痴ノ話 ほうおうが豆鉄砲を食ったよう 其ノ拾
こんばんは。おれんじです。産地直送です。
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さてさて、気になるその後のお話。
そのまま燕雀ヶ羽家で昼食まで頂いてしまった俺と夜叉ちゃんは(手作りのトムヤムクンだった。トムヤムクンって自宅で作れるのか)、午後三時頃を目途に燕雀ヶ羽家を後にした。何故その時間まで入り浸っていたのかと言えば、あまり日の高いうちから男子高校生が幼女を連れて歩くさまを街行く人に見られるのは都合が悪いからである。
学校をさぼって誘拐でもしていると勘違いされたらとんでもない。
なので、昼食をいただいてから俺と夜叉ちゃんと薄暮の三人で燕雀ヶ羽家を見学させてもらって(それだけの時間があっても全部見て回ることはできなかった。広すぎんだろ)、そう言えば帰るときに、燕雀ヶ羽が頬を赤らめながら、
「あ、あの、夕影さん」
「ん?」
お? なんだ、告白か? なんて烏滸がましい勘違いをしてみれば、
「その……もしよろしければ、LINEを交換させていただけないでしょうか?」
「あ、ああ。連絡先ね」
「はい。大親友ですので、それくらいは」
はっきりと言葉にされてしまった。
「……大親友だって、ご主人様」
「うるせえよ、わんこ」
俺の心は薄暮に筒抜けだもんな――まあ、燕雀ヶ羽の言う大親友には、そういう否定的な意味合いは含まれていないんだろうけれど。
そんな感じで燕雀ヶ羽と連絡先を交換し、地下鉄で北19条駅まで向かってから、須佐之男書店で夜叉ちゃんを送り届ける。
「ストレスを減らす方法の一つにさ」
「うん?」
須佐之男書店に到着するかしないかのところで、夜叉ちゃんは唐突に口を開いた。
「方法の一つって言うか、たった一つの方法とも言うけれど、『手放す』ことなんだってさ。手放せば手放すほど、心は楽になっていくんだって」
楽になるといいね、鳥のお嬢さん。
そんなことだけ言った夜叉ちゃんと古びた書店で別れた後、俺は薄暮と並んで帰路についた。
「ねえ、ご主人様」
「ん?」
「さっきご主人様、今回の自分は何の役にもたってない、なんて自己評価を下していたけどさ――僕は、そうは思わないよ」
「……そうか」
なんて、他愛もない話をしながら。
薄暮は俺の中へと戻り、俺は自宅の玄関を開け、二人の妹と、和室にいる両親に挨拶をしてから、階段を上り、自室に入って電気をつけてから、ベッドにダイブした。
別に疲れているわけではなく。
今日サボったことについて、夜宵になんて説明をしようと、今になって焦っているのである――などと考えていると、コンッ、と窓に何かが当たる音がした。
「……はあ」
人が言い訳の種を考えているというのに、随分と早いお呼び出しだ――寝具から起き上がり、おぼつかない足で窓辺へと向かってカーテン、それから窓を開く。
「よ、サボり魔」
「……よ」
向かいの部屋――地理的には隣同士なのだが、部屋の位置が丁度お向かいなのだ――ベランダの柵に頬杖をつきながら、件の幼なじみ――黎明夜宵が待ち構えていた。
「あんたがサボったせいで、宿題写せなくて朝日にぶん殴られたんだけど?」
「知るかよ。満場一致でそれは俺のせいじゃない」
宿題くらい自分でやれよ。
もう高校二年生なんだぞ……。
「罰として、明日の昼休み、屋上で膝枕の刑ね」
「それ、罰になるのか……?」
罰と言うよりは罪になりそうだ。
「まあ、あたしの最っ高に柔らかい太腿で休めるんだから、寧ろご褒美かもしれないわね」
「いや俺が寝る側かよ!」
そりゃご褒美だわ。
なんなら今晩から実施してもらいたいくらいである。
「で、またあんたはどっかで誰かのヒーローにでもなってたってわけ?」
「誰がヒーローだよ。そんな高い意識で動いてるわけじゃない」
面白いこと、楽しいこと、嫌なことや愚痴、宿題の答え合わせなど、俺と夜宵はいつだって、このベランダで当たり前に会話を繰り広げてきた。別に玄関から十歩歩けば相手の下に行けるのだが、この絶妙な距離感は、また別の落ち着きがあるのだ。
「あたしの知らないとこで、変なハーレム作ってるんじゃないわよ」
「そんな珍妙な奉仕活動はしてねえよ。ただの自己満足だって」
「自己満足ねえ……」
怪しい者を見る目で夜宵は俺を勘ぐってくる。
「あたしだけじゃダメなの?」
「あ?」
「あたしを助けてるだけじゃ――満足しないの?」
頬杖をついたまま。
少し甘えるような声色で、夜宵はそんなことを俺に言ってくる。
上目気味の目線。
やや紅潮した頬。
恥じらうような表情。
「……はあ」
全く、本当にこの幼なじみは。
「飯食ったらそっち行くから、教科書広げて待ってろ」
「さっすが! それでこそあたしの幼なじみよ!」
そんな芳しい反応を残し、用件だけ伝えて窓の向こうへと消えていった幼なじみに腹が立ったので、俺は朝日にLINEで『三十分後、夜宵の家でスパルタ勉強会』とメッセージを送り、五秒で帰ってきた『りょ』という返信を未読スルーしてから、机の上にあった鳩サブレ―に嫌味を込めつつかじりつくのだった。
人は誰しも人から生まれてきます。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、当たり前のことを言っているので当然です。どんな人間であれ、上流階級であれホームレスであれ、人気者であれ犯罪者であれ、彼らには親と言う存在がいます。その親にも、また親と言う存在がいるわけです。かくいう私にも親と呼ばれるものは存在しますが、この表現から読み取れるように、私は自分の親に対してあまりいい感情を持っておりません。これはできの悪い私の責任ではあるのですが、しかしそれを敢えて誰かのせいにするならば、それは間違いなく私の親の責任になるわけなのですが、もう本当に嫌いすぎて、『家族の愛情』がテーマの番組や何かを素直な目で見れなくなるほどには、負の感情が大きくなってしまったわけです。当然、このままではよろしくないことは自分が一番理解しております。例えばの話、ゲームでやたらと強いキャラがいて、「このキャラ使う奴嫌い」となることがあります。ポケモンなんかだとさらに顕著で、「受けループパーティ使う陰キャは全員滅べ」などと言う過激意見も多々見受けられます。しかし、それらについての対処方法として最も有効とされるのが、『自分で使ってみる』ことです。自分で使うことでそのキャラを理解し、どこが強いのか、どこが弱点なのかを自分の手で探し出すことができるわけです。それを踏まえたうえで、ならば私も、母親のことが実は大好きな少女がテーマの物語を書けば、自分も親のことが好きになるんじゃないだろうか? と考え、この作品を書きました。結果として、全然変わりませんでした。と言うかウソです。そんなこと考えて書いてません。夜叉ちゃんが可愛いから書いただけです。
さて、お察しの方もいる通り、この物語は色々と謎を残しております。というか謎だらけです。謎しかないです。なので、『狂フ鳥』というお話はここでひとまず簡潔ですが、シリーズ的にはまだ続きます。やる気があれば続くと思います。狂フ者シリーズ、とでも銘打っておきましょうか。気が向いたら続きを上げますので、どうか気長にお待ちください。
ここまで読んでくださった全ての方に感謝を。