両親への挨拶①
さて、時刻は夜8時。
今日子と貴司の姿は、今日子の自宅にあった。
目の前には、今日子の父の登志夫(仮名)、母の芳子(仮名)が座っていた。
両親の視線の先は、今日子の左手の薬指。
見慣れぬ指輪が…というより、アクセサリーというものをほとんど付けた事のない今日子の指に、異質なものがくっついているのを見逃そうはずもなかった。
とりあえず、押し黙っていても仕方ないので、芳子が口を開く。
「結婚…って、事みたいだけど、2人ともその意志は固まっているの?」
貴司はすかさず答えた。
「勿論です。」
「今日子は?」
「まあ、長い人生、結婚してみるのも悪くないかなって。」
今日子の言い方は、投げ遣りなものだが、これは単なる照れ隠しである。
今日子は照れると、こういう言い方しかできなくなるのだ。
それをよく知る両親と、最近、何となくわかってきた貴司は、この軽い返事をそれほど気にしない。
「この子は、仕事はしているけれど、パートタイマーだし、自活に必要なだけ稼いでいるわけじゃないわ。発達障害がある事は、本人からどの程度、聞いているかしら?」
「おおよそ聞いていると思います。興味の偏りや聴覚過敏は、見ていても確かに…と思う場面があります。」
「子供の声も苦手なの。今日子、子供を育てられないかもしれないわ。」
「子供の話は、前々からしていました。作らないつもりでいます。」
「鬱の症状もあるから、仕事もいけない家事もままならない、そんな状態にならないとも言えない。いいの?」
「受け入れたいと思います。」
「貴方はよくても、親御さんもそれで良いのかしら?」
「両親には、僕の選んだ相手にあぁだこうだ言わせやしません。ただ、今日子さんなら、僕の両親も歓迎してくれると思います。」
ここで、今まで黙って話を聞いていた登志夫も加わってきた。
「今日子も心配だが、君も心配だ。難病に指定されている病気があるのだろう?」
「はい、サルコイドーシスと言います。僕の場合、目と肺に異常がありまして、片目はほとんど見えません。もう片方も日常生活を送れるギリギリの視力です。車の運転などはできません。」
「これから、もっと悪化する可能性もあるのか?」
「ないとは言えません。」
「完全に失明する可能性は?」
「…ないとは言えません。」
しばし、沈黙が流れる。
登志夫が再度、口を開く。
「今日子はどう思っているんだ?」
「悪い男じゃないんだ。なかなか楽しい奴だよ。」
「それだけで、結婚したいと思うのか?」
登志夫は今日子を見つめる。
照れ隠しの中に潜んでいる今日子の本当の言葉を聞こうとして。
「悪くはないんじゃないの?結構楽しそう。」
訳すとするなら、
「この人と結婚したい。」
登志夫は、その言葉を正確に読み解いた。
「親はいずれ死ぬ。その後も今日子の人生は続く。君だって同じだろう。1人で生きていくより2人の方が心強いというなら、一緒になったらいい。」
芳子も隣で頷いていた。
こうして、今日子の両親は2人の結婚を認めたのである。




