列車に揺られ
和紗と別れ、怜斗は川沿いをひたすら歩き続けた。
「本当に何も無いな。」
怜斗が歩き始めてから約30分くらいが経過しただろうか。未だに景色というものがまったく変わらない。見えるのは川、川、川。浅い川がただただひたすらに続いている。地球という物はどうしてこういう時に限って人を生かそうとするのだろうか?普通なら氾濫やらなんやらで人は沢山死んで逝くのに。
怜斗は肩を落とし、足取りを重くして歩いていると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
『どーも、調子はどう?もう死に場所は見つかったかしら?』
和紗からの連絡だ。文面を見るからに、元氣そうに生きているようだ。よかった。
『まったくです。何この川、どこまで行っても同じ景色なんですけど』
『そうね、この先は行っても行っても同じ道、もしくはそれ以上につまらない所になっていくわよ』
『それはどういう…?』
『その先は上流だから笑』
笑、という文字から、馬鹿にされてる感が満載だ。
『はあ!?なにそれ聞いてないよ!』
『聞かれてないもの、どうしてそっちなの?と、聞こうと思ったのだけれど、怜斗があまりにもカッコつけて踵を返すものだから、言うに言えなくて笑』
長文で凄い言われた。こんなにも傷つく事があるだろうか。いや、これ以上の事があったから死ぬのだけど。
『はあ!?』
『まあまあ、そんなに怒らないで?笑ずーっと歩いていけば、電車が通ってるわよ。歩くのは得意何でしょ?良い旅ができそうね笑』
いちいち笑を付けてくるので、馬鹿にされてるのが一目瞭然である。
『電車か、お金もまああるし、遠出ができていいな。』
『そうでしょう?』
『ご親切にどうも』
『(^-^)』
顔文字とか使うのか和紗って。
とりあえず、怜斗は駅のある方へ歩いた。一応スマホで場所を調べたが、ここからあと30分も歩くらしい。
「げ、あと30分だってよ、クレア。」
何故かクレアに問いかける。
クレアは氣だるそうに鳴いて返事をした。前方を見る限り、先には何も無い。あと30分で本当に着くのかも謎である。歩くのが好きで得意とはいえ、さすがに氣が滅入ってしまう。ひとまず近くのベンチに座ってリュックを降ろし、クレアを外に出してやった。
クレアはゆっくりとカゴから出てきて、怜斗の膝で丸くなった。クレアは本当に真っ黒で、金色の目だけがしっかり光っている美しい猫だ。本当に魔女の使い魔であるのではないかと思ってしまう。クレア、という名前は、ただ音がいいので付けた。なんててきとうな…。そう思わないで、センスが無いの。クレアは拾ってきた。家の周りをうろうろしていて、心を奪われてしまったのでなんとか友達になった(本当に大変だった)。
怜斗はリュックから水を取り出した。クレアにも飲ませてやるために、皿を出して少し注いだ。自分もゆっくり飲み始める。久しぶりに飲んだかもしれない水は喉を喜ばせ、心を潤した。
不意に、正面を見つめた。塀の向こうに流れる浅い浅い川。お昼前の良い気温なので、子供たちはバシャバシャ水を掛け合って遊んでいる。浅いので、足を滑らせても溺れないだろう。なんて楽しそうな。
「お前らはいいな、幸せそうで。」
そう自然に囁いてしまった。クレアが心配そうに怜斗を見上げた。
自分にもこんな時代があったか。人生を終わりにしようとしている身に、もうその記憶は残らなかった。きっと走馬灯が本当に流れるのなら、その時にでも思い出すのか。それまでは記憶なんて無駄なもの、思い出すのも面倒だ。
「今日はいい天氣だな。」
