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誰にでもやれる診療

今日子はある日、院長にこんな事を言われた。


「今日子先生は、‘誰にでもやれる診療’が得意ね。」


よく意味がわからなかったが、院長はこう続けた。


「誤解しないでね。‘誰にでもやれる診療’しか出来ないと言いたい訳じゃないの。例えば、爪切りにだけ来た患者さんなら、どの獣医師であってもやれると思うけれど、今日子先生は爪切りに来た患者さんであっても、まだ見つかっていなかった初期の心臓疾患を見抜くでしょう。それって、とっても重要な技術よ。」


院長が言うには、どんな理由で来院した患者であっても、必ず全身状態を確認して、‘視診’‘聴診’‘触診’‘問診’の診察の基礎を忠実に守るのは、今日子の診療の長所らしい。

結果として、飼い主すら気付いていなかった異常を発見して、精密検査にまわしたり、治療を開始したりする事が出来るのだと。


耳掃除をしてほしいと言って来院した患者の飼い主に「吐き気はありますか?」などと訊くと、不思議な顔をされる事もあるが、意外に「実は最近、よく吐くようになって。」などと話が繋がっていき、思わぬ疾患を発見する事もある。

元気食欲の有無、排尿排便の状態、吐き気の有無は、問診の基本項目なので、どんなに健康そうに見える患者であっても、今日子は必ず確認する。


「基本に忠実」という事は、今までにも様々な場面で、今日子が受けてきた評価だ。

それ以外に数え切れない程のマイナス評価を受ける機会があったが、「基本に忠実」という事だけは変わらない評価なので、確かに今日子自身の特性なのだろう。


それが発達障害と関係しているものなのかどうかは、わからないが。


院長は、こうも言っている。


「それと、聴診は自信を持って良いレベルよ。聴診が得意なのは、聴覚過敏と何か関係があるのかしらね?」


意外な指摘だった。


発達障害者の中には、特定の感覚が過敏になっている者がいて、今日子の場合、それは聴覚だった。

今日子の聴覚過敏は、日常生活や仕事をする上で、大きな障害となっていた。


ようは‘耳が良すぎる’という事なのだが、だからと言って、音楽的才能がある訳ではない。

はっきり言って、何の役にも立たないと思われてきた。


今日子が聴覚過敏の症状を持つ事は、職場のスタッフの間では周知の事実で、掃除機をかけたり、大きな音が出る作業をしたりする時には、事前に今日子に一声かける事がルール化されている。

このように、周囲の人々の配慮を必要とする、なかなか厄介な障害のひとつだ。


しかし、聴診をする上で、聴覚過敏は役に立っているのか?

断定はできないが、役に立っているというのなら、発達障害が有利に働いた初めての場面かもしれない。


余談だが、今日子の聴診器には、‘ジバニャン’のストラップが付いている。

年中、聴診器をそこら辺に置き忘れ、「私の聴診器、どこ行ったー!?」と探し回っている今日子のために、スタッフの1人が付けた目印だ。

‘ジバニャン’のストラップ付聴診器が放置されている事にスタッフが気付くと、それは今日子のもとへ届けられる。

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