツ、人の言葉を……!)
ザジュッ!
獅子の獣人は隙間ができないように指と指を重ね、槍のように勢いよく腕を突きだす。
「がッ!?」
血飛沫が弾ける。
心臓を貫かれたガイムは、獅子の獣人の腕に串刺しにされていた。
(なんだ……今のスピード……。
他の……魔獣とは…………ケタ違いだ……)
獅子の獣人はガイムの体から腕を引き抜き、腕に付着した血を払う。
「…………ッ」
(絶命スルマデモウ僅カカ……アノ娘モ弱カッタ……)
「回リクドイ事ヲスル必要ハナカ…」
「ナイトオブセイバー」
「ッっ!?」
獅子の獣人が反応するよりも速く、突如として現れた騎士の虚像から繰り出される一閃の斬撃がその首を斬り落とす。
「ナ……ナニ…ガ…………」
切り離された獣人の頭は思考が働くものの、即今の出来事を理解できずにいた。
「へぇ……アナタ、喋れるんですね」
「!?」
獅子の獣人は驚愕した事だろう。
眼前で青髪の女性を抱えて立っていた人物は、自分が先程殺したはずの相手だったのだから。
「バ…かナ……」
「でも、カタコトな言い方はもう少し直すべきですよ? 話していると、聞いてる方が疲れちゃいます」
魔力で作られた半透明な鎧を纏う彼女の腕には赤と緑の宝石が白や青よりも一際、輝きを放っている。
「ああ、アナタは殺しておきます。 アタシの大切な人を二人も奪おうとしたので、その罪ぐらいは地獄で償ってください」
「ア…リ得ぬ」
槍だった武器の形状をハンマーへと変えると、自分が先程受けたように跡形も無く頭部を粉砕する。
肉や皮の量が多かったからか、バキボキという骨が砕ける音は抑えられ、あまり高揚感を得られない感じになってしまった。
「……ふぅ。
ガイムさん、平気ですか?」
「へ、ヘイキでは…ないっすね……へへッ……」
「ですよねー……」
「お嬢さんこそ、頭が潰れてた気がしますけど?」
「アタシは……この腕輪のお陰で復活したみたいです」
「ふっ…かつ……?」
発動した赤と緑の魔宝石。
赤は自身の攻撃力を高める効果、緑は神様レベルの自己再生能力だったらしい。
ガイムさんは「うっわ、チートじゃないッスか!」
と目を輝かせていたけど、自己再生能力は死んでからでは効果が発揮されない。
アタシは頭を握りつぶされる直前に、生命に関わる全てを魂の中へと仕舞い、それを肉体から出し、頭を潰して殺したと思い込ませた後に回収、再構築してどうにか復活したのだ。
ガイムさんはエーテルだのなんだのと言っていたが、別にそんな複雑な事を考えていたつもりではないので今回は割愛。
それよりもアタシはガイムさんの方が異常だと思った。
この人は心臓が潰れたので血を使って新しい心臓作ったらしい。
聞いた時、まるで図工をやってるようなリアクションで言っていたので驚かなかったが、改めて考えるとアタオカ案件である。
「にしても……この人、死んでないみたいっすね」
「はい。 レヴィさん、普通の人より再生能力が高いみたいなんです」
「ふーん……」
「ん……んぅ………ぅ…………あ、れ?」
「レヴィさん!」
「マノちゃ……ん!?」
目を覚ましたレヴィさんを抱きしめる。
「い、痛いよマノちゃん……」
「ごめんなさい……でも、本当によかった……生きててくれて……」
「マノちゃん……」
時間が経った事で傷も塞がり、それぞれが心身の落ち着きを取り戻した折、レヴィさんはアタシと離れ離れになった後のことを話してくれた。
「マノちゃんが手を離しちゃった後、私はあの獣人に根掘り葉掘り聞かれたんだ。
私の役目とか、色々……」
「そうだったんですね……本当にごめんなさい! アタシのせいで……」
「大丈夫、あんまり自分を責めないで、ね?」
「はい……」
