新たな挑戦
プライベートが充実してきた頃、仕事では一つの壁にぶち当たっていた。
少しずつやれる事が増えてきた今日子に、院長は更なる技術を求めるようになってきていた。
今まで避けて通ってきた外科への挑戦である。
獣医の世界では、人間の病院のように、‘内科’‘外科’等と、はっきりとした垣根があるわけではない。
大学病院や大きな病院に行けば話は別だが、一般的な獣医師は、ある程度オールマイティーな技術が求められる。
そんな町中の獣医師の行う手術の中で最も簡単なのは、雄猫の去勢手術、次は雄犬の去勢手術、その次が雌猫の避妊手術、そして次に雌犬の避妊手術が来るだろう。
とりあえず、院長はそこまでの技術を今日子に求めた。
だが、今日子にとって、それは容易い事ではなかった。
まず手術室に入るだけで、自分の心拍数が上がる事に、今日子は気付いていた。
手術中に緊張でパニックを起こすわけにはいかない。
そのプレッシャーが、更なる緊張を産んでいた。
まず始めたのは、手術室に慣れる事だった。
出来る限り、今日子は他の獣医師の手術に入った。
やる事は‘外回り’と呼ばれる雑用係である。
執刀医の助手ですらない。
初めは自分が執刀しているわけでもない手術で、緊張のあまり何度も何度もパニックを起こしかけた。
だが、それは思わぬ副産物を生んだ。
パニックを起こす‘前兆’を掴むのが、上手くなったのである。
その段階で頓服を飲むなり、一息ついて落ち着くなりすれば、パニックを自分でコントロール出来る。
手術室に入るようになってからしばらく経過すると、他の仕事の時でも、日常生活でも、パニックを起こす回数が明らかに減っていた。
そして、手術室にも充分に慣れた頃、院長は今日子に猫の去勢手術の執刀を命じた。




