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diary  作者: ヤブ医者
2/4

今日、好きになりました!

「じゃあ、ちゃんとごはん食べるのよ」

母は言った。

「わかってるよ」

渉はめんどくさそうに答えた。

母は優しく頷くと、

「じゃ、がんばって!」

と言って部屋から出ていった。

今日、何とか引っ越しが終わった。

朝から始めたのになんやかんやでそれはもう赤くなっている。

渉は気がついたようにある一箱のダンボールを開けた。

その中にある冊子を手に取る。

『diary』

表紙にはそうかかれている。

そうこれは渉が高校時代につけていた日記だ。

朝これを読みふけってしまい片付けが遅れた。

渉はまたおもむろに日記を開いた。

渉を不思議な感覚が襲った。


『4月14日 始業式から一週間、奏が来てからも一週間経った。奏もこっちに結構慣れたようだ』


『今日は俺にとってかけがえの無い日になった』


ガララッ!

渉は教室の戸を開けた。

「おーすっ!渉、奏。おはよう!」

いきなり愛梨の元気な声が響いた。

「おはよう」

「うっす」

渉と奏は眠そうに答えた。

二人は方向が一緒なので最近一緒に学校にきている。

「なんだよ!二人とも眠そうにして!」

愛梨はキャッキャキャッキャしている。

「お前が元気過ぎるんだよ」

渉は鬱陶しそうに答えた。

そして席についた。

ふと奏を見た。

奏もまた眠そうだ。

「眠いね?」

渉は聞いた。

奏は笑顔で、

「うん、眠い」

と言ってあくびをした。

何だかこんな普通のやり取りが渉には幸せだった。

「おらー!席につけー!」

そこに担任が入ってきた。

HRが始まる。


『4時間目、体育。俺はこの時間に恥をかいた、とても幸せな恥を…』


「宏哉っ!!パスっっ!」

4時間目の体育の時間はサッカーだった。

春のポカポカ陽気の中、男子達は必死にボールを追った。

女子は何をしているのだろうか?

同じグラウンドで体育をしているはずだが…、わからない。

「渉ーっ!!」

突如宏哉の声が聞こえた。

渉はそっちを見た、見ると宏哉が渉にパスを出していた。

良し、来い…!

渉は心の中でにたりと笑った。

渉はボールを取った。

そのままドリブルを始め攻め上がる。

もちろん敵は渉を止めようと前に立ちはだかる。

だが渉はそれらの敵をあっさりと抜き去っていく。

また一人、また一人と渉の前に散っていく。

「くそっ!ウマイ…!」

そんな敵の苦渋の声が後ろで聞こえた。

渉にはそれは悪くは無い感覚だった。

よしこのままゴールだ!

あと少し…!

だがその時だった。

ズサァッ!

と言う土の上を滑る音と共に砂ぼこりが舞った。

気がつくと渉は宙に上がっていた。

え!?

渉はまだ状況の分からぬまま地面に強く叩きつけられた。

「渉っー!!」

皆が渉を囲んだ。

「大丈夫かっ!?」

そう口々に喚いている。

渉も徐々に意識がハッキリしてくるどうやら頭を打ってぼーっとしていたらしい。

意識が戻るに連れて膝に激痛が走った。

痛ってぇ!

見ると渉の膝は真っ赤に染まっていた。

どうやら転んだ時に切ったらしい。

女子達も集まってくる。

「渉っ!血が…」

愛梨が悲痛そうな顔を浮かべた。

大丈夫。

その一言が出ない渉の喉にずっと引っ掛かっていた。

くそっ!痛てぇっ!

痛みに耐えるのに必死だった。

「渉!保健室いくよ!」

手をグイと引っ張られた。

え…!!

引っ張ったのは奏だった。

「頑張って立って、肩貸すから。頑張れ!」

渉は奏に背を押され立ち上がった。

動くときの皮膚の伸び縮みだけで痛みが走る。

渉は痛みに堪えるべく唇を噛んだ。

「行くよ…!」

奏は小さく呟いた。

二人は一歩一歩前進した。

踏み込む毎に痛みが強くなる。

渉は何度か苦痛の声をあげた。

その度に奏は、

「大丈夫、あと少し頑張れ!」

と渉を励ました。

だがその奏の表情はなぜか青ざめていて何かに怯えている様だった。

だが渉にそれを気遣う余裕はなかった。

保健室まであと少しだ…。


「痛ってぇっ!!」

渉は叫び声をあげた。

二人は何とか保健室にたどり着いた。

そして治療を受けている。

この消毒が地獄級に痛い。

渉は握り拳を強く握る。

「もう少し我慢して!」

奏はそう言いながら渉の拳を握った。

その瞬間渉の時が止まった。

心臓の高鳴りが自分でもわかった。

何だか心地よくてフワフワしてて、とにかくいつまでも時が止まっていてほしい渉はそう願った。

「ほらっ!終わったよ!」

だが渉のそんな願いも保健室のおばちゃんの一言で打ち砕かれた。

気づくと渉の膝には包帯が巻かれていた。

「結構ひどいケガだから後でちゃんと病院いくんだよ」

おばちゃんは言った。

「ありがとうございます…」

「どもっす」

奏と渉はお礼をいって立ち去ろうとした。

だが

「あぁっ!ちょっと待ってくれる?」

とおばちゃんに引き留められた。

二人は振り向いた。

「何ですか?」

奏が怪訝そうに聞いた。

おばちゃんは

「ちょっとお留守番頼まれてくれる?私これから職員室行かなきゃだから。お願い?」

と言った。

「いやでも、俺らまだ授業ですし」

渉は露骨に嫌そうに言ったが、

「良いじゃない!貴方その足じゃ何も出来ないんだし」

と強引に押し付けられてしまった。

まったく適当な人だ…!

