転校生
序章
「渉ーっ!準備できたのーっ?」
一階から母の声が聞こえる。
俺は今日ずっと暮らしてきた実家に別れを告げる。
今年大学を卒業し社会人になった俺は実家を離れ会社の近くのアパートに住むことになったのだ。
「よいっしょ!」
渉は押し入れから重いダンボールを下ろした。
重いな…。
何が入ってるんだ?
渉は疑問に重いダンボールを開けた。
中には沢山のノートが入っていた。
渉はそれを取り出した。
『diary ~2011年~』
これは…!
そうそれは日記だった。
渉は昔日記をつけていた、だがいつからか書かなくなってしまったのだ。
これには渉の日常が書かれている。
そんな中でもう二度と読みたくない日記があった。
それが今手にしている2011年すなわち高校2年生の頃の日記だ。
この頃は渉にとって一番辛い時であり、一番尊い時だった。
渉は躊躇いながらもその日記を開いた。
『4月7日、始業式。うちは学力でクラス決めてるからクラス換えはほとんどなし。またこのメンバーで一年が始まる…』
クラスはいつもの様にがやがやしている。
始業式とは言えもう2年目だ緊張何て物はない。
渉は席についた。
「おっはよー!渉、また一緒だね!」
話しかけてきたのは愛梨、活発でうるさい奴だ、でも結構面倒見が良くて口うるさいお母さんみたいな感じだ。
「まぁ、俺らそんな成績変わんないしな」
渉はそう返した。
実際二人の成績はさほど変わらない。
「二人とも大丈夫なのか?一年の最後の通知表クラス20位前半だろ、半分きってんじゃん」
皮肉を言ってきたのは政人、成績優秀な奴で学業に関しては体育以外非の打ち所がない。
でも趣味がお笑い研究だったりちょっとかわった奴だ。
渉は政人に言い返そうとした。
だがその時、
「二人は大丈夫だろ。俺なんかクラスワースト5入ってるぜ!」
と宏哉が言った。
宏哉はバカだがスポーツだけは万能で部活でやってるバレーに関してはプロなんじゃないかと思うほど上手い。
「そうだよな、宏哉はまじでヤバイじゃん」
渉は笑いながら言った。
それにつられ皆が笑った。
その時、
「あんたら三人皆ヤバイ!」
そう言ったのは夏。
夏は優しいがそれ故にキレると怖い、でもそれも誰かの為にだから本当にいい奴だ。
「あんたら三人とも補修常連でしょ?その時点でもうダメ!」
夏はまだ口を尖らせている。
「えぇーっ、そりゃ無いよ夏、宏哉と一緒は無いって!」
渉は食い下がった。
「同じ!あんたら三人勉強しなさい!」
夏はビシッと指をさした。
その時、
「おーい!座れーっ!」
担任がきた。
渉達は急いで座った。
『今日うちのクラスに転校生が来た』
「今日は皆に新しい仲間が増える事になった」
担任は淡々と告げた。
クラスが一気にどよめきだす。
ガラッ
戸が開いた。
中に入ってきたのは女子だった。
肩で切られた栗色の髪、いかにも女子っぽい華奢な体系、渉はその子を見つめた。
「芋っぽいな…」
そしてそう一言呟いた。
『成宮 奏…、彼女の名前かなで。』
目の前の少女は成宮 奏と黒板に書き上げた。
そして、
「成宮 奏です。これからよろしくお願いします」
と照れ混じりに言った。
「成宮は佐賀からここ横浜にやってきた、まだまだ都会に馴染めないと思うから皆いろいろ助けてやるように!」
担任が割って入る。
「佐賀…?」
渉は小さく首を傾げる。
『席は隣になった!』
担任は渉の席の隣を指差しながら言った。
「じゃあ成宮の席はあそこだ、森下の隣」
渉は驚いた。
まさか自分の隣になるとは思わなかったからだ。
奏はどんどんこちらに近づいてくる。
渉の胸はなぜたがざわついた。
鼓動が早くなりドクドクと音が聞こえてくる。
渉は奏に何かを感じていた。
「よろしくね」
奏のその言葉に渉は我に返った。
気づくと奏は隣に座っていた。
奏…。
渉は初めてあった奏にまるで前からあったような親近感を覚えた。
「起立、礼!」
「さようならっ!」
この日は授業はなく午前中に学校は終わった。
クラスが瞬く間に騒がしくなった。
皆、これから遊ぼうだとかこのたまの休息を満喫しようとしている。
それは渉達も変わらない。
「これからサイゼ行こうよ!」
愛梨が言った。
それに政人が、
「いいな、パスタ食べたかったんだよ」
と言いながら渉達に視線を送った。
渉達も一様に頷いた。
「じゃ、行きますか」
『奏に初めて声をかけたのは俺達だった。』
愛梨が言った。
その時宏哉が、
「成宮さんも一緒に行こうよ?」
と帰ろうとしていた奏に声をかけた。
奏は驚いた様に顔を強ばらせた。
「別にとって食いやしないから大丈夫だって!それよりどう?お昼一緒に食べよう?」
宏哉は奏の緊張を解いた。
その時一瞬奏が俺に視線を送った様に思えた。
渉は思わず小さく頷いた。
奏の顔が綻んだ。
「う、うん。行きたい、お昼」
そう言いながら頷いた。
「よっし!決まりぃっ!」
宏哉はガッツポーズをした。
「そうだ!奏っちに横浜案内してあげようよ!」
愛梨が思い付いた様に言った。
「奏っち…?」
奏は怪訝そうに首を傾げた。
愛梨は
