最後の戦い
既に日は落ち、あたりは暗くなっている。
王宮を敵軍に制圧され、国も宰相の地位も失ったレアティーズは、絶望に眩暈を感じながらフラフラと逃げ惑い、そして、いつの間にか町外れにある森に入り込んでいた。先王を討ち、ハムレットを強姦した、あの深い森だった。
レアティーズは森の中を歩き、木こりの家の前に付いた。かつて先王が養生のため潜伏していた家だった。大きな切り株がある。
狂人が一息付こうと切り株に腰を下ろした瞬間、その場に殺気が満ちた。レアティーズは慌てて立ち上がり、あたりを見回した。周囲の林間からいくつもの眼光が見え隠れしている。
「影の者か?」
宰相は双剣の柄に手をかけた。殺気立っているが、襲ってくる気配はない。妙だと思っていた矢先、闇の中から黒衣を纏った隻腕王子が音もなく現れた。その脇にはカールもいる。
「レアティーズ……まさか、ここに逃げ込むとはな」
「私を尾行していたのか、ハムレット!」
「ハムレットはもう死んだ。かつて、この森の中でな」
「何だと?」
「今、おまえの目の前にいるのは、ただの亡霊だ」
「戯れ言をほざくな!」
レアティーズは丸薬を十粒ほど取り出し、それを一気に口の中に入れ飲み込んだ。
「レアティーズ様、正気ですか? 心の臓が破裂しますぞ!」
カールが叫んだ。
「こうなったら、あなたも道連れよ! 一緒に地獄に来て貰うわ、ハムレット!」
レアティーズの身体が震え、怪しげな気が立ち上った。眼から赤い光が漏れる。双剣を抜き、鞘を捨てた。
「よかろう、おまえの覚悟、しかと見た」
ハムレットも懐から丸薬の入った皮袋を取り出し、一気に飲んだ。
「殿下、何をなさいますか! 吐き出して下され、死んでしまいます!」
ハムレットも身体を震わせ、気炎を上げ、獣のような表情になった。
剣の柄に手を掛け抜刀した。東方伝来の剣。
夜空の月に雲が掛かる。月光が翳る。森の闇が、濃くなってゆく。
突然、二人の身体が消えた。
周囲に剣閃が幾重も走り、闇を縦横に切り裂く。残響が森にこだまする。大木が何本も斬り倒された。
尋常ならざる速さで斬り合うハムレットとレアティーズ。
時折、剣を撃ち交わす二人の姿が、一瞬、闇の中に現れ、そして一瞬で消えてゆく。
「質量を持った残像だというのか」
カールは驚嘆していた。影の者たちも固唾を呑んで、一騎打ちの趨勢を見守っている。もはや剣技の応酬ではなかった。気迫と気迫、魂と魂のぶつかり合いだった。
雲が流れ、再び月光が森を照らしたとき、二人は姿を現した。
両者とも満身創痍だったが、死力を振り絞り、炎のような気を漲らせ、互いに剣を振り上げた。
双方、魂魄が発露し、剣の切先まで満ちている。林間を渡る風が強くなった。
これで決まる……互いに最後の一撃だろう、とカールは思った。
充溢した剣気が爆ぜた。刹那、二人は馳せ違った。
ハムレットは振り返り、狂人のほうを見た。
レアティーズは振り返ることなく、ゆっくりと地に倒れた。二、三度痙攣すると、動かなくなった。
宿敵の死を見届けた隻腕王子は、剣を落とした。膝から崩れ落ち、そして前のめりになって地に伏した。
「殿下! 殿下!」
カールは叫びながらハムレットのもとに駆け寄った。
冷やかな月光が、森を照らしていた。
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