怜斗は次に少し上を向いた。いい具合に雲がかかった青い空。照りつける太陽は、もう9月中盤だというのに体に暑さの刺激が入る。暑いのは嫌いだ。冬がいい。
「しんじゃえー!」
バシャバシャ。
川で遊んでいる子供たちがそんなことを言いながら水を掛け合っているのに氣が付いた。
おいおい、簡単にそんなこと言うもんじゃないぞ、本当に死んじゃったらどうするんだ。て、言っても死なないんだろうけどな。仲良くやれよ少年達よ。
そう思いながら、十分に休憩を終えた。氣付けば15分も経っていた。クレアも寝すぎて退屈だ。と、目で訴えかけている。
「ごめんごめん、日が暮れちゃうな。行こうかクレア、カゴにお入り。」
そう言ってカゴを開けると、クレアはカゴに入らずに、リュックの空いたスペースに潜り込んだ。
「そっちの方がいいのか?」
にゃーん。
クレアはそう答えた。
「そっか、ならここに居なさい。」
にゃあん。
クレアは嬉しそうに潜った。
「じゃあ、このカゴどうしよう…。」
怜斗は、どうせ死ぬんだし、ということで、ここに放置することにした。
「ごめんなさい地球、この辺の人達…。」
怜斗は手を合わせて謝罪した。
「さて、歩くよークレアー。」
そう言って怜斗はまた歩き始めた。
歩いても歩いても川だった道は、20分ほど歩くと、町っぽい所に出てきた。少々賑わいもあり、明るく良い町だ。
「わいわいがやがや、いい所だな。」
怜斗はこの町をしばらくフラフラすることにした。なるべく影を薄くして、死ぬという雰囲氣を出さないように。クレアは珍しいものを沢山見つけてるようで、目が泳ぎまくっている。
「どうしたクレアー、なんかあったかー?」
クレアは色々なものに興味深々(きょうみしんしん)だ。しばらく外に出してやることも無く、ただただ自分の部屋を歩かせてただけで、外にいた頃も恐らく家の周りをうろついてただけで、こんな町なんて見たことも無いのだろう。
怜斗は1人孤独に歩いて10分。やっと駅に着くことに成功した。
「やっと着いたぞクレアー!」
なぁん。
クレアも喜びを示した。
町を通り抜けて人に会わず、何事も無く無事辿り着いて一安心する。と。そんな予定だった。
怜斗は見てしまった。明らかに信号待ちではない雰囲氣の少年を。
「え、あれ信号待ちじゃないでしょ、どう考えても違くね?」
まるでタイミングを見計らって決心を決めているかのようだ。
怜斗は走った。リュックが思い。クレアが揺さぶられて、リュックの中に潜った。
「おい!君!」
少年はゆっくり振り向いた。
「何しようとしてるのかな?」
怜斗は丁寧に、優しく話しかけた。子供は好きなので、こういうのには慣れている。
「は?なんだよ。警察?」
口が悪い少年だ。非常に腹が立つ。
「警察ではないけど、君、死ぬよね。」
ここまできたらお構い無しだ、直球に聞いてやるよ少年。
「よく分かったね、やっぱり警察なんじゃないの?」
やっぱりだ。この子は自殺しようとしていた。なんてこった、こんな小さな少年が…。
「なんで自殺なんてしようとするんだよ、親は?」
「黙って出てきた。もう疲れた、人生。」
うわ、嘘だろ、この歳で俺と同じこと言ってやがる。
「まて、早い、そう思うのは早いぞ君。」
「君ってやめて、俺は笠見 冬弥。」
「冬弥か、冬弥、そう思うのはこの歳になってからにしなさい。」
「何言ってるのお兄さん。」
「俺は怜斗だ。」
「そうですか。で、そんなこと言うってことは怜斗も死ぬの?」
「そうだよ、今死に場所を探して旅してるところだよ。」
怜斗はこれからの事を話した。電車に乗って遠くに行くこと。それから以前の事も話した。和紗の事を。怜斗の過去を。
