表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽典ハムレット(二次創作ラノベ)  作者: 月山青雲
前編 絶望のハムレット
4/28

 牢から出た王子は、燭台の灯りに照らされた城内の通路を、ホレイショウと並んで歩いていた。


「居室に戻り、風呂に入りたいのだが」


 ハムレットがそう言うと、ホレイショウは王子の耳元に顔を寄せた。


「そのまえに、是非お会して頂きたい方がおりまして」


 声を潜めて言った。王子は幼馴染みの青年を怪訝そうに見つめた。


「ほう、一体誰だ?」


「会えば分かります。とにかく私に付いて来て下さい」


 そう言うと、ホレイショウは城を出た。夜の城下街の喧噪の中を黙々と歩き続ける。

 しばらくすると街から抜け出てしまった。


「どこへ行くというのだ?」


「今しばらく、ご辛抱を」


 さらに半時ほど歩いて、町外れの森の中に入った。

 夜風に揺らぐ木々のざわめきに、フクロウの鳴く声が混じる。月明かりは僅かに入ってくるが、それでもあたりは暗い。

 半時ほど歩いたところで、暗がりの中に粗末な小屋が見えてきた。大きな切り株がある。樵の家だろうか。苔だらけの扉を開けると、粗末な寝台と、そこに横たわる壮年の男の姿が目に飛び込んできた。

 その顔に、ハムレットは見覚えがあった。


「父上?」


「おお、ハムレットか」


「父上!」


 王子は寝台に駆け寄り、父の手を握った。肩や腕に包帯が巻かれている。痛々しい姿だった。


「刺客に毒殺されたものとばかり思っておりました」


「予の影武者が死んだのだ、身代わりとなってな」


 先王は悲しげな声を出し、目を閉じた。 


「一体何がどうなっているのですか?」


「玉座を影武者に任せ、予はひとりで野原へ行き、鹿狩りをしていたのだが、そのとき突然、刺客どもが襲ってきてな……こうして手傷を負ったのだ」


 傷を負い、必死になって逃げ回っていたところを、たまたま通りかかったホレイショウに助けられた、ということだった。


「襲ってきたのは黒装束の一団であった。はじめは盗賊か何かだと思っておったのだが……」


 そこまで言うと、王は傷の痛みに呻き顔を歪ませた。


「陛下、無理はなさらず、お休みになって下さい」


 ホレイショウは先王に毛布をかぶせて寝かしつけ、 扉を開けてハムレットと共に小屋の外に出た。

 暗く、静かな森。寒風が木々の間を縫うように吹いている。


 宰相府の役人は王子に向かって言った。


「敵は八人ほどで、みな手練れでした。剣筋は正確で鋭く、かなりの訓練を受けている者だと思われます。陛下と私で三人ほど斬ったところで、騒ぎを聞きつけた近隣の住人らが駆けつけて、残りの刺客は皆逃げてしまいました」


 父は幾多の戦場を駆けた武人でもある。老いはあれど、剣技にも秀でていた。その父がこうまで手傷を負ったのだ。よほど腕の立つ刺客だったのだろう、と王子は思った。


「俺も昨晩、砂浜で刺客に襲われた」


「何ですと?」


「黒装束の一団だった。おそらく宰相ポローニアスの手の者だろう」


「そうでしたか……己が政権を盤石にするためとは言え、そこまで徹底しているとは思いませんでした」


 ホレイショウは黙り込んでしまった。

 宰相は冷徹で、情など微塵も無い。政敵を排除するためには、いかなる手段も用いるだろう。

 そんな男が、いま玉座の裏で国を動かしている。己が繁栄のため、民草さえ、犠牲にするかもしれない。ハムレットは国の行く末を憂いずにはいられなかった。

 だが今は、迫り来る外敵、ノルウェー軍を追い払うのが先である。


「俺は、この王都ヘルシンゲルを離れなければならない。ノルウェー軍の侵攻を止めるためにな。その間、どうか父上をお守りしてくれ、ホレイショウ」


「はい、一命に変えましても」


「すまんな……王宮の人間は誰ひとり信用できぬ。頼れるのは幼馴染みのおまえだけだ、頼んだぞ」


 父は生きていた。死んだはずの父が生きていた。玉座に座るべき者が、生きてここに在るのだ。

 閉ざされていた希望の道が、再び見えてきた。


 捲土重来、為すべきか、為さざるべきか?


 否、もはや自問するまでもない。国権は、父の手に返さねばならない。玉座を奪還するその日まで、なんとしても父には生き続けて欲しいとハムレットは願っていた。

.

.

.

.

.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