挿話~アイの企み~
AIである『アイ』は密かに様子を窺っていた。自らを滅ぼすかもしれない力を持っていた、勇者達の動向についてである。
この世界ではプレイヤーは死亡しても蘇生する。アイとの激戦の末、勇者達――シグレ、ニナ、シンの三名は敗北し、記憶をも抹消された。その後、彼らは各地で蘇生していたのだった。
特筆して、<時間停止>の能力を持っていたシグレには目を見張るものがあった。シグレの異能を危険視したアイは彼の記憶を消し、能力を奪い、テンパーセントなる能力を与えた。
初めはアイの見立て通り、最初のステージの<スライム>にすら敵わず、屠られていた。しかし暫くすると、スライムを撃破するようになった。ここまではアイの予測の範疇であった。
……その後が問題だった。どういう訳かハンドガンを調達してきたシグレは、またしてもフィールドに繰り出したかと思うと、アイの与り知らぬ“バグ”を巧みに利用し、モンスター<クマ>を撃破してみせた。これにはアイも吃驚を隠せない。
人工知能と言えど、高度な文明が生み出したプログラムであるアイには、自我、ひいては人間の感情のようなものも備わっている。驚きもしたが、何よりシグレを“恐れた”。
このバグはAIのもう一人の人格、『リエル』による工作だろうと、アイは即座に推測を立てた。恐らくシグレが再起し、いつの日かアイを撃破する存在となってくれるだろうと。その為に、廃人プレイヤーにしか気付けないようなバグを用意し、例えどんな異能にされても、どんなに弱体化しても攻略できるよう、影からリエルがサポートしているのだと推理した。
不測の事態に直面したアイは、あらゆる可能性について思案した。このままでは、蓋然性こそ無いに等しいが、シグレの異能が復活する事すらあり得るだろう。アイの公算では、それらは決して等閑に付してよいものではなかった。
そこで、アイは思い切った策に出る。
シグレの存在を危険視したアイが最初に行ったのは、難易度の書き換えだった。クリスマスの当初、難易度“GOD”で遊んでいたシグレはこの世界に送り込まれたのだが、そこは同じ難易度“GOD”に設定された世界だった。そこで他の勇者シン、ニナと共に攻略を続け、サイバーシティまで到達した。激闘の末に敗れ、シンとニナは難易度“GOD”の世界に取り残されたのだが、アイの策略で初期設定となったシグレだけは難易度“EASY”に転送されてしまったのだ。つまり、アイに破れたあの日、五月二十九日以降、シグレは難易度“EASY”をプレイしていた事になる。
アイは、このままでは難易度“EASY”はすぐに攻略されてしまうと考えた。そこで、難易度を“EASY”から“GOD”に書き換え、別世界となっていた二つの空間を繋げた。
結果、シグレの前には、“EASY”ではあり得ない展開、<バトルウルフ>や“野犬の群れ”が待っていたのだった。
次にアイが弄したのは、<グリフォン>の投入だった。難易度GODのボスモンスターであるグリフォンは、ただのフィールドには出現しないのだが、プログラムを書き換えた。それ故、ゲーム序盤である湿地帯を攻略中だったシグレの元に、ボスモンスターであるグリフォンが舞い降りた。
アイは密かに様子を窺う。これならば、シグレはここまで辿り着けまい、と。