空気が読めない
結婚話がひと段落したので、今度は今日子の発達障害に話を戻そう。
最近、「凪のお暇」という漫画を読んだ。
この主人公は、空気を読み過ぎて、周りを気にし過ぎて、終いには過呼吸になり、仕事を辞めて、SNSもやめ、人間関係もリセットし、自分を見つめ直す話だ。
今日子は反対に空気は読めない。
でもこの主人公は、応援したい気持ちになった。
今日子のような発達障害を持つ者は、基本的に空気は読めない。
言外の意味は理解できない。
一般の人が母国語で生活する中、自分だけ外国語の中で暮らしているようなものだ。
それも、アラビア語やスワヒリ語のような全くわからない言語ではなく、少しは理解できる英語だと思う。
必死で単語を拾って、何とか意味を理解しようとするが、わからない時はわからないし、わかる時もたまにある。
一番困るのは、見当違いの誤訳をしてしまう事だ。
ちょっとヒネった回答は、まるでわからない。
もっと言うなら、一般の人が「My father is my mother.」を「私の父はワガママです」と理解して笑い飛ばせるとするなら、今日子は「父親は男だから、母親にはなれないし…なんで?」と延々悩み続ける。
もしくは、「この家は父子家庭で、お父さんが母親役もやっていて…」と、勝手に見当違いの物語を作ってしまう。
これは大きな「生きづらさ」だ。
相手が何を考えているのか、わからないからだ。
発達障害の者の中には、それに気付かず、誤訳を繰り返し、周りから疎んじられる者もいる。
また、他者とのコミュニケーションに恐怖を感じて、自分の殻に閉じこもる者もいる。
今日子には、そのどちらの特徴も見られた。
だが、今日子の場合、その事に関して自覚があった。
カウンセリングのおかげである。
周りにフォローが頼めるのも、本人に自覚があってこそだった。




