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狂フ鳥  作者: おれんじ
2/10

痴ノ話 ほうおうが豆鉄砲を食ったよう 其ノ貮

こんにちは。おれんじです。じゅーしーです。

    002


「お・う・ま・さ・ま」


「何の用だ」


 朝。


 もうすぐでホームルームが始まろうとしているギリギリの頃合いで、椅子に座りボーっとしていた俺は後ろから誰かに抱き着かれた。


 若干、僧帽筋の当たりに柔らかい感触を感じるあたり、抱き着いてきたのは女子だろうと予想が付く――否、俺に抱き着いてくる奴など、男女含めてもこいつしかいなかった。


「ねえ、おっぱい触りたくない?」


「宿題なら見せねえぞ」


 恥じらいもなく自分の胸を取引に差し出すこの痴女は、名前を黎明夜宵(れいめいやよい)という。明るめに染めたライトブラウンも軽くかけたパーマも高校デビュー時に始めたもので、ただそのパーマが意外に鬱陶しいらしく、最近では軽く後ろで縛ってまとめている。そんなことなら強制かけ直せよ、と何度も男ながらに提案しているのだが、見た目重視なので多少ウザいのは我慢しなければいけないそうだ。おしゃれは我慢とはよく言うが、ここまでくるとただのどM根性の見せ合いになってきている感が否めない感じがする。


 ちなみに巨乳ではない。


 自信を持って胸を揉ませようとしてくる彼女だが、自信を持てるほどの大きさではないことだけ注釈しておく。


「ええ~、マジで頼むって~。ちゅーしてあげるから~」


「ならば俺は、ここが教室内であるという注意をしてやろう」


 人目があるのにとんでもないことを提案してくるこの女の正体は、俺の昔からの幼なじみである。幼少期より家が隣同士で同じ年齢、親同士も仲が良く、それに伴って俺と夜宵も一緒にいる時間が長くなり、互いに自由に家を出入りしたり、料理も趣味も全部まとめて共有したりと、ただの友達なんかよりも、ずっと距離の近い関係である。今となっては夜宵は、俺にとっては親友よりも大切な、家族にも似た存在となっていた。できることならこれから先も、彼女には今と変わらないでいてほしいと思うくらいには、彼女に対する肩入れがあるほどである。まあそうは言っても、さすがにそろそろ宿題くらいは自分でやってきてほしいものなのだが。


 或いは、それだけ大切に思っているからこそ、もっとしっかりしてほしいという、親心にも似た思いなのかもしれない。


 中学生じゃあるまいし。


 いつまでも、あると思うな、親と金と俺の宿題とテスト前対策勉強会、である。


「どうして昨日のうちにやっておかなかったんだよ」


「だって、昨日あんたと遅くまで電話してたっしょ? したっけ、そのまま寝落ちしちゃったみたいでさ~。だからまあ、あんたのせい? みたいな?」


「責任の擦り付けも、ここまでくると匠技だな」


「ねえ~、あんたのせいなんだから責任取ってよ~」


「誤解を招く言い方をするな、思春期女子め」


 しっしと手で追い払いつつ、しかしそうは言っても、なんだかんだで机の中から物理のノートを取り出し、そのまま夜宵に渡してしまう俺であった。


 人生激甘幼なじみ。


「五分で写しちまえよ」


「いえーい! やっぱ持つべき幼なじみは逢真(おうま)に限るわねー」


「お前と持ちつ持たれつの関係になった覚えはないんだが」


 そんな風に憎まれ口をたたく俺であるが、その実、夜宵には心から感謝している部分もある。昔から人付き合いが苦手の所謂コミュ障で、今だって夜宵以外に友達と呼べる存在はほとんどいない俺が、それでもクラス内でいじめを受けたりせず、完全に孤立しきっているわけではないのは、夜宵のネットワークの広さにある。俺が根っからの陰キャなら夜宵は生まれつきの陽キャであり、クラス中、学年中に仲のいい友達が多く、誰とでも分け隔てなくつるんでいるのだ。だから、俺がいじめられていないのは夜宵の幼なじみだからであり、夜宵の幼なじみというだけで俺は、それなりに同級生に話しかけられたりもする――孤立を免れているという状況にあるのだ。


 最低限の繋がりを保てているのだ。


 他者との繋がりなど足元を掬われるだけだ、などとニヒルを気取っていた中学生時代の俺ではあるが、しかし人間、繋がり失くしては生きてはいけないと、人は一人では生きていけないんだと、ここ最近思い知らされた次第である。もし仮に、俺と夜宵の間に何の繋がりもなければ、敢えて孤独を貫いていた中学生時代に、それでも側にいてくれた夜宵と言う存在がなければ、きっと今頃、俺は日陰の緑苔と寸分違わない存在感となっていただろう。


