表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂フ鳥  作者: おれんじ
1/10

痴ノ話 ほうおうが豆鉄砲を食ったよう 其ノ壹

一章です。スマホだと見ずらいかもしれません。ご了承ください。

 

   001


 燕雀ヶ羽鳳凰えんじゃくがばねほうおうと言えば、俺の通う私立竜ヶ峰(りゅうがみね)高等学校の中でも一位二位を争うほどの有名人であろう。その名がどこまで流布しているかと言えば、俺の所属する二年四組内どころか二年生全体、延いては上級生である三年生や一年生などの下級生、更には教師にまで、文字通り学校中に名が知れ渡っているレベルである。幼なじみの夜宵(やよい)以外にほとんど会話する相手のいない、校内でもぼっちを極めている俺のような人間であっても、その名を言われれば知っていると答えられるほどに、はぐれ者の俺にすら認知されているほどに、彼女の名は広まっていた。この認知具合から察するに、彼女はきっと、竜ヶ峰高校どころかこの辺の地域一帯にまで広く知られていることだろう――これは決してオーバーな表現ではないと思う。何故なら彼女、燕雀ヶ羽鳳凰は、この田舎と言うには建物が多いが都会と言うには人口の少ない、強いて言えばプチ都会とでも言うべき町の長、つまりは市長である燕雀ヶ羽箆鷺えんじゃくがばねへらさぎの娘であり、簡単に言えばいいとこのお嬢様なのだ。


 見た目もまさしくお嬢様と言うべき容姿をしており、腰ほどまである長さの煌びやかなプラチナブロンドヘアや、吸血鬼を思わせるかのような真紅の瞳など、アニメや御伽噺にでも出てきそうなほどに、見事なまでにお嬢様と呼ぶべき見た目であり、きっとこんなことなら、市長の娘という肩書なんてなくても、その見た目だけで有名になれるくらいには目立つ容姿をしていた。美人と言う言葉がこれほどまでに似合う人間を俺はこれまでに見たことがないし、しかし裏腹にも、美人などという単純な形容詞が逆に不似合いであるほど、彼女のビジュアルはまさにお嬢様を極めていた。お嬢様の中のお嬢様、如何にもお嬢様、神に選ばれたお嬢様なのである。


 そんな彼女ではあるが、当然と言うべきかはたまた以外と言うべきか、誰かと仲良くしているところを見たことがない。一年生、二年生と、不思議な縁もあることに俺と彼女は二年間同じクラスになってきたわけなのだが、その間、俺とは縁もゆかりもない、別世界にすら住んでいそうな彼女をなんとなく観察していて分かったことなのだが、恐らく彼女には、友達と呼べる友達がいないのである。これは別段、俺に友達がいないから彼女に同族としての同情を向けているだとか、同じ友達がいない同士仲良くしようだとか、そういう思慮深い考えによって導き出された解答ではない。成績も優秀で品行方正な、絵に描いたようなお嬢様、まさしくお嬢様と呼ぶべきその彼女は、常に一人なのだ。特定の友達がいるでもなく、決まったグループで昼食をとるでもなく、いつも一人、常に単独行動で、体育の授業で毎回行われる準備体操時に二人組を作るよう指示を受けても、いつだって彼女は一人取り残されていた――その結果、体育の時間の度に同じく一人取り残される俺は彼女とペアを組んで体操を行う羽目になり、体育の授業の度にクラスメイト中から好奇の視線を向けられることに、結果としてなってしまっているわけなのだが、しかしこれは、決して彼女が虐められているとか、そういう悪質で非道徳的な理由があるわけではない。と言うより寧ろ、市長の娘である彼女を虐めるなど、一体どんな報復が待ち構えているだろうかと、下手をすればこの町に住めなくなるかもしれないという危険性を孕んでいるそんな愚行を、果たして実際に行動に起こそうなどと言う根っからの愚か者は、この進学校には存在しない――そう、だからこそ、下手に彼女に関わり、変なことに手を出してしまっては取り返しのつかないことになると、市長の娘に気安く話しかけることなどできないと、そういう利己的な思考が働いてしまった結果、『話しかけたいけど話しかけずらい』から『話しかけてはいけない』という暗黙のルールが誕生してしまったのである。『燕雀ヶ羽に話しかけるとSPに狙撃される』『燕雀ヶ羽と五分会話するごとに十万円請求される』『燕雀ヶ羽を怒らせると国外追放される』などという、聞けば一瞬でダウトと突き放せるような根も葉もない噂話が、それでも蔓延してしまっているのは、こういう背景があるからなのだ。だからきっと、体育の時間に向けられる視線は、好奇の視線と言うよりは俺に対する憐みの視線なのかもしれない。


 ああ、あいつは明日からこの学校からいなくなるんだな、と。


 実際問題、その行動によって、彼女の家族から訴訟されたことなどないし、今現在俺はこの町に、この学校に通っているわけで、その時点で噂話の一連は全て虚偽であることは明白なはずなのだが、根が深く浸透してしまったせいなのか、中々その噂話が消えてなくなることはなかった。ありもしない都市伝説のように、信憑性のない街談巷説のように、とりとめのない道聴塗説のように、ふわふわと蔓延(はびこ)ってしまっていた。


 こうなれば、もう俺にはどうしようもできない。


 それだけでなくとも、彼女自身に対する噂話も変な方向へと広まってしまっている。


 欲しいものは何でも買ってもらえるとか。


 行きたいところへはどこへでも連れてってもらえるとか。


 親に何でも言うことを聞いてもらえるとか。


 何の根拠もない、イメージだけのレッテルを貼られてしまっている――確かに、お金持ちのお嬢様と言えば、何一つ不自由なく悠々自適に生活しているんだろうなというイメージくらいは、色んな漫画を読んだ影響か俺にもありはするけれど。


 そんな噂話を横目にひそひそと囁かれ、物悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべる彼女のために、俺に何かしてあげられることはないだろうかと考えても、何もない。裕福な家庭で育った彼女を笑顔にするなど、一般市民の俺にはそもそも無理な話だろうし、俺にできることなど考える間もなく、何もない。まあそうは言っても、家に帰れば温かい家族が待っているのだから、わざわざ学校でそんな関係の深い相手を作る必要もないのであろう。そんな身の程知らずな考えは捨ててさっさと勉強をしよう――そう考える度に、しかしどうして、彼女の声が脳内に再生されてしまう。


 体操が終わる度に、彼女が俺にかける言葉。


 ――ありがとうございます、夕影(ゆうかげ)さん。(わたくし)の相手をしてくださって。


 本当に嬉しそうな表情を浮かべながら毎回お礼を言ってくるそんな彼女が、俺はどうしても気になって仕方がないのだ。


 その笑顔の裏側も知らないくせに。


 家に帰れば温かい家族が出迎えてくれるだなんて、それが当たり前でないことは、俺が一番知っていたくせに。



お疲れさまでした。二章をお楽しみにね

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