第一話 トウキョウってどこですか?
「うっ、うーん。」
次に目を覚ましたのは、どこかの民家の屋根瓦の上だった。
「えっ、えっ?どこだここは?メイナードは!?
……うわっ!」
ドシン!!
「いてて……。」
どうやら急いで起き上がった拍子に足を滑らせ、屋根から転落してしまったようだ。
(あれっ、でも思ったより痛くないな。……芝が敷かれているのか。)
落ちた場所には緑の背の高い芝が一面に敷かれていて、けっして広いとはいえないような民家の庭のようであった。
「なんだこの音は?
……おい!兄ちゃん、大丈夫か!?」
声のする方に目を向けると、僕がいる庭の持ち主であろう男が家から出てくるところだった。
僕は自力で立ち上がり、駆け寄ってきた男に言った。
「僕は大丈夫です。
……あの、ここはどこですか?
スペランツァ王国――ではないですよね?」
周囲を見渡す限り木造の民家のような建物が連なっているが、王国では基本的に石造りの建物ばかりが建っている。
北部の森林地帯には足を運んだことがないからわからないが、こんなに民家が密集しているような場所ではないはずだ。
すると、その男――中年で無精ひげを生やし、タバコを加えた男はキョトンとしながら答えた。
「ここ?ここはトウキョウのオオタクだ。
スペなんちゃら王国?さあ?聞いたことあるような、ないような。
まあ、あったとしても俺は地理が苦手だからわからないな。
ヨーロッパ圏とかじゃないのか。」
トウキョウ、オオタク、ヨーロッパ……。
聞いたことのない地名ばかりだ。
一体ここはどこなんだ。
「それはそうと、さっきすごい音がしたんだが……。
あっ、ケガしてるじゃないか!」
そう言われて、改めて自分の身体を見ると、右腕にちょっとした切り傷のようなものができていて、血がでていた。
「これぐらい、気にしないでください。
すぐに治しますから。」
僕は、血の出ている腕を抑えて、初級回復魔法をかけた。
回復魔法は得意ではないが、この程度ならどうにでもなる。
「ほら、もう治りましたから。
お気遣いいただきありがとうございます。」
そういいながら、男の方に視線を向けると、男は目を丸くして、口をあんぐり開けていた。
さっきまで口に加えていたタバコは地面に落ち、芝に火が燃え移ってしまっていた。
「ちょっと、大丈夫なんですか!芝が燃えちゃってますよ!」
僕が呼び掛けても、男は心ここにあらずという感じで聞いていない。
「水の精霊よ!我がレオン=スペランツァの名において慈雨をもたらせ!
アクア・グレース!」
僕は、まだ茫然と突っ立っている男を横目に、水魔法で消火した。
(ふうー。何とか消火はできたものの、メイナードに杖を奪われっぱなしだから、大きな魔法を行使できないな。
今回はまだ、燃え広がってなかったからよかったけど。)
「あっ、あの、兄ちゃん?……」
「はい?」
男は眼下の散り散りになった芝には目もくれず、なぜか動揺しつつも僕を見据えて言った。
「に、兄ちゃんって、もしかして、ま、魔法使えるのか?」
おかしな質問をするものだと思いながら、
「はい。もちろんで……うっ!」
僕は答え終わらないうちに男に口を押えられ、そのまま家の中へと引きずられていった。