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開かずの口 

掲載日:2019/07/19

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おや、この空き地もとうとう開発が始まったのか。ここはね、私が小さい時からずっと空っぽだったんだ。友達との絶好の遊び場のひとつだったんだよ。

 それがこうして失われる時が来ると、少し寂しい気持ちになる。思い出がひとつ、上書きされてしまうような気がしてね。

 今はもうどんなに臨んでも、あの時の全員をそろえることは叶わない。思い出は私たちの胸の中にある、とはいってもね、知らず知らずの間に色あせてしまうんだ。景色とか容姿とか、細かい造形がうやむやになり、強まるのは当時抱いていた思いだけ。それに基づいて思い出すものだから、変な補正がきっとかかっているよ。

 無であることって、本当に不思議だ。何もないのに、そこには「無」が存在している。物にあふれた昨今でも、無の物量に勝つことは容易じゃない。私自身、無について考えさせられる昔話があるんだ。どうだい、聞いてみないかい?

 

 私が小学生の時に通っていた母校には、開かずの間があった。

 鍵は存在しているらしいが、先生方の誰もそこを開いたことはなかった。「教材置き場」という看板をひっさげて、一日中、誰に触れられることなく、たたずみ続けている。

 噂によれば、児童の一人が針金によるキーピックを試みたという。だが戸は開くばかりか、鍵穴に突っ込んだ針金は心なしか短くなっていた。穴のどこかで詰まってしまったのかもしれないが、引っかかったり、もぎ取れたりする感覚はしなかったという。

 開かずの間は一階にあった。東西に別れている校舎の東側。グラウンドに面した窓を持つ、角部屋だ。いつもカーテンが引いてあって中の様子をうかがい知ることはできない。

 私たちも幾度となく興味を持ちながらも、学校で過ごす一年一年は確実に過ぎていく。いずれは卒業を迎え、気軽にこの学び舎の中へ足を踏み入れることもできなくなるだろう。その前にどうにかして、あそこに入り込む手段はないのか……。

 そう考えていたおり、とある事件が起こったんだ。

 

 放課後。私はたまたま委員会の仕事を任されて、遅くまで残っていたんだ。一階で会議していたから、昇降口までが近い。託された書類を職員室へ運んだし、後はもう悠々と帰るばかりのはずだったんだ。

 ところが、下駄箱で靴を履いている時、遠くの方でガラスの割れる音が聞こえた。ここは西側校舎。音は東側校舎からだ。

「なんだ?」と私がひょいと首を持ち上げかけた時、目の前の職員室の戸ががらりと開いた。音の出所を探るためだろうけど、出てくる先生方の数が多すぎる。書類をお届けした先生を含め、6人ほど飛び出していった。しかも、めいめいがタンカに使えそうな大きな布を持ってだ。

 まさに「事件の匂い?」という奴だね。先生方はバタバタと慌ただしく駆け去って行く。普通なら無視してとっとと家に帰ってしまうところだったが、私は何となく勘づいていた。


 ――あれ、開かずの間の方からなんじゃないのか?


 少しためらった後、私は脱ぎかけていた上履きを履き直すと、先生方の後を追う。注意する人がいない学校の廊下を全力疾走。これも普段の生活ではなかなか体験できるものじゃなかった。もし、途中で誰かが脇から出てきたなら、確実に事故っていたね。


 現場と思しき場所にたどり着いた私。やはりそこは件の開かずの間の前だった。すでにカラーコーンとそれ同士を結ぶロープによって、立ち入りが制限されている。見張りに立っている先生たちに肉壁を作られ、件の部屋に近づくことができない。事情に関しても、ガラスが割れたという説明だけ。帰るように促されてしまったよ。

 粘っても、今立っている先生方より奥に、生活指導の先生の姿も見える。粘ると強制的に連行されるのは間違いなく、しぶしぶ私は昇降口へ引き返すが、どうも疑問が拭えない。

 先生たちが持ち寄ったであろう、大量の布地。あれはどこに消えてしまったのかと。少なくとも廊下に転がっている様子は見えなかった。

 帰り際に校庭側から近寄ろうとする私だったが、ここにも先生方が立っている。すでに何人かの生徒が群がっているが、いずれも私と大差ないやりとりがかわされたらしく、ほどなく散っていった。

 ただここからでも、窓の一部に目張りがしてあるのが分かる。いや、あれは「栓をしている」と表現した方がいいかもしれない。なぜならサッカーボールがまるごと入ってしまうほど大きく割れたガラスの部分。そこにちょうどてるてる坊主の頭部のごとき、布の盛り上がりが見て取れたからね。


 次の日のこと。学校では騒ぎが起きていた。私よりも低学年の児童がひとり、昨日から家に帰っていないというんだ。詳しい話を聞くと、その子は放課後のグラウンドでひとりリフティングをしている姿を、同級生が見かけたらしい。


