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子供愛にはまる公爵夫人

作者: 理嗚


 今日も可愛らしい小鳥の声とともに目が覚める。

 ディラはしばしベットの中で、その声を聴きながら、寝起きの余韻をまどろんでいた。一瞬、今日の予定はっ!と身を起こしかけたが、自分がどこにるのかを思い出して再び大きな枕に顔をうずめる。またこのまま眠ってしまいたい。


(けど、それができないのよね……)


 最初にここへ泊った日は、ベットの中でごろごろとしていても誰にも何も言われなかった。しかし、二日目からは寝起きの悪いディラを見て、古参の侍女が眉を潜め、三日目ともなると目をすわらせながら起こしにきた。どうやら公爵夫人は体調不良であっても(あくまでも執事の見解だが)、余程のことがない限りベットの中で惰眠をとることは許されぬらしい。


(だけど、三日を過ぎると飽きてしまったのよね……)


 当初は何も予定がなく、ゆっくりと過ごせる日は快適の一言だった。お気に入りの庭でお茶をのみ、美味しい食事を三食とり、図書室から本を借りてきて読書をしたり、近くの森に散策をしたりもした。だが、それも三日ともなると……特に趣味もない、したいこともないディラは暇を持て余し始めていたのだ。


(公爵夫人のお仕事はしたくないけど、そろそろ屋敷に戻ろうかしら)


 またあの夜会三昧、ご相談三昧のことを考えると頭が痛いが……それよりも、そんなことよりも!!感じる飢えがあるのだ!!それは……


(ああーーーもう、子供たちの声が聴きたいっ!!触りたいっ!!なでなでしたいっ!!ちゅーーがしたいわっ!!我慢できると思ったのにぃぃぃ!!暇で暇でしょうがなくて、逆に我慢ができなくなってきたわっ!!!)


 くぅぅっと握り拳をしながら、ディラはなんとか先日ディードに触れたときのことを思い出す。しかし、三日も前とも記憶になるとその感触はだんだんと失われており、逆に彼に触りたい、抱きしめたいという要求が増すばかりだった。


(もう、これは帰るしかないわ。あの執事に泣かれようが、叫ばれようが、なんとしても屋敷に帰らなくては!!!)


そう決めたらディラの行動は早かった。メイドを呼び朝の支度を整えさせると、彼女はすでに用意されている朝食の席へと赴く。この屋敷に来てからは考えられないほどの、公爵夫人のきびきびした動きにメイドたちは目を丸くしていた。ディラはきれいに、すばやく!朝食を終えるとこの屋敷を管理している執事を呼びつける。


(さぁ、言うのよディラ!!公爵夫人にふさわしい貫録と、礼儀をもってお屋敷に帰ると!向こうの執事の泣き落としなんかには二度と負けないわ!!)


 ディラの呼びつけにバタバタと慌てた様子で駆けつける執事……何か様子が変ねと思いつつ、彼女が口を開こうとしたときだ。



「大変です! 奥様! ディード様がいらっしゃい……」

「母上っ!!! ご無事ですかっ!?」


 バタァン!!と激しい扉の開かれる音とともに現れたのは、銀色の髪の少年。

 余程急いできたのか、わずかに呼吸を乱しつつも紫色の瞳は、朝食の椅子に座りこちらを呆然と見つめる母親の姿を捕える。ほっと小さく息をつきながらも、眉を潜めながら大股でディラのそばへとやってくる。


「ご病気と聞かれたのですが……」


 少年の瞳に映るのは、しっかりと身支度を整え、だされていた朝食をきれいに片づけているディラの姿。顔色も悪くなく、食欲も旺盛、しかも実を言えばパンはしっかりとお代りをしていたし、デザートも少し多めに出してもらえてちょっとばかりご機嫌だった。なんだか聞いていた話と違うと、一人勝手に暴走していたディードは自分のことを棚に上げ、わずかに非難の眼差しを母親へと送ったが……



「ディードっ!!!!」



「ぐはっ!? は、はははは母上っーーーー!!!」

「わたくしを心配して、こんな朝早くから来てくれたのね! 母は…母は……とても嬉しいっつ!!!」


 三日も子供に会えないどころか、姿をちらりとさえみることのできなかったディラはディートとは別の意味で暴走した。ディードをぎゅうぎゅうに抱きしめ、変態と勘違いされない程度に頬をよせ、そっと子供のにおいをかぎ、さわさわと彼の体を触りまくる。


