身内に悩まされる勇者の話。
俺には双子の姉がいる。
双子だが、どこもかしこも似ていない。
唯一揃ったのは、好きな遊びだけ。
勇者と魔王ごっこ。
俺が勇者で、姉が魔王。
俺は勇者がカッコイイと思っていたが、姉は魔王をカッコイイと言っていた。
「だって魔物って、自分より弱い相手の言うこと聞かないんでしょ?一番強くなきゃ魔王になれないとか、実力主義な感じしない?叩き上げっぽくてカッコイイ!人間の王様?あぁ…一概には言えないだろうけど、家業感が…取り柄が一つも無くたって王様の子供が次の王様とか…滾るモノがなさ過ぎるかなあ?」
だそうだ。
当時の俺には色々よく分からない話だった。
兎に角、魔王はカッコイイのだそうだ。
そして、カッコイイ魔王は負けるべきではないらしい。
なかなか倒されてくれない魔王に、勇者が癇癪を起こして泣き喚くと、3回に1回位、仕方なしに負けてくれた。3回に2回は王都が滅ぶわけだ。どうなのそれ…
リアル勇者を初めてみても、姉程手強い魔王には出会ったことが無かった。
が、今回は手強い相手となりそうだ。
王城よりもデカイ城。
尽きぬ魔物の群れ。
一緒に来た仲間たちも、俺も、満身創痍もいいとこだ。
どちくしょう。
「ジェイド…どうやら僕らはここまでだ…」
「ここは私達に任せて、貴方は先へ!」
「良い報せを持って、出来るだけ早く戻れよ?」
「ふ…ざけんなよっ」
「ふざけてんのはテメェだ!」
「貴様など居らずとも楽勝だ」
「行け!ジェイド!」
「っ…すぐ…戻るから!待ってろ!」
仲間の声に背中を押されて蹴飛ばされ、俺は魔王の元へとひた走る。
もう何度、襲い来る魔物の達を薙ぎ払い、斬り捨てたのか分からなくなった頃、微かな歌が聞こえた。殺伐とした魔王城に似合わない、明るくて、朗らかな声。
何処か懐かしい、声。
声をたどり進んだ先にあったのは、他の何処より豪奢な扉だった。魔王が居そうな扉。声も中から聞こえる。
「…っし!」
気合いを入れ、景気よく扉を蹴り開ける。
轟音と共に開いたその先は、思っていたような空間ではなかった。
落ち着いた色合いの壁紙。可憐な花の飾られた樫製品と思われる重厚な机に、びっしりと本が詰まった本棚。その手前には接客用と思わしきテーブルセットと、座り心地の良さそうなソファー。窓にはレースのカーテンが揺れている。
その中で、驚いたように目を見開いてこちらを見る人影が一つ。
「ジェイド?」
赤い髪。緑の瞳。白い肌。ピンク色の唇から紡がれた声が、懐かしいのは当たり前だ。
「姉ちゃん?!」
それは、もう何年も会っていない、故郷に居るはずの姉だった。
「あらヤだ、ジェイド!どうしてここに?久しぶりねぇ!元気だった?…ってなぁに?その酷いカッコ!アンタ、勇者になったんでしょ?王様って、そんなボロ装備しか支給してくれないの?ショっボ~い!!」
満身創痍の俺をケタケタと笑うその姿は、間違いなく姉だった。一瞬、魔王が化けているのかとも思ったけれど、一人なのに姦しいまでの喋りと、口の悪さを真似る理由が浮かばない。
「姉ちゃんんんんんん?」
「何よ。あ、父さんと母さん心配してるわよ?ちっとも帰ってこないんだから!たまには顔を見せてあげなさいよ?そうだ隣のおばさんが嫁はまだかって言ってたわよー?ほーんとおせっかいよねぇ!でも憎めないのよね、あのおばさん!」
「…じゃなくてな?そうじゃなくて!魔王どうした!魔王!!」
「は?魔王?」
キョトンとした顔で小首をかしげる姉。緊張感のかけらも無い。
「俺は魔王を倒しに来たの!魔王は何処だっ!!!」
「何言ってんの?居るわけないでしょ。」
は?
