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新しい環境で

初めは主に保定だった。

保定とは、診察しやすいように、動物を押さえると事である。

他の獣医師、特に院長の保定に入り、その診療を学んだ。

院長は「技術は見て盗め」とは言わなかった。

今日子がそれを苦手とすることを理解してくれた。

「見て盗め」というタイプの‘師匠’は、よく「手取り足取り教えられた技術は身につかない」というが、この院長はそれこそ手取り足取り、何度も繰り返し教えた。

それにより、今までまるで技術を身につけてこられなかった今日子が、少しずつ、飽くまでも自分のペースでではあったが、確実に成長していった。


今日子は雑用も積極的に行った。

但し、掃除機だけは苦手だった。

掃除機の音は、特定の音を不快に感じる今日子には辛かったのだ。

院長は、それをスタッフ皆に周知した。

掃除機をかける時には、スタッフは今日子に一声かけ、別室に移動するように仕向けた。


今日子自身も様々な工夫をした。

例えば、同時作業。

何かしている最中に、別の作業をしなければならない時には、付箋に今までやっていた作業をメモし、胸に貼った。

それだけで、同時作業の失敗は幾分軽減された。

これは担当のカウンセラーによるアドバイスだった。


次第に、今日子は外来も任せられるようになっていた。

勿論、最初の頃は、壁一枚隔てて、院長が様子を伺っていた。

今日子が自力で対処できないと判断した場合は、さり気なく院長が現れた。


今日子の外来は徐々に増えていき、簡単なものなら院長がいない時でも1人で任されるようになった。

ここまでくるのに、1年を要した。

一般的な獣医師と比べると、あまりに遅い成長だが、院長は「成長は人それぞれ」と言って、今日子を責めなかった。

その頃には、今日子はバイト扱いになり、給料が支給されるようになっていた。


また、ある獣医師は、今日子が急患時に必要以上に慌てる事に気付いた。

「エマージェンシー(急患)入りました!」

という声が聞こえるだけで、オロオロして周りの獣医師やAHTを眺めるだけになってしまうのだ。

その獣医師は、今日子のために気管挿管、人工呼吸、心臓マッサージ、血管確保等の救命処置の手順をマニュアル化し、今日子と一緒に何度もシュミレーションした。

今日子自身が、急患でも落ち着いて対応できるようになるまで。


ただ、それでも時折、パニックを起こした。

特に睡眠時間が一定しないと、調子を崩しやすいため、それだけは気を使っていた。

それでも体調の悪い時は、同時作業の連続や騒がしい赤ん坊の声(これも今日子の苦手な音のひとつだった)に反応し、パニックになってしまった。


それでも、今日子はクビにはならなかった。

院長は今日子の‘障害’を敢えて‘特性’と呼んだ。

「こんな仲間が1人いてもいい」

そんな環境に恵まれ、今日子はそこで働き続けた。


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