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アヌス・オブ・アヌビス  作者: ディ・オル
第二章 後編
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ゾンダーコマンド

食事を始めてから二時間程が経った。

俺は海鮮丼を数分で食べ終えてしまったので、早々に所在なげになった。見かねたルーシアが刺身を幾つか分けてくれたので、俺はガムでも噛む様にゆっくりと咀嚼する。ルーシアはと言うと、追加でワインを注文して、楽しんでいるようであった。


日が落ちかけた頃、リエルがふと窓の外を見ながら「来ました」と呟く。

その短い言葉の端から、流石の俺とルーシアもどうやら敵が来たのだ、と察した。

俺はサーモンを掻っ食らうと、海の向こうを睥睨した。小さな影が見える。――目を凝らすと、遥か遠い海上に浮かぶ海賊船だと分かった。


「で、作戦についてだが……」


「そうね。今度は先に聞いておきたいわ。今度は」


俺がリエルに質問すると、赤い顔でルーシアも便乗した。目を細めてこちらを垣間見るあたり、恐らくドラゴンとの戦闘の時、作戦の説明を一切せずに開戦した事を未だ引き摺っているのだと見受けられる。

リエルは口を閉ざしたまま何かを考えている様子で、静寂に包まれた。


依然、テーブルを囲んだ状態である。リエルを催促するでもなく、俺やルーシアは海賊船を迎え撃つ準備を徐々に開始した。そこで、ふと思った事がある。

そう言えば、さっき『急いでキャラを作ったから装備もお金も無い』とか言ってなかったか……?

大丈夫かよ。心配になって来たぞ。


「……てっきり、リエルが何がしか妙案を思いついていると踏んでいたんだが……無策って訳ではないんだろ?」


不安になった俺は問い確かめる。リエルの返答を待った。

俺もルーシアも、レベルが五十から六十ほど。中級プレイヤー程度のレベルだ。難易度“GOD”のボスに立ち向かうには余りにも脆弱すぎる。万が一、無策だったとして勝てるだろうか。

率直に言おう。――今回は無理だ。

と言うのも、ゲーム時代、このオキナワから海賊船ステージをクリアするまでの攻略中、バグのようなものは一つも発見できなかった。つまり、クマやドラゴンの時のようなズルは使えないのだ。プレイヤーの純粋な強さと技量で乗り越えるしかない相手と言えよう。

俺はといえば、この<テンパーセント>が付いている。間違いなく即死する。

そう懸念していると、リエルが沈黙を破る。


「とっておきの秘策があります。ただ、今の段階で通用するかは不明というか、何と言うか……」


「構わないから話してくれ」


では、と前置きしてリエルは口を開いた。その説明を俺とルーシアは聞き入る。ゴクリ、という唾を飲む音がした。俺ではない。ルーシアだろう。毎回酷い目に遭っているのだから、無理もない。可哀想に。


「前半戦はお二人とも回避に徹してください。ルーシアさんは遠距離から応戦。攻撃の要は私です。

ただ、長くは保たないでしょう。なので、私が合図したらシグレさんはボス目掛けて突っ込んでください」


そう述べると、また周囲を静寂が支配した。これで作戦の説明が終わりなのだと気付き、呆気に取られたルーシアが「えっ、それだけ?」と小声で囁いた。

俺も同感だ。

ルーシアの漏らした一言は、虚空へと消えて行く。

……あれか、カミカゼ特攻隊みたいなものか。絶叫しながら俺が突撃して時間を稼ぎ、その間にリエルが何か隠し玉でも披露するのだろうか。当然俺は戦死するが……。

そういえば第二次世界大戦の際、ドイツでも同じ“体当たりによる決死攻撃”が行われたらしい。当時、アメリカ空軍による爆撃に頭を悩ませたドイツのハヨ・ヘルマン大佐は、日本のカミカゼ特攻を知り、決意した。編成された部隊はゾンダーコマンド・エルベと呼ばれ、百機以上が参戦したが効果は今一つであり、大空襲を阻止する事はできなかったという。

話が脱線した。

何が言いたいかと言うと、過去の歴史と同じようにあまり大きな効果は得られないと思うんだよね。

そもそも時間稼ぎにもならないだろう。だって、HPが十分の一しかないんだもの。みつを


「分かった。百歩、いや……百億歩譲ってそれで行くとして――」


(それでいいんだ、シグレさん)


ルーシアが怪訝な顔つきでこちらを見ているが、俺は続ける。


「リエルの火力を知っておきたい。一度<サンバースト>を喰らった身で言うのも何だが……魔法系の強さは何となく分かったつもりだ。だが、さっきの口振りからして、マシな装備も無いんだろ?」


「そうですね……ステータスに関しては最上級難易度をプレイできる程度には設定してあります。ただ、仰るとおり装備は無く、火力――つまり攻撃力は……あまり期待できません」


やはりそうか。

この海賊船ステージでは、本来ボスモンスターが二種類存在する。一つは先日出現した<クラーケン>、もう一つは海賊船で攻めてくる<海賊船の船長>だ。後者は雑魚モンスターである<海賊>を複数体伴っての戦いになる為、乱戦が形成される。

また、海賊船のフィールドでは直接攻撃を加えると、“毒状態”に陥る事がある。これは状態異常、ステータス異常と呼ばれるもので、治療しないとHPが減り続ける。どちらも厄介なものだろう。

ちなみに、“EASY”や“NORMAL”など、最上位の難易度以外ではクラーケンは出現しないのだが、難易度が“GOD”であれば、この海賊達とクラーケンを同時に相手取る事になる。幸い、クラーケンは倒されたようだから、当面は復活しないだろう。

その為、今回の戦闘で用心しなければならないのは海賊達と、毒状態と言える。

戦闘が長引けば、乱戦による摩耗や毒による死亡が想定される。短期決戦が望ましい。

やはり問題点は火力と思われる。


「この作戦が成功するかの鍵は、前半でどれだけボスモンスターの体力を削れるかにあります」


眉間に皺を寄せて考える俺に、リエルが補足した。その意見には同意である。


「船長を倒してしまえばクリアになるからな。雑魚は放っておけばいい。そこで、相談なんだが……」


俺は返答すると、アイテムボックスから一本の長杖を取り出した。<赤竜の長杖>である。この前ドラゴンを倒して宝箱から入手したロッドだ。装備すればステータス値が上昇し、魔法攻撃の威力が増大する。


「成程……! お借りしますね」


リエルは俺の手から杖を受け取り、礼を述べた。これで火力は何とかなるのではないだろうか。後は俺が特攻して、それからどうするのか知りたい所だが……


「ねえ、リエルってプログラムな訳でしょう? 装備が無いなら、武器とか作り出せばいいんじゃないの?」


やり取りを横で観察していたルーシアが口を挟んできた。納得が行かないといった様子で、眉を顰めている。

確かに、その考えは俺も頭を過ぎった。だが――


「それは出来ません。今は一般のプレイヤーのフリをしていますし、おかしな力の作用が観測されれば、アイに気付かれる可能性もあります。

私自身に超常的な異能を付与できなかったように、チート紛いの行為はできないと思っていただければ早いかと……」


恐らくプログラムの改変が出来ない訳ではないのだろう。なので、装備を作る事は出来る筈。しかし、そうしなかったという事は何らかのリスクやデメリットがあると俺は見ていた。所持金を無尽蔵に作り出せない事から、もしかしたらと思っていたけど、その通りだったようだ。

ルーシアからの問いに、リエルは残念そうに答えていた。

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