「ココ、私の研究所よ?」
手からすっぽ抜けた聖剣が床の上でデカイ音を立てる。
「あらあら!大切な剣じゃないの?ソレ。落としちゃって大丈夫?昔からそそっかしいものね、ジェイドは。気を付けなさい?刃が欠けたり困るでしょう?」
目の前が暗くなった気がする。姉の声が遠い。
ええぇえええええぇぇぇぇ……
「…研究所って?」
「魔法とか、薬とかの研究してるの。ねぇ聞いてよ!台所使うと母さん怒るのー!酷くない?私の魔法も薬も効果絶大なんだからちょっとくらい散らかしても大目に見て欲しいものよねぇ?」
「…この辺に魔王城って…」
「あるわけないでしょう。ご近所にあるのは農村くらいなものよ?そうそう!牛乳がとても美味しいの!!うちの村と何が違うのかしらねぇ?」
「夜空を埋め尽くす有翼の魔物が出たって聞いたんだけど…」
「うちのコたちかしら?運動させてあげないと、病気になっても困るじゃない?でも、人の目に留まるような高さで飛んじゃダメよって注意した方がよさそうね。」
「どうして姉ちゃんが魔物引き連れてんだよ…」
「森で襲われて、返り討ちにしたら私に仕えたいって。昔話とか噂だけだと思ってたけど、本当だったのね、魔物は強者に従うって!でね、それを繰り返してたら大所帯になっちゃってさ。ダメって言ってもついてくるし、村に置くわけにもいかないじゃない?ついでだからここの管理を任せてるのー。」
「勇者一行が攻撃されたのは…」
「え。さっきのジェイドだったの?不法侵入なんかするから応戦されたんじゃないかな?うちの警備主任、優秀なのよー…てか待って?あんたのその返り血…ヤダ!うちのコたちに怪我させたの?!ちょっともー!勘弁してよ…雇用主の身内が暴力行為とか、責任問題じゃない!もーっ!!」
奇声を発しながらソファーへ突っ伏す姉。
身内に魔王疑惑とか勇者もとても困るんですけど?!
俺も叫びだしたい気持ちでいっぱいだ。
「ほんっとにアンタは!昔っから厄介事ばかり巻き起こしてくれるわね!」
ソファーの上から潤んだ瞳でじっとりと睨めつける姉は、魔王らしくは見えないが、魔王疑惑が真実かもしれないと思える節がごろごろあるのが、また悩ましい。
魔物を率いる実力があって、魔物達の主人なら、ある意味では魔物の王と言えなくも無い。
「ちゃんと聞いてるの?!」
ごうっ。
姉の怒声と共に、髪をかすって火の玉が飛んでいった。着弾したらしき辺りの壁紙が、炭化し石壁が覗いている。
「…オネーサマ?」
「ごごごめん!やり過ぎた!!大丈夫?!ケガしてない?」
姉に目をやり思わず息をのむ。
髪がオレンジ色に光っている。否、髪が燃えさかる炎と化している。緑の瞳も今や金色。
「何だよそれえええええ!!!!」
しょんぼりと項垂れる様子は俺の知る姉だが、パーツが人間離れし過ぎだろ!
