ビターチョコレート
初めての作品です。お手柔らかにお願いします。
あれは16年前の事だ。
幼なじみと東京ディズニーシーに行った帰り、無性に飲みたくなり新宿に寄った。新宿東口を出てコマ劇に向かうセントラルロードで居酒屋を決めるつもりでいた。ドンキ目の前の横断歩道で信号待ちをしていると若い男の子が声をかけてきた。ホストだ。当時は今ほど規制が厳しくなかった為、キャッチ行為が行われていた。
ホスト:お姉さん達、どこに行くの?
幼なじみ:居酒屋に飲みに行くの。
ホ:じゃあ初回料金で安く飲めるから一緒に飲まない?
私:初回安くても営業されたら迷惑だし。もっとお金持ってる身なりの人に声をかけたら?
その場を逃げる為には効果的な言葉だと思った。なぜなら東京ディズニーシーの帰りだ。ミニーちゃんのスウェットパーカーにジーンズのスタイルでは歌舞伎町で飲むようなお金持ちには決して見えない。けどホストの反応は違った。
ホ:俺はホストになって3日目。指名してくれるようなお客様もいないし。キャッチの仕方もわからなくて。だからお金持ちの子じゃなくて話を聞いてくれる子を探していたんだ。無視しないで足を止めてくれる事が本当に嬉しいんだよ。
そう言ってホストは、はにかんだ。
私:何時間、キャッチしてるの?
ホ:休憩をちょいちょい挟みながら3時間ぐらいかな。
2月の寒い夜だ。3時間も突っ立てキャッチをしてるなんて不憫に思えた。幼なじみは浅草の吉原でNo.1のソープ嬢をしていた。今思えばお水の同業者として同情心があったのだろう。
幼:私は彼氏いるけど、この子なら彼氏いないから口説き次第ではどうにかなるよ!
私:今なんて?!
ホ:じゃあ連絡先交換しようよ♡
幼なじみに裏切られた思いで頭が真っ白になったが粘りつづけるホストの根気に負けて連絡先を教える事にした。とりあえず、その日は予定通りに居酒屋で飲んだ。
内心は初めてのホストに興味があったのかもしれない。その夜、お疲れさまとメールをしてみた。これがきっかけでやり取りが始まった。彼は名古屋から早稲田大学に通う為に東京に上京して一人暮らしをしていた。大学のお金を自分で支払う為に歌舞伎町でホストをしていると話してくれた。大学とホストの両立で大変なはずなのにカラオケ行ったりご飯行ったり、大学のキャンパスに潜入して一緒に授業を受けたり学食でお茶したりと仲を深めていった。
ある日、どうしてもお客様を呼ばないと行けないイベントがあるから来てほしいと懇願された。ついにこの日が来てしまった。息を呑んだ。
身分証を手にしてドキドキしながら歌舞伎町に向かう。そのホストの在籍してる店は区役所通りのバッティングセンターの向かいのビルの地下にあった。震える手を抑えながら扉を開くと、そこには大きな噴水があって、噴水を囲むような形で席が並んでいる。男と女の駆け引きの世界が広がっていた。店に入るまでは好奇心の方が勝っていたけれど段々と恐怖心が強くなっていったのをよく覚えている。
私は彼の腕をずっと握ったままお酒を口にし他のホストとの談笑を楽しんだ。彼の腕に触れていると安心できたからだ。私の心の中で彼の存在は大きくなっていった。イベントが終わり、外まで見送ってくれた彼は私に微笑んでキスをした。
それからの事はハッキリ覚えてない。あんなに仲良くデートもしてたのに、彼は音信不通になった。私の心が堕ちたのなら色恋営業だってしやすいはずだ。それなのに何故?弄ばれたと思って忘れることにした。
時が経ち、2年が過ぎた。
携帯に見知らぬ番号から連絡がきていた。折り返してみると聞き覚えのある声。私が初めて歌舞伎町で恋をしたホストの彼だ。
彼は私に言った。私に対し、お客様として接する事に抵抗があってホストを引退したら迎えに行こうと決めていた。全てが片付くまでは連絡はしない。私に対する想いは真剣なものだからと。
私は動揺を隠せずにいた。彼の事を忘れて、新たな恋を楽しんでいたからだ。一度会って話し合いをしてほしいと言われ、会うことになった。
あの頃と同じように彼は強く抱きしめてキスしてきたが、私の胸には響いてこなかった。そのキスは、まるでほろ苦いビターチョコレートのようだった。
私の青春時代は歌舞伎町のナイトクラブでの思い出が大半です。イメージ的に悪く思う方もいますが、覗いてみると案外楽しく飲めてリフレッシュになると思いますよ?