 そう考えると――実は多大な恩があったりもするわけで。


 だがもちろん、そんなことを直接あいつに言おうものなら、この先一生分の宿題を要求されかねないほど調子に乗るだろうから決して口にはしないが、その点では俺は夜宵に対し強い恩を感じている――なので、渋る態度を見せてはいるが、宿題を見せるくらい造作のないことだった。


 見せなきゃ見せないで、あいつが困っちまうしな。


 俺たち幼なじみは、お互いが本気で嫌がることは決してしないのである。


「俺以外に見せてもらうという考えはないのか?」


「ないわね。あんたのノートじゃないと安心して見れないわ」


「ふーん」


「あんたのお陰で安心して宿題も忘れられるし」


「そこは安心するな」


 ノートを奪い返そうと思ったが、ひょいっと躱されてしまう。


 やっぱ渡さなければよかった、畜生。


 そんなことを考えながら、ふと、俺は一つ気になる疑問が生じたので、夜宵に投げかけてみる。


「なあ夜宵」


「何? キスなら昼休みにしてよね」


「黙れキス魔。いやそうじゃなくて」


 夜宵ほどの膨大な繋がりがあれば。


 もしかして、『彼女』についても何か知っているのではないだろうか。


「お前って結構顔広いだろ? 誰とでも友達って言うか、人類皆兄妹的な」


「それ、顔が広いの範疇超えてると思うけど……まあ、友達は多いわよ、多分」


「ふむふむ」


「でも親友はあんただけよ」


「急にデレるな」


「あんたより深い関係になる奴は、後にも先にもいないと思うわ」


「勝手に思ってろ……いや、それならさ、燕雀ヶ羽とはどうなんだ?」


「ん? 燕雀ヶ羽さん?」


 突飛押しもない人名が出てきたせいか、夜宵は目を丸くしてこちらを見る。


「ああ。お前なら、燕雀ヶ羽とも仲良かったりするのかなーって思ってさ」


「燕雀ヶ羽さん? 何、突然」


「いや、ちょっと気になってさ」


 あまりにも脈絡のない話を振ってしまったせいか、夜宵が珍しく動揺する様を見せた。


「燕雀ヶ羽さんのことなら、あんたの方が詳しいんじゃないの?」


「いや、俺はああ見えて、体操の時ぐらいしか接点がないからさ。日常会話なんてイベントは起こったことがない。それに比べれば、誰とでも分け隔てなく仲良くしているお前の方が、詳しいという意味では適任だと思うんだが」