「それで……そこにいる人が魔剣使いさんかな?」
「……知ってるなら話が早いっすね。
俺は王から命を受けて、この世界へと赴いた王国騎士の一人、ガイム・イシューと云います。
単刀直入ですけど、アンタ、何者ですか? 嫉妬の悪魔を封印する作戦にレヴィなんて名前の人間はいなかったはずですけど」
「…………」
ピリッとした空気、殺気立った目線をガイムさんから感じる……。
「あ、あのガイムさん…」
「お嬢さんは黙っててもらえますか。 これは国を守る者としての役目なんで」
「……はい」
落ち着いた雰囲気から放たれるガイムさんの気迫に圧倒され、それ以上は何も言えなかった。
「…………私は」
「……」
「私は、確かにガイムくんの言うように、今回の悪魔封印に参加したわけじゃないよ」
「……そうですか。 じゃあ、やっぱり……」
ガイムさんがティルフィングを構える。
「でも……」
「…でも?」
「敵というわけでもないよ」
「……それを僕が信用するとでも?」
「思ってない。 でも、無抵抗な相手を問答無用で斬っちゃうほど、ガイムくんが残酷には見えないかな」
「へぇ……どうしてです?」
「だって、マノちゃんが酷いことされてないんだもん」
「っ…………」
「…………?」
……え? アタシが酷いことされてないから、残酷じゃない?
「質問の答えになってないと思いますけど」
「なってるよ。
もしも、ガイムくんが血も涙もないような人なら、マノちゃんみたいな娘でも、話を聞く間もなく斬っちゃう気がする。 でも……」
レヴィさんがチラリとこちらを見て微笑む。
「そんな事はなくて、マノちゃんは今、こうしてここにいる。
それが、きみが酷い人じゃないっていう証明じゃないかな?」
「……とんだ花畑理論ですね」
「ごめんね。 私も、私自身がニルプス王国に関連する人って事と、私の命が封印された悪魔の復活に関わる事しか覚えてなくて……」
「あーそうっすか」
ガイムさんがティルフィングを腰の鞘へと納める。
「信じてくれる?」
「いいえ、信じませんよ」
「信じてないんですか!?」
「お嬢さんは今の会話で信用できると思ったんすか?」
「信じます!」
「すげー、ここにも花畑いたー」
アタシをバカにしながら、背を向けて頭をポリポリと掻くガイムさん。
はぁ……と、息を吐くと、こちらへと向き直る。
「信じはしませんが、倒す必要も無いので、監視対象として護衛をします。 勝手な行動はしないでくださいね?」
「……うん! ありがと、ガイムくん!」
「ガイムさん……! ぷぷっ…ツンデレですね!」
「あははー頭お花畑なくせして、そういう言葉だけは覚えてるんすね、うぜー」
抑揚の無い声で毒を吐いているけど、この状況だと、それすら照れ隠しに思える。
「それにしてもマノちゃんは凄いね!」
「えっ、す、すごい……ですか?」
「うん! さっきマノちゃんがやっつけた獣人はライオンっぽかったでしょ?
あの獣人を倒してことで、その種……つまり猫の魔獣は一掃出来たはずだよ!」
「えっ! そうなんですか!?」
「あー……だから、異常に強かったんすね」
「でもでも! 種族毎って事は、だいぶ楽になりましたよね!ね!」
「そうっすね……。 猫系統は厄介なのも多かったし、この調子なら……」
「うん! この調子で、後、四種の動物と幻獣もやっつけちゃおう!」
「「…………え?」」
レヴィさんの言葉にアタシとガイムさんは唖然とした。
ガイムさんが心臓を新たに作れたのはアタシが一瞬で負ける光景を見ていたから取れた対策。
アタシが獅子の獣人を倒せたのは、死んでいると思い、隙を見せ、背中がガラ空きだったから。
どちらも土壇場で起こせた奇跡であり、そう何度もやれるわけではないのである。




