発達障害と男
夫・貴司とそれなりに、幸せな毎日を送っている今日子。
今日子にとって、貴司は初めての恋人であった事は、以前にもお伝えしたかと思う。
だが、今日子には恋人とまではいかないが、親しくしていた男性が他にもいた。
ここからは、貴司も知らない話である。
彼の名を、仮に慎也としておこう。
今日子の大学の同級生である。
付き合いは貴司に比べて、ずっと長かった。
出会いは大学1年、2人はまだ10代であった。
親しくなったのは、お互い‘似た者同士’だったからだ。
今日子も慎也も、‘察して動く事’や‘空気を読む事’を極端に苦手としていた。
だからこそ、2人は互いにそれを求めなかった。
それが、居心地良かった。
慎也の気持ちはわからない。
だが、今日子には慎也に対する恋愛感情があったと思う。
大学までは問題なく卒業した2人だが、どちらも社会に出てからは苦労した。
今日子が職を転々とする中、慎也もまた、今日子以上に短い期間で、職場を変える事を繰り返していた。
先に診断がついたのは、慎也の方だった。
慎也は母に連れられて行った病院で、発達障害の診断を受けた。
今日子が病院に行ったのは、慎也が診断を受けて、「もしや自分も?」という思いが出てきたからである。
こうして大学卒業後も、2人の親交は続いていたが、今日子から慎也に想いを伝える事はなかった。
それは、どちらも発達障害者で、安定した職に就いていなかったからに他ならない。
自分ひとりですら、将来が不安で夜も眠れないのに、相手の将来まで背負う事が、どうしてできようか。
そんな中、今日子は現在の夫・貴司と出会い、告白された。
今日子は確かに貴司に惹かれていたが、貴司が同じように職を転々としていたら、今日子はその告白を喜んで受ける事はできなかっただろう。
貴司と付き合うようになり、今日子は慎也と距離を置いた。
「別の男性と付き合う事になった」と言うと、慎也から連絡してくる事もなくなった。
だが、ある日、突然に慎也は「会いたい」と言ってきた。
貴司に対する後ろめたさはあったが、慎也に切羽詰まったものを感じた今日子は、久しぶりに慎也と会った。
会った瞬間、いきなり抱きしめられた。
慎也はその僅か4日前に、母を亡くしていた。
持病があったわけではない。
全く突然だったそうだ。
慎也にはもともと父はおらず、兄弟もいなかった。
突然、母を亡くした悲しさや寂しさもあっただろう。
だが、それ以上に、慎也は自活するのが難しい状況で、母の収入に頼って暮らしていた。
突然、頼れる人間が、誰もいなくなってしまったのである。
その不安は、想像を絶する。
しばらくは、母の遺産と保険金で何とかすると慎也は言っていたが、そんなものはすぐに底を尽きてしまうと、容易に想像できた。
しかし、今日子には何もできない。
心の支えにすら、なれなかった。
その時の今日子は、既に貴司との結婚が決まっていたのである。
それを告げると、慎也は
「女のハッタツ(発達障害者)は、いいよな。男に拾ってもらえるんだから。」
と呟いた。
養ってもらうために、結婚するんじゃない…。
そう心で反発した今日子だが、言葉にはできなかった。
この日、今日子と慎也はお互いのスマホから、お互いの連絡先を消去した。
慎也が今どうしているのか、今日子にはわからない。