「……あー」


 俺のノートをうちわ代わりにしてパタパタと仰ぎながら――今日は別に気温が高いわけでもないと思うが――夜宵は、少しだけばつが悪そうに話した。


「いやー、さすがのあたしでも燕雀ヶ羽さんとためで話す度胸はないわー」


「度胸って、また随分大袈裟な物言いだな」


「胸はあるけど度胸はないわー」


「胸もねえだろ」


 ぶっ叩かれた。


 折角貸してあげた偉大なるノートで、左の頬にフルスイング。


「お前……なんてことを」


「あんたデリカシーがなさすぎ。あたしの胸ぐらいなさすぎ」


「自虐で言うのはいいのかよ!」


 無言でスマッシュビンタとか、ヤクザみたいな発想してんな。


「ヤクザと言えば、まあそうかもね」


「?」


「燕雀ヶ羽さんも、ヤクザと似たようなもんじゃない? 話しかけるだけでお金が発生する~とか、黒服の男たちに連れ去られる~とか、実際そういう噂があるわけだし」


「え、何? お前もしかして、そんな根も葉もなけりゃ土壌もなさそうな噂話信じ込んでんの? 仮にもお前、俺の幼なじみだよな?」


「あんたの幼なじみポジションが頭脳明晰じゃなきゃ務まらないみたいな言い方辞めてくれる? それに、火のないところに煙は立たないって言うじゃない」


「まあ、言うけれど」


「その煙の下には焼き芋があるとも言うわね」


「お前はギロロ伍長か」


「こうとも言うわ。河馬(かば)と煙は高いところが好き」


「馬鹿だよ。お前のことだよ」


 昔っから高いところ好きだもんなあ、こいつ。


 こっちは高所恐怖症だっつうの。


「にしても、暗夜が他人に興味を示すなんて……ははーん」


 人のノートを棒状にくるくると丸めながら(跡が付くからやめろ)パシパシと叩きつつ、何か良からぬことを閃いたかのような表情を浮かべる夜宵。


「な~るほ~どね~。そういうこと」


「何を企んでいるかは知らんが、お前の考えているようなことはない」


「お金持ちのお嬢様に付け入って、将来安泰を狙っているわけね」


「や、だからない。その手前くらいまでは考えたとしても、そこまでのことは考え付かない」


「でも、気にはなってるんでしょ?」


「気になって……んまあ、気にはなるかもな」


「ふーん」


 何故だか面白くなさそうな表情を浮かべた夜宵は、「でも残念ね」と続けた。


「あたしも、前に他の人達にするのと同じテンションであの子に話しかけたことあるんだけどさ。そしたら、『友達は作るなと母に言われておりますので』だって。信じらんなくない?」


「は、母親に言われてる?」


 友達を作るな? 


 いや、むしろ母親なら、率先して友達は作るべきって言うもんじゃないのか……?


「あたしもよく知らないけど、なーんかお母さんが凄い厳しい人なんだって。小学生の時に彼女に誘われて家に遊びに行ったっていう子がいるんだけど、玄関先で母親と対面するや否や、『庶民なんかと遊ぶんじゃありません!』って言われて追い返されたらしいわよ」


「マジかよ……」


 それは、結構衝撃的な話だった。今は亡き格差社会の名残というか、そういうやり取りはドラマやアニメで見てきたけれど、まさか現実に本当にそんなことを言う親がいるとは……その物言いは、娘の教育上にもあまりよろしくないものなのではないだろうかとも思ってしまう。


 言われた友達も可哀そうだけれど。


 そんなことを平気で言ってしまう母親を持った燕雀ヶ羽も、同じくらい可哀そうだ。


「教育面でもすっごい口うるさいらしくて、特に勉強には厳しいらしいわよ。それに娯楽もほとんど禁止されてて、スマホも連絡以外は使用できないようにロックかけられてるとか、学校以外にどこか行くのにも毎回許可を取らなきゃいけないとか、お小遣いの使い道も親が決めてるとか」


「へえ。お前も少し爪の垢を煎じて飲ませてもらえばいいんじゃないのか?」


「うっさいわね……だから、あの子と付き合おうとか、マジそう言うのは考えない方がいいわよ。もう本当、住む世界が違うから」


「あ、ああ」


 まあ、そんな傲慢なことはほんの一ミリも考えちゃあいないんだけどな……訂正するのも面倒くさいから、一々言い直したりもしないけれど。


 けど、成る程、そういう家庭環境にいるわけなのか……とは言え、そんな手も届かぬ雲の上のような彼女についてなど、そもそも理解しようとしている方が間違っているのかもしれない。燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、なんて言葉があるが、まさに今の状況がそれなのかもしれない。


 燕雀ヶ羽だけに。


「ほんじゃま、ノートは借りていくわよ」


「おう。写し終わったら一緒に出しといてくれ」


「その必要はありません」


 と。


 どこからともなくそんな声が聞こえてきたかと思いきや、スパーン! と夜宵の後頭部がスリッパで何者かに殴られた。


「痛ったぁ!?」


「被害者面しないでください。殴る方の拳だって痛いんですよ」


「いや拳じゃなくてスリッパじゃん!」


「口答えとは生意気な」


 スパーン! と返す力で、今度は夜宵の顎を吹っ飛ばす彼女は、俺たちの学年の物理教師でありながらこの二年四組の担任でもある教師、東雲朝日(しののめあさひ)先生だった。


「だから痛いんですけど!?」


「黙りなさい落ちこぼれ。人が出した宿題もやって来ず、剰え堂々とカンニングをしようなどと、お天道様が見逃してもこの私が見逃しませんよ」


 そう言って夜宵が持っている俺のノートを目にもとまらぬスピードで奪い取り、


「夕影君も、あまり甘やかさないでください」


 と、俺に渡してきた。


「ご、ごめん朝日……」


「甘やかすなら私にしてください」


「ん?」


「失敬。口が滑りました」


 そんな滑り方があるか。


「それよりも、学校では先生と呼びなさいと言ったはずですが」


「あ、ああ。ごめん、なさい……」


 中学生になったうちの妹よりも身長が低いせいで、椅子に座っている状態の俺よりも立ち姿の彼女の方が目線が低いという何とも言えない状況が誕生してしまっているので、上から目線での謝罪となってしまった――まあ、彼女より低い視線での謝罪となると、それはもう魂の土下座以外の方法がないわけなのだが。