渉は心の中で愚痴をいった。

「痛い…でしょ?座ったら?」

奏が座ることを勧めた。

渉はお言葉に甘えて座った。

ここで渉はちょっとふざけて見たくなった。

「奏も座りなよ、ほら!隣空いてる」

「えっ!?」

奏の顔が赤くなった。

渉はそんな奏が面白くてソファの空いてる所をパンパンと叩いて催促した。

奏は酷く顔を赤らめながらも渋々座った。

だが渉は座ることを促したことを後悔した。

なぜなら奏が座った瞬間、渉も胸が高鳴り何も言えなくなってしまったからだ。

どうしよう…。

顔が熱い、俺今どれくらい赤くなってるんだろう?

バレてないかな?

渉は一人頭の中で思案した。

ダメだ…!

話しかけないと!

渉は必死に言葉をひねり出した。

「まったく適当な人だよね。あのおばちゃん…」

必死に口にしたその言葉は緊張のあまりか細く心なしか裏返って聞こえた。

だが奏はもっと重症だった。

「てえぅぃっ!」

渉が話しかけた瞬間目を丸くしてそんな間抜けた声をあげた。

奏の顔が更に赤くなっていく。

渉はそんな奏が可笑しくてクスッと笑った。

それを見た奏も心が緩んだのかクスッと笑った。

そして二人声に出して笑った。

通いあった、心が!

渉は無性に嬉しくなって、心の中で飛び跳ねた。

良し!ここから会話を。

渉はそう思い言葉を発した。

「そう言えば奏、俺を助ける時何であんなに怯えてたの?そんなに俺の事が大事だった?」

渉は少し茶化して言った。

だが奏はそれを聞くとどこか遠くを見つめてしまった。

え、何だ?

渉が戸惑っていると奏は口を開いた。

「怖いんだ人と別れるの。人が居なくなるの…。だから渉が傷ついて血を流してた時凄く不安になった、もしかしたらこれで最後なんじゃないかって、そう思うと思わず手が出てた…。あのとき本当は泣きたかったんだ…」

その声音は悲しげで、聞いてる渉も辛くなった。

そして何も言えなくなった。

それでも何か言おうとして、

「か、奏っ…」

ガララッ!

「いやー!ありがとう留守番頼まれてくれて!」

おばちゃんが帰ってきた。

奏と渉は黙って保健室を後にした。


体育の時間が終わり昼休みになった。

「ねぇっ!喉乾いた!」

突然愛梨が言い出した。

「政人!買ってきて!」

「ふざけんな!自分で買ってこい!」

「えー、良いじゃん!」

「嫌だ、俺だって喉乾いてんだ!」

政人と愛梨が言い争っていると、

「じゃあ皆でじゃんけんして負けた人が買いにいこう」

と夏が言った。

「あ!それいいね!」

愛梨が同意した。

他の皆も異論は無さそうだ。

そこで宏哉が音頭をとった。

「じゃあ!じゃーんけーんっぽんっ!」

え…!?

負けたのは奏と渉だった。

す、ストレート負け!?

「じゃあ、決まりだね。私ココア」

と夏、

「行ってら、俺コーラね」

と宏哉、

「私オレンジジュース!」

と愛梨、

「じゃあ、俺はしるこで」

と最後に政人が言った。

二人はそれをメモり自販機に向かった。


がこんっ!

ようやく最後のしるこを買った。

「行こっか?」

そう一言奏に言った。

奏は「うん」と頷いた。

二人は買ったものをそれぞれ抱えて教室への帰路を辿った。

ふと渉の頭に保健室での事が過った。

あのとき俺は何も言えなかった。

奏は本当は何か言ってくれる事を期待してたんじゃないのか?

俺はあの悲しそうな奏を忘れられるか?

無理だ、それは絶対に出来ない。

じゃあ言おう、ちゃんと言おう!

「あのさ、保健室での話だけどさ…」

奏がこちらを向いた。

「人と別れるのが怖いなら別れなきゃ良いと思う。その…、心の中でと言うか?自分がその人のこと忘れなければ別れるなんて絶対に無いと思う、心から会いたいと願えばきっといつでも会える。だから俺は忘れないよ奏の事、別れたくないから、明日も明後日も一緒に居たいから…」

渉は自分の気持ちを言葉にした。

見ると奏は顔を赤くしている。

でも何かを思ったのかはにかみながら、

「あ、ありがとう…」

と答えた。

そんな奏があまりにも可愛くて渉は奏から目をそらした、見たら心臓が破裂するんじゃ無いかと思った。

奏はどことなく俺と似ているだから何だか気になる…。

これは好きだって事で良いんだろうか…?


渉は日記から顔をあげた。

この不思議な感覚…、まさかな。

日はもう落ちようとしている。

渉は高校時代の思い出に浸っていた。

でも浸れば浸るほど奏との事を思い出して胸が締め付けられた。

奏はもうこの世にいない。

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