猟期
血の跡は下生えの葉に点々と垂れて、深い
山林の奥まで続いていた。ライフルを肩に背
負った男はヒゲを濡らす汗を手の甲で拭きな
がら血を辿る。山は静まり返っていた。鳥の
さえずりも、虫の鳴く声もない。ただ男の荒
い息遣いと、枝を折り葉を踏みながら進む足
音だけがある。男は山の斜面に足を取られて
膝をつき、苛立ちのうめき声をあげた。
半矢にしたことは長い猟人生で何度もある。
しかしなぜ仕留め損なったのかわからないの
は、今日が初めてだった。男はそのことにひ
どく苛立ち、混乱していた。今日の俺が昨日
の俺とどうちがうのだろう、と男は自問した。
答えは返って来ない。代わりに、膝が笑った。
ようやく、切株の根元にうずくまった雄鹿
の姿が見えた。血を流し続け、やっと力尽き
たらしい。男はその大きな三つ又角に手を添
え、静かに撫でて悟った。「よくもここまで、
遠くへ来たもんだ」既に日が暮れかかり、夕
闇が男と鹿を覆い始めていた。