「電車に乗るの?」
「そ、遠出して、静かに死ねる場所を探す。」
「なるほど、死ぬために旅をするなんて変わってるね。」
「まあな、よく言われるよ。」
冬弥は顔をキラキラさせて話し始めた。
「俺も連れてってよ!電車に乗せてよ!」
さっきまで生意氣なキャラだったのに、急に小学生感をむき出しにしてきた。
「え、付いてくるって?嘘じゃん。」
「お願い!電車!お願いだよ!」
「うーん、わかった、電車だけな。」
「やったー!」
冬弥がぴょんぴょん飛び跳ねる。とても嬉しそうだ。
そうして、怜斗と冬弥とクレアは電車に乗り込んだ。この時間帯はあまり人が乗っておらず、楽に乗ることが出来た。冬弥は流れる景色に夢中である。
「さて、電車に乗ったはいいけど、ここからどうしようか?」
「ここからなら、鎌倉の方に着きますよ。」
この方面は、人氣高い横浜とは逆方向、鎌倉や久里浜といった方へ進む。鎌倉なんて聞くと、とてもウキウキする人が多いだろう。
「氣が引けるなー…。」
鎌倉は、元カノの学校の登校道、よく遊びに行く時にたどり着く。なんともまあ思い出の転がりまくっている場所だ。本当に辛い場所である。
「でもまあ、どうせ死ぬんだし、最後に寄ってみるか。」
電車はひたすらに、氣を引いている怜斗を無情に無視して走り続けた。
「怜斗はさ、死んだ後のことどう思う?」
冬弥はいきなり怜斗に質問した。
「ん?死んだ後?天国か地獄か、はたまた無ってことか?」
「俺は何も無いと思ってるんだ、死んだらさ、何も残らないんじゃないかな。」
冬弥は俯いた。先程、道路を眺めて冬弥はそんなことを思っていたのか。生きるのも辛ければ、死んだ後も辛い、ならどうすればいいんだろう。そんなことを考えていたのかもしれない。こんな歳でもしそう思わせてしまっているのなら、この世はなんて酷い場所だろうか。
「じゃあさ、辛くても生きてみればいいんじゃないかな。」
ここでもブーメラン発言だ。どうして死のうとしてるやつに言われなきゃいけないのかと思われて当然だ。
「死ぬ人が何言ってんだよ。」
冬弥は少し微笑んでいた。
「ははっ、その通りだな。でもさ、お前はあと少し頑張ってみれば中学生、氣づいた頃には俺と同じ高校生だ、少なくとも、この歳でまで生きてみてから、また生死を考えてみればいいと思う。この先ももしかしたら沢山の辛い出来事が待ち受けてるだろうよ。でも、それを一生懸命乗り越えてみればさ、お前はまた一つ、また一つって強くなると思う。そうやっていったらさ、多分生きるのが楽しくなりそうじゃないか?」
怜斗は、冬弥に生きて欲しかった。こんな歳の子が死を考えてしまう、考えさせてしまう世の中を恨んだ。これが世の中か、怜斗は酷く失望した。自分が自殺志願者になったからこそ分かること。
人は生きるべきだ。死ぬ人が何を言っている、そう思うかもしれない。だが、自分が死ぬからこそ分かることだった。人は生きるべきだ。こんな世の中に耐えられず死ぬというのは、この酷い世の中に負けを認めるという事だ。それは到底悔しい。生きよう。この酷い世の中に打ち勝とう。生きろ。冬弥に願いを込めた。
「ありがとう怜斗。」
冬弥は初めて優しそうな顔を見せる。なんだよ、そんな顔もできるじゃないか。
「笑ってればいい事あるし、生きてればもっといい事あるよ。明日はきっといい日になるよ。」
怜斗は大事にしている。明日はきっといい日になる。
そう思っていれば、今日を頑張れるから。
列車は走った。思い出が転がる地へ。怜斗も冬弥も列車に揺られた。行先も分からぬ死に場所探しで、怜斗は列車に揺られた。