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2話 衝動


「となり、座ってもいい?」


 他人との間に隔たりなんてないように、彼女は、すっと俺の手の届く範囲に座った。


「羽純くん。名前は、鉄であってる?」


 肩が触れ合うぐらいの距離で、そう聞かれる。同じクラスの女子から、華やかで品のある花の香りがした。

 だれもいない校舎裏で、ふたり並んで座る。なんだか、わるいことをしているみたいだ。


「あ、ああ。えっと、あんたは、たしか。珍しい苗字だったのは、覚えてるんだ」


 名前を覚えることも、こうやって話をすることも苦手だった。

 緊張して、うまく言葉が出ない。

 高校生になって、こういうのは勝手に治ると思ってたのに。


「久遠。久遠 なぎさよ。今日、自己紹介は2回目よ。覚えてくれたかしら?」


 笑いながら、久遠が言う。言い切るころには、すねるように唇をとがらせている。

 さきほど、昼からのホームルームで、クラスメイトが自己紹介する時間があった。

 もっとも、ほとんど覚えちゃいないが。自分の順番にアガったせいで、名前しか言えない素っ気ないあいさつになって、落ち込んでいた。

 それでも、久遠が立って話してた姿を覚えてる。

 なにを言ってたかは、忘れた。でも、きれいな声で、凛として話す久遠を覚えている。


「久遠か。悪い。覚えとく」


 俺が言うと、久遠は大きな猫のような目を光らせ、丸くしていた。


「羽純くん、見た目ほど尖った性格をしてるわけじゃないのね。その頭で、誤解していたわ。どうして、そんな髪色にしたの?」


 久遠は、俺の頭をまじまじと見つめていた。


 見られるのも、仕方ないか。


「なんとなく。いわゆる、高校デビューってやつ。友達ができると思ってたのに、みんな怖がって近づいてもこない。今日、だれかと話すのもひさしぶり。いま、助かってる」


 俺がそう言うと、久遠は、また笑った。ころころと表情を変える。はじめて話すのに、どこにも力が入らず、自然に話せるみたいだ。うらやましいと思った。


「羽純くんは、みんなと一緒にカラオケに行かないの?」


 はじめて聞く話だった。


「え? なにそれ」

「……あっ」


 久遠は、気まずそうな声を出して、目を泳がせている。


「今日、ホームルームの時間に、ルーズリーフ回ってこなかった?」


 小さく折りたたんだルーズリーフが、クラスメイトの机の上を渡り歩いていた光景は見た。ただし、俺のところには来なかった。

 内容を、察してしまった。

 俺は首を横にふる。久遠は申し訳なさそうに、眉尻を下げる。


「助かった。教室にもどっても、だれもいないんだな」


「みんな、駅前のカラオケ店に行ってるころね」


 俺は立ち上がった。

 振り返って、久遠を見下ろす。

 本当に、綺麗な女の子だ。

 何人もの男が好きになったんだろうなって、聞かなくてもわかる。

 告白を受け続けるのも、しょうがない。当たり前だ。


「教室のさ、探り合いみたいな、ふんいき。あれが苦手で、さっさと出てきたんだが、荷物忘れちまった。教室に戻ろうと思うんだが、ひとつ聞いてもいいか?」


 久遠は座ったまま、頷いた。聞きやすいように、首をかしげて、待っててくれる。


「その……振ったとき。なんで、あんな真剣に答えてるんだ? いつもか?」


 久遠の大きな目を、一秒も見つめることができなかった。すぐに目を逸らして、あらぬところを向きながら聞いた。

 なんだか、視線を感じる。久遠は、俺を見つめていた。まぶしいほど、まっすぐに。


「勝負だとか、儀式だとか、告白って色んな意味があるわよね。日常の中で、真剣に、お互いのことを考えて言い合える場って、なかなか無いじゃない。だから、わたしに向かい合ってくれる人には、お互いのために普段思っていることとか、気づいてることを、全部言うの。わたし、ムダと中途半端が嫌いなのよ」


 どこか照れ臭そうに話すが、視線は鋭い。

 つい、口から言葉をもらした。


「すげえな」


 久遠は、笑顔で言葉を流した後、ゆっくりと立ち上がり、制服のスカートを整える。

 黒髪が、風に揺られてふわりと舞った。


「教室、戻りましょうか」


 久遠が背を向け、歩き出す。

 格好いい。それでいて、まじめで、いろんなことを考えてる、すげーやつ。

 正直なことを言おう。

 ドキドキしっぱなしだ。

 一緒に座ってても、後ろ姿を目で追ってても、ずっと、ドキドキしてる。

 自分の心の中に浮かんでいる、やばい欲求がある。

 もう、抑えきれそうにも無かった。


 ――久遠なぎさに、振られたい


 久遠なぎさのように、なりたいと思ってしまった。憧れてしまった。もっと、知りたいと思ってしまった。

 あいつに出会う前までは、高校デビューして、友達つくって、俺は変わってやるんだと思ってた。

 あいつと出会ってからは、こんな格好いい人間になりたいと思ってしまっている。

 強烈な告白のシーンで、変えられてしまった。

 手を伸ばして、触れてみたい。でも、嫌われたくない。

 これは、まちがいない。憧れて生まれた、好きっていう、恋愛感情。


 ――ひとめぼれ、しちまった


 頭を振る。

 うかうかして、久遠の背中を見送ってしまう。

 それを、ダメだと叫ぶ自分がいた。


 衝動のままに声を出す。


「待ってくれ!」


 大きな声になった。それでも、久遠はすぐに振り返る。びっくりした表情で、俺を見ていた。

 俺はとっさの目の上に手を当てて、顔を覆っていた。


 手を離して、背筋を伸ばす。


「なあ、俺も、いいか?」


 言葉にならない。声よりも、心臓の音が響いていた。

 それでも、言わなきゃ。


「あのさ、明日、もう一度、ここに来てくれないか。告白、したいんだ」


 俺がそう言うと、久遠はすこし、目を細めた。でも、すぐに目を閉じて、呆れたように目じりを下げる。


「そんな一生懸命な顔されたら、本気? って聞けなくなっちゃった。わかったわ。同じ時間でいいわね」


 久遠は、あどけない少女のような笑顔を浮かべる。


「待ってるからね」



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