「副作用…滋養強壮に良いってうちのコ達に聞いたから、新薬の材料に炎竜の鱗を入れようと思ってね?煎じる前に素材確認って一欠片飲んだの。凄いのよ?お肌にハリとツヤが出て弾力向上が確認できたのに、剣が折れる位の強度なの!しかも最初の7日なんて全く不調なく飲まず食わずで徹夜出来たし、今日20日目なんだけど、まだ効力があるの!ちょっとした魔法なら弾いてくれるのよ?凄くない?」
目ぇキラキラさせてんじゃねーよクソ姉貴…
「…その見返りがド派手な髪と目かよ」
「うっ!…だってこんなになると思わないじゃない…今のはやり過ぎたけど、炎の吐息はなかなか便利…だよ?」
「だよ?じゃねーよ。バカ。あーもう…どうすんだよ…まんま魔王じゃん…」
「う~…魔王じゃないもんんんん」
「髪が燃えさかる人間なんか聞いたことねぇよ…」
「んんん…あ!そうよ!魔導師!!魔導師でーす!もしくは魔法薬師です!魔法薬の実験結果!」
魔法…薬…苦しい言い訳感は無くも無いが、姉が魔王である図式以外なら何でもいい。
「よし。じゃあその線でいこう。」
「え?何が??」
「あのなぁ、聞いてた?俺の話。俺、一応勇者だよ?しかも、ここに居るのは俺だけじゃないんだぞ?仲間と来たんだぜ?魔王はいませんでしたーで済むわけねぇだろ?」
「うぅ…まぁ、そうよねぇ」
「姉ちゃんは捕らえられてたとかにしよう。後は適当に魔王っぽい外見の魔物を倒して身代わりにしよう。」
「ちょっと!ダメよそんなの!!ここに居るのは皆うちのコなんだから!勇者のくせに黒い事言わないでよ!!」
「職業勇者だから良いだろ別に!」
「よくないっ!何でも良いなら私が用意するからちょっと待ってて!!」
言うなり壁をガバリと開ける。隠し扉でもあったのか、天井まで届きそうな棚が現れ、中からいくつかの甕や瓶を取り出していく。そのどれもが、一抱えもありそうだ。
「さて、と。どれがいい?証拠品を持つのはジェイドでしょ?大きいと重いと思うけど、派手でいかにもって感じよ?小さいのは迫力には欠けるけど、それなりには見えるし持ち歩きに便利だよ?さ、選んで。」
「…何?これ。」
「魔王の首。魔王って呼ばれる個体って割といっぱいいるのね!」
子供の頃と変わらない笑顔を浮かべて姉が口にしたのは、悪い予想通りだった。
「姉ちゃん…」
「薬酒付けになってるからちょっと薬臭いけど、まぁいいでしょ?」
「そうじゃなくて…」
「何?」
「何でこんなのあるの?」
「薬の材料になるかなぁって。」
いやいやいやいやいや…
「…入手経路は?」
「狩ってきた。」
頭痛がする…
かくて、一つの討伐が終わった。
勇者は魔王の首を手に仲間たちと王都へ戻った。
それと同時に、魔導師協会にセンセーショナルな大型ルーキーが加入した。
今、王都で話題の中心は俺たち双子だ。
筋書きはこうだ。勇者の双子の姉は、その才能を見抜いた魔王に囚われていたが、勇者が魔王を倒して救い出した。
シンプルな美談である。
姉は数万の遣い魔を操る魔導師として協会に加入。今まで魔導師であることを伏せていたのは、恐ろしいまでの才能を隠す、いわば自衛の為ということにした。
実際には俺の監視下に置くためである。
討伐に行ったのが俺じゃなかったら、姉は討たれていただろうし、材料調達とか言って、魔王を狩る様な猛者にして狂人を片田舎で自由にさせておくのは怖すぎる。ほっておいたから、こんな事になったんだし、目をはなすと何をしでかすか分からない。
魔導師協会に登録すれば、一月に一度は魔導研究報告を王都へ提出に来るし、俺が実家へ帰れなくても、姉に会うのは不自然ではない。登録をしたので、魔導師として実家のある村に大きくは無いが研究用の家を用意する口実も出来た。
その地下に、魔物を住まわせるダンジョンめいた施設を作った事は、秘密である。
最も恐ろしい魔王は、今日も家業の農作業の片手間にフラスコを振っている事だろう。
誰か胃の鍛え方を教えて下さい…。
話として変なところは多々あると思いますが、この世界はあくまで作者の脳内です。色々ねじ曲がっていてもご容赦を。