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アヌス・オブ・アヌビス  作者: ディ・オル
第二章 後編
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後日談


正直、賭けではあった。

ゲームであれ映画であれ、大抵のシナリオではアンデッド系のモンスターに聖水をかけるとダメージを与えるような描写が多い。

そこから着想を得て、俺は思ったのだ。では、HPを全回復させるエリクサーを反転させたらどうなるのか。――死を振り撒く最凶の霊薬が出来上がるのでは、と。

そして、その理論を後押ししたのは何を隠そうニナの物質崩壊だ。どういう原理かは分からないが、あの暗黒物質は“確実に物体を消滅させる”という物質だった。絶対的な因子によって全てを亡き物にする物体が存在するのならば、最強の即死アイテムもあり得ない話ではない。

土壇場でそれを実行した。眉唾だったが、アヌビスゲートの自由性に俺は賭けたのだ。


神殿で蘇生した俺は、同じく先に蘇生していたニナ、シンと語り合っていた。

リエルは戦場跡に置いてきてしまったので、チャットで無事を伝えておく。

……どうやら全てが終わったようだった。リエルの報告によれば、マザーコンピューターは枯れ木のように朽ちていき、最後、霧散するように消滅していったらしい。リエルの中にあったアイの感覚も消失したようである。


リエルはMPが無くて転移魔法が使えないようなので、シンが分身体を飛ばして回収してきた。そのまま、全員でルーシアの元に向かう。

息を呑んで宿屋の個室を開けると、窓の外を眺めている女性の後ろ姿があった。金髪が太陽に照らされて、煌々と輝いていた。


「アタシ、なんか凄い迷惑を掛けちゃったみたいね……」


金髪のエルフは振り返ると、そう切り出した。

迷惑だなんて、そんな事はどうでもいいんだ。俺も散々掛けたんだから。

もしもルーシアが回復しなかったら。もしも作戦に失敗したら。俺はずっとそう考えていた。

……だから涙が止まらなかった。

本当に良かった。蒼白だった顔も色艶が戻っており、体力も回復しているようである。


「初めまして。自分はシン、ッス」


「わたしはニナだ」


号泣する俺を他所に、二人は勝手に自己紹介を始めた。見ればリエルも破顔していた。

……全く、マイペースな奴等だ。ここは感動に打ち拉がれる場面だろうに。

そう思っていると、ルーシアがこちらへ向かってきた。


「シグレさん――本当にありがとう。動けなくなってたけど、ぼんやりと聞こえてた。本当、感謝してる」


ギュッと抱きしめられた。豊満な肉体と、馥郁たる香りがして俺の知能が低下していくのを感じる。

ここはどこ? 花畑? ――いや、ヌーディストビーチ?

柔らかい。お前、柔軟剤使っただろ!

……イカン。俺は今や、世界の危機を救ったヒーローなのだ。それ相応の態度を示さなければならない。


「る、ルーシア、気にするな。俺は義理堅い男だ。受けた恩を返す為に、ちょっと頑張ったッス。それだけッス」


「口調、変わってるッスよ……?」


シンのツッコミを黙殺して、俺は部屋を後にした。

股間が熱かった。




数日後。アヌビスゲート内で起きた一連の事件はメディアでも取り上げられた。

しかし、信憑性の定かではない事象が多く、一部の間では「新興宗教の仕業だ」とか、「VRゲームと現実世界の区別がついていない若者が増加した」など、一笑に付しているような人達も少なくなかった。

この悪夢のような(?)一週間が終わって、幾つか判明した事実がある。俺達はログアウトできなくなって皆が幽閉されていた筈なのだが、どうやら現実世界で寝たきりになっていた人、肉体ごと忽然と姿を晦ました人など、プレイヤーによって違いがあったのだ。

これはどういう事なのか……? 不可解である。

俺は気付くと自室のベッドで寝ている状態で、携帯電話を開いて日付を確認すると六月四日だった。――アイと激戦を繰り広げて終結したのが六月四日だ。つまり、アヌビスゲートの世界に巻き込まれていた時間軸と一致する。

俺が自室から出ると、親父が俺に気付いて泣きながら抱擁してきた。母もそれに気付き、加わる。

両親に聞いた話によれば、俺はあの日――即ちクリスマスから、肉体ごと跡形も無く消えてしまっていたらしい。警察署に捜索願を提出し、家族や親戚で毎日探したようだ。家出だと思っていた親父は「あの時、俺がシグレを叱り過ぎたからこうなった」と悔恨し、自殺まで考えていたという。

寸前まで部屋に居た痕跡や、靴や財布、携帯電話が放置されていた事。それから、同様の届出が多数届いていた事から警察も捜査を続けていた所、俺達が帰還したという訳だ。

……親父、母さん。皆、本当にゴメン。


ともあれ、現実世界へと続々とプレイヤーが帰ってきて、徐々に平和を取り戻していると思う。リエルによって、アヌビスゲート内のプログラムも正常化され、今では通常通りにゲームをプレイして楽しむ事も出来る。

俺も時折ログインしてはルーシアやリエル、ニナ、シンと連絡を取り合っている。

今度オフ会を開く事になっていて、結構それが楽しみなんだよね。現実世界で友達が出来たのは、俺にとっては大きな一歩だと思う。


「シグレ。ゲームのデバッグとやらが忙しいのは分かるが、たまには外に出よう」


「オヤジ! ノックはしろって言っただろう」


突然ドアが開いて驚いた。俺が憤ると「ノックしたじゃないか!」と父親が反論する。

二言目には「外へ出ろ、外へ出ろ」って。こいつの頭はワンダーフォーゲルか何かか? 知らないのか、外は危険がいっぱいなんだぞ?

思う所はあるが、とりあえず親父の声がデカイので諌めておく。


そう、実はもう一つ進歩があって。最近、働き出したんだよね。

ゲームへの知識や経験、それから向上心を活かしてゲーム会社のデバッカーを始めた。

正社員ではないんだが、在宅で仕事をしているのだ。

ちなみに面接の時に「世界を救った」と公言したのだが、取り合ってもらえなかった。

……まぁ、そうだよな。そんな事信じられないし、変人だと思われても仕方がない。

だが、それでいいと思っている。俺が体験した苦労とか、奇跡の物語とか、知って誰が得するのか。人の苦労話も自慢話も、聞く側の人間は大して興味が無いものだ。現に、アヌビスゲートのシグレですと名乗っただけで即採用だった。

世の中は案外適当に回っているのかもしれない。この父親を見ると、そんな気がしてならないのだ。


生きていれば傷付く事がある。苦労を背負い込む事もある。それは人間である限り当然の摂理だ。だから大難を迎えた時、潔く受け入れるのも一つの手だと思う。足掻いて解決する事もあるけど、流れに逆らうと疲れるしね。

それから、自ら傷つけてしまっていたり、自ら苦労を背負い込んだりしている事もある。不用意な行動の結果、災厄が降りかかってくるというパターンだ。言わば、因果応報。自分の撒いた種って事だな。

俯瞰的に見ると、俺の人生ってそういう事が多い気がする。

これって、本当そうだと思うんだよね。運命論とか色々あるけど、人は誰もが選択した結果、未来を歩いている。自らが選んだ結果、良い事も悪い事も起きるんだと思う。勿論、思い通りにならない事も多いけど。

過去は変える事が出来ないから、未来だけはより良いモノになるよう選択していきたい。――くだらないな、そういやそんな事あったな、って。

振り返った時に笑えるように、ね。




第二章<了>

読んでくださった方々、ありがとうございました!

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