「そ、あだな。奏じゃ何か男子ぽいっでしょ!やだ?」
と逆に聞いた。
「ううん!うれしい、ありがとう!」
奏は満面の笑みで答えた。
「じゃあ、俺達は奏って呼ぶわ。男子らしく」
政人が言った。
「あんたが呼んだら変態みたい!」
愛梨はゲラゲラと笑った。
「うるせぇ!何でだ!?」
政人のツッコミが響いた。
「じゃ、行きますか!」
宏哉が言った。
渉達は教室を出た。
『今日の後悔、奏に聞いてはいけないない事をきいたこと。なぜダメなのかは分からないが奏は俺達の問に苦しんでいた…』
渉達は春のポカポカ陽気の中住宅街を歩いていた。
一列になって。
いつもは渉が最後尾だが今日は奏がいた。
「そこで政人がさ!」
前では皆が笑っている。
渉はふと奏をチラと見た。
奏はまだ緊張が抜けきっていなかった。
渉はその緊張を解こうと思った。
「退屈?」
そう一言微笑みと共に尋ねた。
奏はびっくりして目を真ん丸に見開いた。
その表情が余りにも面白く渉は笑ってしまった。
「ぷっ、はははははっ!そんな驚くこと無いのに」
その言葉に奏はハッとしたのか口を開いた。
「ご、ごめん。でも退屈じゃないよ!皆と一緒にいるのは楽しい、皆の話しは面白いし!」
口調で奏の必死さが伝わってきた。
「本当に?」
渉は何となく奏を苛めたくなった。
奏はさらに必死に、
「う、うん!私新しい学校で友達出来るか心配だったから、皆に話しかけて貰えて…、嬉しかった!」
その言葉に渉は照れた。
渉は照れを隠すために、
「じゃあ、話しかけた甲斐があったよ」
と言って笑った。
奏もそれにつられて笑った。
「やっと笑ったね」
ふと夏の声が聞こえた。
「お、お前らっ!」
見ると皆がこちらを凝視していた。
「ちょっと二人の声が聞こえたからな」
と宏哉がからかってきた。
「わらった…?」
奏は首を傾げた。
それに愛梨が、
「だって奏っちずっと仏頂面何だもん、つまらないのかと思ったよ!」
と嬉しそうにいった。
「嬉しいか…」
夏は感慨に浸っている。
渉と奏は互いに顔を見合わせ笑った。
住宅街に皆の笑い声が響いた。
渉達は住宅街の中にある平凡な公園に立ち寄った。
皆はベンチに腰をおろした。
渉は奏の隣だった。
「ここは?」
奏は聞いた。
「ここは3号公園、俺らのたまり場さ」
宏哉が説明した。
渉達はたまにこの公園に立ち寄り遊んでいくのだ。
まだ日は明るいのに公園には誰一人としていない。
少子化問題というのはいささか深刻なのかもしれない。
「そういやさ、奏は佐賀から来たんだよね?何で?親の転勤とか?」
唐突に愛梨が尋ねた。
その時奏の顔が少しだけ歪んだ。
あまりにも微々たる変化だったので他の皆は気がついていない。
いや、もしかしたら渉の勘違いかもしれない。
「そ、それは。違う…」
奏は言葉を濁した。
「じゃあ、どうしたの?」
こんどは夏。
皆、悪気は無い。
ただの興味本意だ、でもそれが奏を苦しめているのを渉は感じ取っていた。
渉は何度も止めようとした、でも正義よりも保身が先に立ち渉の口を紡いだ。
渉は奏との間に凄まじく大きな溝を感じた。
飛び越えようとも簡単には飛び越えられない。
近そうで遠い。
つらい、逃げたい、渉は自分を傷つけ続けた。
結局あのあとも奏は何も言わず渉達は駅についた。
「じゃ、ここで!」
宏哉が言った。
渉は他の皆と住んでる所が違うのだ。
だからいつもはここから一人だ。
でも今日は奏がいた。
「奏もこっちなの?」
渉はホームに降りるエスカレーターで聞いた。
奏は、
「うん、海老名」
と答えた。
渉はその答えに少し驚いた。
「まじ!?俺は大和、地味に近いね」
と言った。
その時エスカレーターがついたので少し脚が引っ掛かり転びそうになった。
その様子に奏はクスッと笑った。
そう言えばあれから初めて笑った気がする。
その時ちょうど電車がきた。
「乗ろっか?」
奏は小さく頷いた。
車内ではまだ一言も口を聞いていない。
渉の中ではまだあの出来事が引っ掛かっていた。
『この時の奏は忘れられない』
「さっきの事聞いてもいい?」
渉は思いきって聞いてみた。
奏はまた顔を歪めた。
「辛くても言ってほしい…。俺はもう奏の『友達』だから」
渉は思いきって言った。
こうもハッキリと人に友達と言ったのは初めてだった。
言ってる自分から何だかくすぐったくなった。
その時、
「ん、うぅ…」
奏の嗚咽が聞こえた。
見ると奏が涙を流して泣いていた。
「え…!?どうしたの!」
渉は奏に歩みよった。
それをはねのける様に奏が言った。
「私は守れなかった!私のせいだ…!私だけ、私だけ…っ!」
渉には何がどうなったか分からなかった。
でも何かただならぬ事が過去の奏にあった事は分かった。
それが分かった上で渉は奏に慰めの言葉の一言も掛けられなかった。
電車の中に奏の悲しげな声が響いた。
渉は日記を閉じた。
何か不思議な感覚だった、まるで日記の中に入り込んだみたいな。
その時下から、
「早くしなさい!」
と言う母の声が聞こえたので渉は急いで準備を再開した。
荷物の中にはその日記も追加された。