狂人
翌朝、オフィーリアは宰相府に呼ばれた。
執務室に入るなり、父ポローニアスは険しい表情で睨んできた。
「話はカールから聞いた。グスタフ公のご子息、エリック様ともども悪漢に拉致されたそうだな、オフィーリア」
「申し訳ありません。城外に出たのは軽率でした」
オフィーリアは深々と頭を下げた。
「ハムレットに助けてもらったそうだが」
「……」
「まあいい。どうだ? 奴を斬れそうか?」
「はい、必ずやこの手で」
「どうした? 目に迷いが見えるぞ」
「いえ、そのようなことは」
父は溜息をつき、窓際に行き外を眺めた。落ち葉が風に舞っている。
「今朝、レアティーズがフランス留学から戻った。影の統率は、以後レアティーズに任せるとしよう。おまえは影の一団からは外れてもらう」
「そんな、父上……」
「おまえには失望した。私は国政や外交の仕事で、しばらく忙しい。面倒を起こしたくないのでな。これからは影ではなく、宰相令嬢として表向きの仕事をしてもらおう」
表向き……貴族や王族どもの接待をしろというのか。あるいは、政略結婚の道具にでもされてしまうのだろうか。オフィーリアは軽い目眩を覚えた。
突然ドアをノックする音が聞こえた。ドアが開くと、そこには兄レアティーズの姿があった。
黒装束を纏った腹違いの兄……年はあまり違わない。生まれつき声も容姿も女のようで、オフィーリアは内心で軽蔑していた。
レアティーズはちらりとオフィーリアを見てから宰相に挨拶をした。
「父上、ただいま戻りました」
「ご苦労、レアティーズ」
「簒奪の首尾はいかがでございますか?」
「順調とは言えぬ。まだ先王は存命で、どこかに潜伏している。今は深手を負っているので、床に伏しているとは思うが、傷が癒えた暁には貴族や軍人どもを糾合し、反旗を翻すやも知れぬ。今、懸命に行方を捜索させているところだ」
「まあ、それは大変。さっさと探し出して、八つ裂きにしなければなりません」
目から狂気の光が出ている。オフィーリアは思わず息を飲んだ。
この兄はどこかおかしい。幼少の頃から奇行が目立った。動物を解体したり街の子供を掠って殺したり血を啜ったりするのだ。命を奪うことに愉悦を感じる種類の人間である。
「ところで、あの王子はどうなさいました?」
「ハムレットも健在だ。不敬の罪で処断してやるつもりだったが、運悪くノルウェー軍が侵攻してきたのでな」
「それで?」
「ハムレットに影の者二十名を付け、敵の宿営地に差し向けると、奴は火計を命じ、敵の輜重を焼き払った。兵糧を失い、戦意を挫かれたノルウェー軍はやむなく撤退していったのだ。カールの報告によれば、ハムレットは、先王の鎧を纏い、単騎で敵陣に飛び込み陽動を行ったそうだ。実に見事な手際だった」
「まあ、あの王子、ずいぶんと大胆ですわね」
「正直、私はハムレットを殺すのをためらっている。あの武勇を、今後、我が国の国防の為に活かすべきとも考えているのだ」
「なるほど、たしかに王子の才覚は惜しいとは思いますが、このまま生かしておくのは危険でございます」
「なぜだ?」
「どこぞの貴族が、ハムレットを担ぎ上げて王位簒奪を企てるかも知れませんわ。それに軍略のある者というのは生かしておくと、後々、厄介なことになるかと」
「ふむ」
「殺してしまいましょう。小生意気なハムレットも、死に損ないの先王も、わたくしの双剣で斬り裂いて、眼玉をえぐり出して父上に献上いたしますわ」
レアティーズが冷たい笑みを浮かべると、宰相は顔をしかめた。
オフィーリアは黙って二人を見ていた。ふと脳裏に、昨夜のハムレットの悲しげな表情が浮かんだ。
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