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今日子と貴司の夫婦関係

今日子と貴司は、結婚時に2人の間で交わした約束がある。


それは、今日子の収入を家計費に入れないという事だ。

今日子は入籍当時、動物病院に勤めており、多少なりとも収入はあった。

しかし、その後、今日子は休職したり、離職したりした。

今はまた元の職場に戻っているが、就業状態はなかなか不安定である。

今日子の収入を家計費に入れていたら、休職や離職、復職の度に、家計は引っ掻きまわされていたであろう。


今日子の給料は、指定の口座に振り込まれたまま、手付かずの状態にしてある。

生活費は、飽くまで貴司の収入のみでやり繰りしているのだ。


この事は、今日子をプレッシャーから解放している。

何としても、生活費を稼がなければならない状況にない事は、今日子には救いなのだ。


生活費を1人で稼いでいる貴司だが、彼は今日子の仕事に対して、非協力的なわけではない。

家事はよくこなす夫だ。

共働きとはいえ、パートタイマー獣医師である今日子の就業時間は短い。

それでも、家事分担で貴司の占める割合は大きい。


夕飯は早くに帰宅した方が作る事になっているが、今日子が作る日と貴司が作る日の比率は、ほぼ半々だ。

朝食と昼食は、それぞれが自分の食べたい物を自分で用意する。

貴司は仕事の日は、だいたい自分で作った弁当を持っていく。


また、今日子は掃除機の音が苦手だ。

これは発達障害の症状のひとつである聴覚過敏によるものであるが、掃除は専らクイッ〇ルワイパーである。

しかし、埃の大元(長毛猫)が同居しているため、それだけでは不十分。

そもそも、今日子の掃除は雑だ。

片付けも得意ではない。

そのため、しばしば貴司が部屋の中を片付けたり、掃除機をかけたり、している。

しかも、掃除機の音を苦手とする今日子の外出時を見計らって、かけているのである。


ちなみに、ゴミ処理部隊も貴司である。

一緒に暮らし始めて、1年が過ぎたが、相変わらず今日子は、この地区のゴミ収集の曜日を覚えていない。


そこまでやってもらっている今日子だが、それでも疲れて起き上がれない時がある。

そういう時は、家事は100%貴司が引き受ける。


2人の休日が重なる日は、今日子にとっても楽しみである。

2人で出掛ける事も好きだが、家でまったり過ごすのもいい。

そういう日は、貴司はおやつにホットケーキやフレンチトーストなどを焼いてくれる。

貴司の焼いたホットケーキやフレンチトーストに、お気に入りのメーカーのメイプルシロップをたっぷりかけて食べるのが、今日子の至福のひとときである。


貴司の出勤時間は、非常に早い。

冬場だとまだ暗いうちに、家を出る。

その頃、今日子はまだ夢の中だ。

これに対しても、貴司は文句は言わない。

それより、無理な早起きで、今日子の生活リズムや体調が崩れる事を警戒している。

それを見越して、当初から2人の寝室は別にした。

貴司は今日子を起こさぬよう、そっと仕事に出て行くのである。


このように、今日子はなかなかのグウタラ主婦なのだ。


そんな今日子を支える貴司は、よくできた夫だと思う。

少なくとも、今日子はそう考えている。


しかし、それでも今日子は貴司に不満がないわけではない。

一緒に暮らしていれば、意見が合わない事も、気に食わない事も、皆無ではないのだ。


今日子が貴司に抱く最も大きな不満。

それは、今日子が不機嫌になったり、興奮したりするのは、すべて障害と病気のせいだと考えている事だ。


例えば、こんな事があった。


貴司は持病があり、複数の薬を医師に処方され、常時服用している。

だが、貴司は何も考えずに、ドラックストアで買ってきた市販薬を飲む事があるのだ。

今日子は何度も貴司に、市販薬を買う時には、お薬手帳を薬剤師に見せて、相談の上で買ってほしいと忠告した。


貴司は医師に処方されたステロイドを、常時服用している。

ステロイドは、NSAIDsと呼ばれる種類の解熱鎮痛剤とは、併用禁忌である。

医療関係者なら常識の‘混ぜるな危険’の組合せである。

NSAIDsの中には、バファリンやイブプロフェンなど、ドラッグストアで気楽に買える薬も含まれている。

貴司はドラッグストアで買ってきたNSAIDsを何の気なしに飲もうとした。

医師から処方されたステロイドを服用しているにもかかわらず。


今日子は必死になって止めた。

医学書を持ち出し、ステロイドとNSAIDsの作用機序を説明し、これらを同時に使う事で、身体に(具体的には腎臓に)どういった傷害をもたらすか、懇切丁寧に説明した。

しかし、貴司は「気にしすぎ」と一笑に付した。

その上、「こういう小さな事に拘るのは、発達障害の症状なのかな」と、とんでもない理屈を持ち出してきた。


「腎不全で死んじまえ!」と思った今日子だが、実際に死なれたら困る。

結局、貴司はその薬を飲む事は断念してくれたが、それは今日子の説明に納得したからではない。

今日子を興奮させると、障害の特性上、よろしくないと考えただけである。


今日子には発達障害もうつ病もあるが、それとは関係ないところで、不機嫌な時もあれば、夫と意見が合わない時もある。

そんな時、貴司は今日子の障害や病気による症状が出てきたとしか考えないのだ。


そして、今日子を興奮させないために、自分が折れる。


貴司の本棚には、発達障害関連の書籍が、所狭しと並んでいる。

今日子を理解しようとする貴司の熱意の表れだ。


しかし、今日子は発達障害ともうつ病とも関係ない、自分自身の考え方や感情を理解してほしいという気持ちを常に抱いている。

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