偽り彼氏1
ふぁ~、よく寝た…。
渉はのっそりと起き上がった。
はっきりしない意識の中、シャッとカーテンを開けた。
窓からキラキラと朝陽が届いてきた。
その光りを浴びると徐々に目が覚めてきた。
渉がタイムスリップをしてからはや3日たった。
あれからも日記を読み進めているがいっこうに次のタイムスリップは来ない。
だが今日読むページで恐らく次のタイムスリップがくるだろう。
あのタイムスリップは俺の後悔を消すための物だ。
その仮定が正しいならば確実にくる。
なぜならこの日は奏に彼氏が出来た日だから。
「読みますか…」
十分に目が覚めたので渉は日記を開いた。
渉は再び眠りに落ちた。
『6月17日、今日産まれて初めて死にたくなった。大切な者が目の前から消えた…』
チリリリリッ
うるさいなぁ…。
頭にガンガンと目覚ましが響く。
渉は渋々起き上がった。
覚醒しきらない頭を必死に働かせ目覚ましをとめる。
まだ眠い…!
徐々に目が覚めていく。
そして少しずつ周りが見えてきて渉は気づいた。
部屋が違う…!
じゃあここは過去だ!
「渉っ!学校!」
下から母の声が聞こえる。
やっぱり来た、これで仮説は確信となった。
このタイムスリップは俺の後悔を消すためにあるんだ。
「ふぅ、登校しますか」
渉は部屋を出た。
「奏ーっ!」
渉がいつもの待ち合わせ場所にいくと既に奏がついていた。
遅刻したかな?
「ごめん、待った?」
「大丈夫、さっきついたばかりだから」
「そう?なら良かった」
良かった、大丈夫だった。
奏、このこれはまだ笑ってる。
渉は先にこの過去を生きている。
だから奏の表情から段々と笑顔が無くなっていく様を生に体験していた。
実際、渉にとって笑っている奏は相当新鮮な物だった。
「守りたいな…」
渉は小さく呟いた。
「え、何に?」
奏が怪訝そうに聞き返した。
渉は慌てて、
「え、あぁ何でもない、大丈夫だから!」
「え、そ、そう?ならいいよ」
奏は不信そうだ。
渉は、
「そ、それよりさぁ…」
と話題を急いでかえた。
守りたいじゃないな…。
守るよ、笑顔…!
「あ!渉、奏が!」
渉が教室に入るなり愛梨が叫んだ。
愛梨は渉に窓際に来るよう促した。
「何だよ?」
渉は窓際に寄った。
「見て見て!奏がコクられてる」
えっ!?
渉は驚き下を見た。
下には中庭が広がっている。
中庭の端、ベンチに奏ともう一人見知らぬ男が座っている。
何言ってるんだ?
男は奏に向けて何かを言っている。
くそっ!
分からない…。
あれ?何でそんなに俺必死になってるんだろ?
奏がコクられてるのに、めでたい事なのに…。
素直に喜べない。
「頷いた!頷いたよ!奏に彼氏誕生だぁっ!」
愛梨が隣で騒いでいる。
渉は無償に悲しくなって、悔しくなって。
奏が目の前から消えていきそうで、それが辛くて。
隠れて涙を流した。
ふと、目の前に奏が現れた。
「奏…?」
「…よ、っあ…ら!」
奏が何かを言っている、だが聞き取れない。
「な、何を言ってるんだ?聞き取れない!」
「さ…っよ…ら!」
渉は戸惑う。
不意に風景が教室から雪がふる町中に変わった。
「っ…よなら!」
「だから、何が言いたいんだ!」
ピーポーピーポー!
救急車のサイレン。
群がる野次馬。
風景から緊迫した雰囲気が伝わる。
まん中に誰か?
誰がいる?
女の子?
見覚えがあるような?
「さよっ…!」
まさか…!?
「さよならっ!」
「起きてっ、起きて渉!」
渉はムックリと机に伏せていた顔をあげた。
「授業終わったよ」
奏が飽きれ気味に言った。
「あ、ありがとう…」
さっきのは夢?
だめだ縁起の悪い、奏は死なせないそう決めたじゃないか。
もうあんな事考えない。
俺は改めて決心を固めた。
『4限科学、この授業で興味深い話を聞いた。それは未来についてだ』
「ちょっと時間が残ったな、よしじゃあちょっと面白い話をしよう」
先生が唐突に言った。
ん?なんだ?