「おおおおお放しくださいっ!!!は、ははは母上!!」

「母は……とても感激しています!」



 ……それ以上やると、ご子息様が窒息死してしまいそうなんですが。

 ディラの胸の中で顔を真っ赤にしながらも、抵抗するディードと役得とばかりに彼を抱きしめ続けるディラ。奥様の病気は治っていなかったと、その場にいる誰もがそっと視線を交わしあったが、公爵家に仕える優秀なメイドたちは何もいわずに、2人を見守っていた。



****************************************************



「で、ではお怪我やご病気ではなく、お疲れだったために少しお体をお安めにきたということなのですね」


 メイドの入れてくれたお茶をのみながら、ディードはほっとしたような、迷惑をかけられたようなさまざまな感情が入り混じった表情でそうつぶやいた。

 ディードを抱きしめ続けるディラに、メイドたちの説得が届き彼が彼女の胸から解放されたとき、ディードは様々な意味でふらふらだった。ディードの気を確かなものとするために無理やり引き離されたあと、ディラの部屋でお茶をのみながら相対する二人は、表面上は落ち着いたように見える。しかし、静かな微笑を浮かべたまま息子をみるディラの心中は……


(きゃぁ何あれ!無理やり落ちついたふりをしてるわ!!かわいいっ!!あ、髪が少し乱れてるわ!さっき私が抱きしめ続けたせいかしら……なおしてあげたい、あげたいけどっ、警戒されて、もう近づかないでくださいって言われたらもともこないから我慢ね……でも、三日ぶりなんだもの!仕方がないわよね!)


 と葛藤の渦の中にいたりする。

 そんなことに当然気づいていないディードは、ふぅっとため息をついた。


「では、明日には本宅の方へお戻りになられるということでよろしいのでしょうか」

「ええ、あなたにも大変迷惑をかけましたね。でも、心配してくれたのはとても嬉しかったわ、ありがとう」


 素直な感謝に顔を真っ赤にしながら、ごもごもという息子の姿になお一層もだえるディラ。本当はここでまた抱きしめたい要求に手がさわさわと落ち着かないのだが、彼女の後ろに控えているメイドたちの目がなんか怖くて実行できないでいた。


「お体が何ともなくて本当に良かったです……ラミリアも心配してましたから」


 ふと聞かされた娘の名前にディラはぴたりと手を止める。

 そういえば……今更ながらに自分には彼のほかにも三人の子供がいることを思い出して。



「は……母上?」



(くおおおお……な、なんてことなのっ! いわれるまで思い出しもしなかったなんてっ!! こんな可愛い天使がほかにも三人いることに気付かないとはっ……なんたる不覚っ!!!)


 がくりと肩を落とし、ぷるぷると震えだしたディラの姿にディードは慌て、メイドたちはまたもやなにかの病気を発症したのかっと身構える。それが功をなしたのだろう、ばっと立ち上がったディラの椅子が勢いのあまり倒れそうになったのだが、優秀なメイドによってそれは防がれた。



「ディード! いますぐ、屋敷に帰りましょう。てん…し…いえ、子供たちのことが心配だわ」

「え、は、母上っ!!?」


 衣を翻し部屋から出ていこうとするディラに、残された面々はぽかんと口をあけつつ、すでに姿の見えなくなった姿に慌てながら彼女の後を追ったのだった。




******************************************************



「早くしなさいよっ!! 準備はまだなのっ!!」


 ばたばたと慌ただしく駆け回っているメイドたちをみながら、ラミリアはいらいらと令嬢にあるまじき足を踏みならすということをしつつ、まだ玄関先にもこない馬車を待っていた。


(お兄様っ…抜け駆けなんて許さなくてよ!!)