「僕、下手だからみんなに迷惑かけちゃうよ。だからみんなはみんなでやっていて」


 遊びに誘っても、こんなお決まりの文句で加わろうとしない。昨日もひとりで校舎隅に行き、ボールを蹴り上げていたらしい。

 それからしばらくして、例の開かずの間の窓が割れる事件が発生。遊んでいた子たちがそこへ集まり、私が見た人だかりを作っていたらしいんだ。更に、そのいなくなった子が最後に見られたのが、例のあかずの間の近くなのだとか、なんとか……。


 ――開かずの間なんか、とんでもない。あれはきっと人食いの間だよ。


 そんな風に噂をし始める子まで出てきたけれど、先生たちはそれに対してまともに取りあってはくれず、相変わらず開かずの間を開放してくれる気配もない。けれど、人食いの間の噂を聞いて、これまで興味を持っていた児童たちの足は、みるみる例の部屋から遠のいていったよ。

 件の子は次の日になっても見つからない。時々、警察官らしき人を学校周りで見かけるようになり、ものものしい空気が漂ってくる。いなくなった生徒とは交流がない私に、聞き込みが来るとは思えなかったが、それらしい人を見るたび、逃げるように下校していたのを覚えているよ。


 例の児童疾走から四日が経った。再び委員会の仕事で学校に残っていた私は、強めの地震に出くわしたんだ。まさか机の下に潜るのが役立つ時が来るなんてね。隠れた机の真上に、蛍光灯が落ちてきて割れたくらいだよ。

 しかし、ことはそれだけで済まなかった。揺れが収まるのを待って数分。逃げ出しかけていた私の耳に、消防車のサイレンが聞こえてきたんだ。音は学校を通り過ぎていったが、そこまで遠くに行った気配はしない。

 その時にいた教室の窓に飛びつく。目立って損壊している建物とかはなかったけど、何百メートルも離れた建物のひとつから、黒い煙が上がっているようだった。

「火事?」と認識した時には、一階から慌ただしい気配を感じたんだ。あの日と同じ、開かずの間へ急行する先生方の足音だ。

 チャンス、とばかりに私は駆け出す。今度は躊躇なしのスタートだ。

 でも、先生たちに鉢合わせをする勇気はない。先日の排除ぶりからして、姿をさらしたら即連行、強制退去のコンビネーションが待っているとみていいだろう。

 幸い、ここは二階。回り込める階段が別にあるんだ。先生たちがいる職員室方面とは、逆の方向から開かずの間へと向かえる階段がね。

 

 結論からいって、私は開かずの間が開く瞬間に立ち会うことができた。いや、実際にはこっそり階段の角からのぞいただけなんだけど。

 6年生の学級を見ている先生が、ちょうど部屋に鍵を差し込んで開くところだったんだ。だが、先生が開けた途端、中から赤色の炎が一気に噴き出してきたんだ。

 同時に、吐き出された火に追い立てられるような形で、ごろごろと室内から転がり出たものがある。丸まりながら向かいの壁にぶつかったそれは、炎が燃え盛る室内にいたとは思えないほど、焦げた様子が見受けられない。それどころか髪があって、服を着ていて、まるで人のような……。

 そこへ先生たちが大勢やってくる。いつぞやのように、大量の布地を持って。「こいつはやばいかも」と、私は元来た階段を伝って退却。学校を後にしたんだ。


 翌日になって、行方不明だった子が見つかったことが学校中に広まる。昨日の夕方、家にひょっこり帰ってきたけれど、どこにいたのか、何をしていたのかについては、詳しいことを何も話さなかったようだ。というより、覚えていないらしかった。念のために病院で検査を受けて、問題がなければ再び登校するとのこと。

 私が見た火事は、当初は炎が建物を覆う勢いだったらしい。だが、消防車がかけつけるまでのわずか数分の間で、急激に勢いを弱めてしまい、けが人は出たものの、命に別状がある者は一人も出ずに済んだとか。


 私はあの開かずの間は、何も人食いに留まらず、何でも食べてしまうんじゃないかと私は考えている。窓が割れた時は、おそらくボールを蹴りこんでしまった彼を。そしてあの火事の時は、火事の炎をまるごと。そして食い切れなくなったら、外へと出していく……。

 先生たちにとっても、彼が入ってしまったのは事故だったんだと思う。本来は火事の時のような使い方をすべきなのだろう。ただ、同じ手段はもう簡単には使えないだろう。

 また窓が割れたりする時があれば、きっと炎が外に出る。いずれ学校がなくなるその時まで、あの開かずを守らなくてはいけないだろうな。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 先生も方も大変ですね。生徒が行方不明になった時は、ものすごい責任を感じたでしょうね……。 厄介な空間ですが、本来の使い方をすればもしもの時は、きっと多くの命を救う手段となる…
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