先生は語り始めた。
「皆、未来は変えられると思うか?」
は、いきなりなんだ?
皆も渉と同じ疑問を抱いたのだろう。
怪訝そうな顔を浮かべている。
先生はそんなのお構いなしだ。
「私は可能だとおもう。少なくとも過去に飛ぶことは出来るはずだ」
「先生、じゃあもし過去にとんだとしたらそこで生じる矛盾はどう説明するんですか?」
「良い質問だ、宏哉」
宏哉はどや顔でこちらをみた。
ふっ、んだよ自慢する程じゃないだろ。
渉は宏哉を睨んだ。
「タイムスリップで生じる矛盾はパラレルワールドで説明がつく」
首を傾げる生徒をみて先生は板書始める。
「つまり、未来はひとつでは無いということだ。今という時間に沢山の未来が分岐して存在しているという考え方だ。そうすればたとえ過去で親を殺し未来を変えたとしても新しく親の死んだ未来が出来るだけで自分の居る今には何も支障をきたさない。まぁ、結論は未来は変えられるが変えられないんだ」
先生が自分で笑った。
何だよ?
未来はかわらない?
じゃあ俺がこうして過去の後悔を消していってるのは何のためだよ?
未来が変わらないんじゃ全部無意味じゃないか。
渉はうちひしがれた。
世界の無情さに残酷さに…。
じゃあこのタイムスリップはただの懺悔?
奏の死に対する報いなのか?
そんなのあってたまるか…!
キーンコーンカーンコーン
授業が終わった。
渉は心を沈めたまま教室を後にした。
4限終わり廊下。
皆が昼飯だと騒いでいる中、渉は奏に声を掛けられた。
「わ、渉!」
「ん?何?」
「そ、相談があってさ」
だが渉は相談何て聞いてられる程穏やかじゃなかった。
「同じクラスの佐伯くんが私の事好きみたいなんだ…。こんな事相談するの変なんだけど。どうすれば良いかな?」
「どうって?」
渉は妙にキツい口調で返してしまった。
そんな渉の態度に奏が固まった。
「ご、ごめん…。困るよね。ごはん食べなきゃ!」
奏は小走りで去っていってしまった。
な、何やってんだ!
でも、でもたとえここで未来を変えても俺の今は変わらない…。
じゃあ意味ありのか?
無意味じゃないか…。
それに結局このまま付き合っても二人は1か月位で別れる。
じゃあ俺はただ自己満足の為に未来を変えてるだけ何じゃないか?
そんな事するなら時間の流れに身を委ねるのもありじゃないか?
『奏、佐原と付き合ってから元気無くなったよね…?』
『泣くなよ奏…』
『渉、お前奏の事好きだろ?』
その時突然過去の後悔が甦った。
「はぁはぁ…」
そうだ奏が付き合って俺は何回嘆いた?
何回泣いた?
自己満足でも何でも良い!
今が変わらなくても良い!
少なくともこの時間を生きる俺の為に、そして後悔ばかりを背負った俺の為に!
未来をかえる。
「守るんだったな…。笑顔…!」
俺は教室に向けて駆け出した。
ガララッ
渉は勢い良く教室の扉を開いた。
すると皆が窓際に集まっていた。
ん、なんだ?
「あ、渉。奏が!」
愛梨が言った。
奏?奏がどうした!?
その瞬間渉は体がズッシリと重くなった。
おぼつかない足取りで窓際に辿り着く。
なんで!?
「見て見て!奏がコクられてる!」
奏は中庭の端のベンチに佐原と一緒に座っていた。
佐原?
なんで佐原なんだよ!
佐原真二といったらクラス一のイケメンじゃないか!
俺に勝ち目ないじゃん…。
佐原が奏に何かを言い終わった。
佐原は奏が何かを言うのをじっと待っている。
ダメだ!
断れ!断れ!断れ!
断ってくれ!
「頷いた!頷いたよ!奏に彼氏誕生だぁっ!」
その瞬間渉の頭は完全に考えるのをやめた。
考えたら壊れそうで。
渉は皆に悟られぬ様に教室をでた。
俺が変な事考えたから迷ったから…。
奏は俺のまえから消えた…!
俺はまた後悔を募らせた!
ごめん…、ごめん!
この時間の俺!
この時間の奏!
渉は踞り声を出して泣いた。
渉は初めて過去を変える事に失敗した。