 五日前から、ラミリアは友人であるとある侯爵令嬢のもとへ遊びに出向いていた。アルドマーク家とも親戚筋で、幼馴染でもある令嬢のところへ泊りに行くのは何も初めてのことではなく、気心のしれる友人との過ごした日々はとても楽しいものだった。

 しかしだ。

 問題は帰ってきてから起こった。


 そもそも、家に着く前、とある馬を見たのが始まりだった。たまたま馬車の外をみていたラミリアは、馬にまたがっていた人物がとても見慣れたものと似ていることに首を傾げた。


(…お兄様? いえ、そんなはずないわよね)


 自分と同じ銀色の髪は珍しいものの、他にいないわけでもない。

 そもそも、何事も公爵子息としての立場を考える、頭が固くて妹弟にでさえにこりとも笑いもしない、あの愛想なしの兄が、あんなふうに馬を駆けるわけがないのだ。だが、思案する彼女の馬車をまたもや見慣れた騎士たちが通り過ぎ……ついでにアルドマーク公爵家の紋章をつけた馬車が通り過ぎたのは、気のせいと思うには無理過ぎた。


(何か起こっているの?)


 しかし、まだたった五歳の子供でしかないラミリアはそれ以上どうすることもできずに、アルドマーク家へと戻る。そして、ことの顛末を聞いて激怒した。


「お母様がご病気で療養中……!! しかも、お兄様がお見舞いに行かれたですって!?」


 大好きな母親が体を壊した。

 何も知らずに、友人の家で過ごしていた自分とそれを知らせなかった家のものにラミリアは怒り狂った。

すぐさま自分も行くと言い出したのだが、時間はすでに夕暮れ。彼女を乗せた馬車は馬も疲れ切っており休ませないといけないし、アルドマーク家の令嬢をこんな時間に外に出すわけにはいかないと、がんと譲らない執事にラミリアはしぶしぶ怒りを治め、しかし朝早くに周りのものを叩き起こしながら出発しようとしていたのだった。


(お兄様めっ……ご病気のお母様にかこつけて、おそばにいるなんて許さなくてよっつ!!!)


 大好きな大好きなお母様。

 いられるものならいつも一緒にいたい。


 ラミリアにとって母親であるディラは、まさに憧れそのものだった。

 アルドマーク家の公爵夫人の立場はまだよく理解できてないものの、たくさんの人に慕われ、頼られ、ときには気難しい人であっても微笑を絶やさず相手にし、何も恐れるものはないとまっすぐに顔を挙げて相対するまさに淑女中の淑女。

 本当は自分もディラと同じ、暖かい茶色の髪がよかったのだが、それは変えられるのではない。そのかわり彼女と同じ緑色の瞳は何よりも自慢だった。忙しくてなかなか会えないのが不満だが、その代わり会えるときはおもいっきり甘えるのだ。ディラとの時間を独り占めしたい。そんな願いを邪魔するのが、兄であるディードだ。


 母親に抱きつけば、母上がお困りだ。

 もう少し一緒にいて欲しいといえば、母上はお仕事だ、わがままを言うな。

 話を聞いてと言えば、母上がお疲れになる。


 いつもいつも自分と母親の間に入ってくるお邪魔虫。



(いつもいつもいつもっ!!!! なのに、私が留守中に自分だけっ…!! お母様のお世話をするのは私よっ!!)



 がらがらと馬車の車輪の音がする。

 ようやく準備ができたのねっラミリアが玄関の扉を開けさせれば……




「まぁ、ラミリア!! お出迎えをしてくれたのっ!?」



 ……目の前に母がいた。



 え。と口を丸くして突っ立っているラミリアに、ディラの瞳が輝く。



(まぁ!! なんてかわいらしいのっ!! まさに人形のような愛らしさっ!! 一日中見ていても飽きないとはまさにこのことねっ!!)


 ぽかんとちょっと間抜けた顔をしていても、ふわりとゆれる少しあるくせ毛の銀色の髪。見開いている大きな瞳はディラと同じエメラルドグリーン。愛くるしいぷくりとした桜色の唇は白肌によく映えていて魅力的だ。将来はまさに超がつく美少女になるに違いないわが娘に、ディラが我慢できるはずもなく。



「母は…とても嬉しいわっ!!!」



 ぎゅーっと抱きしめれば、さらに状況がわからなくなって固まり続けるラミリアに、やはりかと後から降りてきてこの事態になれつつあるディード。そして奥様のご病気は深刻だ……と顔を青くするアルドマーク家の使用人たちの姿があった。






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