今日子の#KuToo
今日子は歩き方や走り方がぎこちない。
歩き方や走り方だけではなく、動きそのものがどこかおかしい。
これは子供の頃からである。
当然、体育の成績は悪かった。
足が遅いのは勿論のこと。
ボールを投げても真っ直ぐ投げられずに下に叩きつけてしまう。
垂直跳びでは記録にならず、「ふざけてるの?」と言われた。
ジャンプしても最高到達点に達した時に印をつける事ができず、着地してから印をつけるものだから、記録が‘0㎝’になるのだ。
運動会や体育祭でダンスをやっても、ひとりだけ違う動きをするために、非常に目立った。
だが、身体自体に異常は見つかっていない。
おそらく‘発達性協調運動障害’があるものと思われる。
発達障害者の中には、身体的異常がないのに、動きがぎこちなかったり、運動が不得手だったりする人間がいる。
手、足、目、耳などの身体の部位を協調させて、全身のバランスをとって動く事を苦手とするためと言われている。
ただ、子供の頃は体育の授業で苦労をしたが、大人になってからはそこまで大きな問題にはなっていない。
「ちょっと変な動きをする人」という見られ方をするだけだ。
しかし、大人になってからの今日子が苦手とするものがある。
それは、パンプスだ。
今日子はパンプスでは歩けない。
歩けば、転ぶ。
もともとパンプスでなくてもよく転ぶのだが、パンプスとなれば確実に転ぶ。
今日子にとって、パンプスは非常に危険な履物なのだ。
ただ、幸いな事に、臨床獣医師は大抵ラフなファッションが許されている。
職場に行けば、どうせ着替えるので、通勤着は何でも良いという動物病院が多い。
今日子の職場も、そのような動物病院だ。
同じ獣医師でも公務員獣医師や、製薬会社やペットフード会社やペット保険会社に勤める獣医師は、勤め人らしいファッションを求められるようだが、動物病院勤めをしている限り、仕事中も通勤時もパンプスを求められる事はない。
人間の医師の世界では、学会等では正装が当たり前のようだが、そのあたりも獣医師の方が緩い。
学会等では獣医師も男女共にスーツが多いが、そうでない人もいる。
だが、今日子が初めて学会発表した時には「流石にここはスーツだろう」と思い、パンプスも履いた。
会場まではスニーカーで行き、その場でパンプスに履き替えたのだが、それでも転んでしまった。
転んだ拍子にヒールが折れ、スーツは埃にまみれ、ストッキングが破け、膝小僧から流血し、何とも哀れな姿で発表したのである。
学会主催者の大学教授には「来年は歩きやすい靴でおいで」と言われ、車で来ていた別の病院の院長先生は宿泊先まで送ってくれた。
おかげで、その大学教授にはバッチリ顔と名前を覚えられ、その後はメールや電話で専門的な相談もできるようになった。
送ってくれた院長先生とも、交流が続いている。
ケガの功名かもしれない。
翌年からは、パンプスは履かずにその学会に参加している。
こんな具合に、仕事上でパンプスを履く事のない今日子がパンプスを求められるのは、冠婚葬祭だ。
自分の結婚式の時、ウエディングドレスを着るならヒールを履けと、衣装担当スタッフにしつこく言われた。
ヒールを履いた方が、女性は姿勢も美しく保てるから、ドレスはより綺麗に着れるのだと。
だが、今日子の場合、ヒールのある靴で美しい姿勢は保てない。
転ぶのが怖くて、前かがみになるからだ。
わかりやすく言うなら、竹馬でバージンロードを歩けと要求されたようなものだ。
大袈裟ではなく、今日子にとってパンプスは竹馬に等しい。
どうせ足元はスカートで見えない。
式の最中に花嫁がすっ転ぶという笑えない事態が予想されたため、ヒールは断固拒否し、スニーカーでウエディングドレスを着た。
自分の結婚式はまだ良いとして、問題は葬儀の場合だ。
何度かパンプスでチャレンジしたが、その度に転んでケガをした。
今はパンプスは諦め、そういう席には黒いウォーキングシューズを履かせてもらっている。
高齢者向けのものだ。
高齢の女性が葬儀の場で履いていたのを見て、真似させてもらった。
ただ、高齢女性ならパンプスでなくても、足が悪いのだろうと慮ってもらえるが、まだ30代の今日子がそう思ってもらえるかどうかはわからない。
‘変な人’と思われる可能性もある。
だが、それは仕方がない。
「転倒してケガをするリスク」と「‘変な人’と思われるリスク」を天秤にかけ、後者を選んだのだ。
もともと今日子は‘変な人’‘変わった人’と呼ばれるのは、子供の頃から慣れている。
最近、話題となっている#KuToo運動。
歩きやすい靴が女性のフォーマルシューズとして定着したら、今日子自身は大変助かる。




