発達障害と女
今日子は2週間の休職では、どうにも回復しなかった。
これには、職場の環境が変わってきた事も、原因のひとつだと考えられる。
今日子にやれる事が増えると、さらに高度な業務が求められる。
その繰り返しが、延々と続く。
今日子も自身の努力と工夫で、何とか乗り切ってきた。
しかし、‘何とか’でやれる限界がきていた。
常に新しい事を求められるのは、臨床の宿命である。
その上、同時作業も非常に多い職場。
今日子には相当の負担であった。
努力と工夫では、どうにもできない壁。
それを認めざるを得ない時がきていた。
今日子は、常に壁を乗り越えようとしてきた。
だが、それが100%正しいと、自分では思えなくなってきた。
乗り越えるのではなく、迂回路を探すという選択も、時には必要なのではないか?
院長はもう一度、考えてみなさいと、さらに1ヶ月の休職を認めた。
1ケ月間、今日子はただ家事だけをやって過ごした。
専業主婦である。
確かに同時作業の苦手から、家事の手順は悪い。
「お料理片手にお洗濯」なんて事はできないのだ。
その手際の悪さは、他の主婦と比べたら、有能とは言い難いだろうが、他の主婦と比べる者は家にはいなかったし、特に子供のいるわけでもない専業主婦なら、多少の手際の悪さは、大きな問題にはならなかった。
家の中で家事だけに専念した場合、今日子は‘障害者’ではなかった。
独身時代にも休職中もしくは離職中の時もあったが、将来の不安から、全く何も手につかなかった。
どんなに足掻いても、親は先に老いるのだから。
結婚した時、男性の発達障害者から
「女のハッタツ(発達障害者)は、いいよな。男に拾ってもらえるんだから。」
と言われた。
それには、強い反発心を覚えた。
今日子は何も養ってもらうのが目的で、結婚したわけではない。
だが、夫・貴司という経済的基盤がある事で、確かに今日子は穏やかに過ごせていた。
それを認めざるを得ないのが、悔しかった。




