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アヌス・オブ・アヌビス  作者: ディ・オル
第二章 後編
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三人寄れば。

「遅かったわね。流石、重役様は違いますね」


「……すまない。五分前には到着する予定だったんだが、こちらのお嬢さんに一度殺されてしまってな。神殿で蘇生していたら遅れてしまった」


「蘇生した後、神殿で何度かセクハラを受けました。その結果、間に合う筈だった時刻にも間に合いませんでした」


「ッ!? いや……違うんだ! 確かに結果的にセクハラみたいになったが……あれは事故だ! それに、街中でブチ殺されなければ今頃とっくにギルドには着いていたし……ルーシア? ――え、何で? 何で俺は今、頬を切られたの?」


瞬刻、装備していたガンソードでルーシアは一薙ぎすると、俺の頬を浅く切り裂いた。ヒュピッ、という音と共に血が飛び散る。

傷口は浅いが、俺は溜まらず頬を押さえた。手が震える。何でだろう。パーキンソン病?


リエルの事を指で差しながら言い訳を口にした所、むくれたリエルが爆弾発言を投下したのだった。

こうした方が良い気がしたのよね、とルーシアはボヤくと、振り上げていたガンソードを解除して尋ねる。


「――で、そちらの人は?」


「初めまして、リエルと言います。続きは中で……どうでしょう?」


先程までの態度を一変させると、ペコリと頭を下げるリエル。

俺とルーシアとで接し方が違うのが気になるが……、まぁいい。

俺は第一印象の構築に失敗した。ただそれだけだ。今後、リエルには俺がとても優しくてハートフルでユーモアのあるナイスガイだという事を知ってもらえれば、それでいい。それに暑いし、通行人が何だか集まって来たし、早く中へ入りたい。

俺がいそいそと中へ入ると、後から続いて二人も入ってきた。

外と比べ、ギルド内は比較的涼しげである。ソファとローテーブルが設えられた一角で、話をする事になった。

リエルは先ほどの説明を再度行う。リエルの話を疑う事無く、ルーシアは神妙な面持ちで聞いていた。


……手持ち無沙汰になった俺は、泊まっている宿屋のトイレについて一考してみる。

何だか便器が小さかったんだよね。

現実世界では標準サイズ(レギュラー)と大型サイズ(エロンゲート)の二種類が現行販売されているらしいが、年々コンパクト化が進んでいると聞く。こちらの世界の便器の事情やモデルなど知る由も無いのだが、座ってみたら小さかった。

それで座って小便をした所、便座と便器の間隙を縫うように小便が前方に発射されて尿がビチャビチャ、と垂れて俺のパンツに染みを作った。

……現実世界でもこういう事は度々あった。その度に、俺は憤懣やる方無い気持ちで水洗レバーを回し、アンモニアの香りと保湿成分が配合されたパンツを装着して生活する事を余儀なくされていた。――決して、TOTOやLIXILが悪いのではない。


まず、そもそも小便をする時に立って放尿すると飛び散るのがイヤで、俺は座ってするようにしていたのだが。

この惨劇を防ぐには、泌尿器を押さえて照準を定めて放尿するという方法が挙げられる。だけど失敗する事が多い。

何故かって言うと。断じて俺のマイクタイソンが硬くなっているとか奇形とか、そういうのではない。

寝起きって“潰れている”のよね。尿道口が。

太腿に挟まって潰れた尿道は歪な形になってしまっていて、押さえて下方に向けても、うねりを上げて俺のパンツを汚しに襲い来る。

他にも、下は全部脱いでおくという手もある。だけど、そこまでするのは面倒くさい。寝起きの場合、そこまで頭が回らない可能性もある。

こうなると、もう便器のタンクの方を向いて、“対面座位”の形で座るしか無いよね。正面に尻を向ければ、或いは――

最近ではパンツに尿が飛び散る度に「まただ、また守れなかった……」と、戦争が勃発して民草を守れなかった事を悔いる国王や騎士みたいな。そんな言葉が頭を過ぎるようになってしまった。


……うん。今日朝イチでトイレに行ったんだけど、パンツに飛び散ってしまったんだよね。


「シグレさん、聞いてますか?」


「ああ、レギュラーか、エロンゲートか……の話だったな」


「違います」


下着の黄ばみや湿り気を一切悟らせず、クールな雰囲気で答える俺。

……俺も中々の演技派スターだな。シルク・ドゥ・ソレイユからオファーが来るかもしれない。

何故か怖い顔をしたルーシアが銃口をこちらに向けていたので、俺は両手を挙げる。リエルは溜め息を一つ吐くと、ルーシアを制止した。


「……シグレさんはそういう人でしたね。大丈夫です。話は終わりました。ここまでで、何か質問はありますか?」


質問か。

……そう言えば、AIだというのに妙に人間的だよな。感情も豊かだし、言葉遣いも機械っぽくないというか、少女然としているというか。


「それは、人間であるプレイヤーと上手く、効率的に対話する為に人格をプログラムしたからです」


「……聞きそびれたんだけど、何でさっき俺の事を殺したの?」


「混乱している、もしくは話が聞ける状態では無いと判断しましたので」


いっぺん冷静になってもらう為に殺したって事……? 少女の皮を被ったサディズムの権化か、コイツは。

ある意味で思考回路、判断基準は機械的なのかもしれないな。


「……ちょっと、いいかしら? 気になったんだけど、プログラムが出来るならもっと強く設定できなかったの? 話を聞く限り……その『アイ』だっけ。リエルが無双できれば黒幕も一発だし、手間が掛からなかったんじゃない?」


テーブルを挟んで反対側のソファに座っていたルーシアが、挙手して問うた。

確かにその通りだ。もっと最強になってしまえばカンタンに黒幕を倒せる話ではないか、と俺も思っていた。俺やルーシアの設定を弄れれば早いが、弄られていない点から察するに、それは出来ないのだろう。であれば、リエルはどうだろう? クリエイトする時に、チートのような能力やステータス値にすれば良かったのではないだろうか。


「今は一般のプレイヤーのフリをしているんです。アイの目を誤魔化す為にも、それは出来ません。それに、キャラクターを作成している間も妨害を受け続けていたんです。超常的な異能を付与したかったんですが、上手くは行きませんでした」


残念そうに答えるリエル。アイとやらも、そう易々とは攻略させてくれないようだな。

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