「まあいいです。ホームルームを始めますよ。馬鹿な幼なじみもとっとと席に着きやがれ」


「先生、あたしにだけメッチャ冷たいな!?」


「ちなみに。今日宿題を忘れた人たちには、窓から飛び降りてもらいます」


「ここ三階なんだけど!?」


 どんよりと落ち込み気味に自分の席へと戻っていく夜宵を尻目に、俺は教壇の上に立ってもまだ小さい先生に視線を送った。


 東雲朝日。


 見た目は完全に十歳前後の幼女なのだが、その小さな身体をスカートタイプのリクルートスーツに包み、さらに上から白衣を羽織っている姿を見てもらえればわかる通り、れっきとした一社会人である。長めの黒髪をサイドテールでまとめた髪型と言い、そのサイドテールをまとめているおっきいリボンの髪飾りと言い、ぱっちりと見開いたくりっくりの大きい瞳と言い、二十数年何一つ変わっていない童顔と言い、もう本当に幼女も幼女、超幼女にしか見えないが、決して幼女のコスプレ&職業体験ではなく、ちゃんとした大人なのだ。先程呼び捨てにした手前説得力に欠けるが、もちろん年齢だってちゃんと俺より年上なのである。


 呼び捨ての件については、これは単純に、幼女にしか見えない彼女に対して敬称をつけて呼びたくないとかそういう意地ではなく、家がお隣さんで昔から付き合いがあるからだ。道路側に対して俺の家の左に夜宵の家があるとするならば、俺の家の右には朝日の自宅があるのだ。 彼女とは幼なじみと言える関係ではないが、昔からよく面倒見てもらっていたし、今でも夕影家のご飯を作りに来てくれたり朝起こしに来てくれたりと、長男である俺にとって姉のように接してくれていたこともあり、俺の中では、夜宵と同じくらいに大切な人となっていた。もはや家族ともいえる付き合いの結果、学校でもナチュラルに呼び捨てにしてしまうことが多いのだ。


 ちなみに白衣をまとっている理由は物理教師だからというわけではなく、単純にチョークの粉がスーツに付くのを嫌っての所業らしい。身の丈に恐ろしいほどあっていないせいで裾の部分をおもくそ引きずっているのだが、本人は気付いているのだろうか。


 チョークの粉より目立つ汚れが何か所か付着している。


「起立。気を付け。おはようございます。はい着席。黎明さんは飛び降りて」


「ついに名指しで指示してきた!?」


 こうしているところを見ると、普通に教師やってんだよなぁ……幼女が背伸びして教師ごっこをやってるんではなく、余裕綽々、極自然体に慣れた様子で先生をやってのけている。


 ……なんか、娘の成長に感動する父親の気持ちがわかった気がする。


「夕影君、どうしてあなたは半泣きしているのですか」


「へっ? あ、いえ、目がゴミに入って」


「眼球を落とさないでください。あと人の話はちゃんと聞くこと」


 どうやら余計なことを考えている間に連絡事項か何かを話していたらしい。それだけ返して、朝日はやや高めの教卓の後ろからちょこんと顔だけ出して話しを再開した。


「――というわけで、ここ最近電車内での痴漢被害が多発しているそうです。うちの学校でも何人か被害者が出ているそうなので、皆さんも気を付けるように。不審な人物を見かけたらすぐに駅員に伝えるようにしてください。それと、まあこれに関しては絶対にないと先生は信じていますが、もしこの中に犯人がいるのだとしたら、直ちにやめるようにしてください……いいですか、夕影君」


「おい、勝手に容疑を擦り付けるなよ」


「性欲の捌け口を間違えないで下さいと言っているんです」


「俺が犯人ということが既に前提……」


「先生が毎晩相手をしてあげてるというのに、どうしてそう無尽蔵に性欲が溜まるんですか」


「相手って、スマブラのじゃないですか」


「ちょっと逢真? あたしというものがありながら先生にまで手を出してたわけ?」


「お前はただの幼なじみだろうが!」


「幼く地味な少女……すなわち私も幼なじみなのでは?」


「思わず納得してしまいそうな解釈を生み出すな!」




 まあこんな感じで。


 二人のお陰で、一応は孤立することなく学校生活を送れている俺であった。



正直、段落ごとに一行空けるのは慣れません。でもスマホの方が読みずらいそうです。私も読みにくいです。

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