王都ヘルシンゲル
地響きのような轟音だった。
ノルウェー軍の陣地にある投石機から巨岩が放たれ、王城の壁が爆砕したのだ。
ついで破城槌や衝車が城門を突貫してゆく。あらゆる兵器を駆使して王都ヘルシンゲルを攻め立てていた。
デンマーク軍も必死で抵抗を続けている。
さすがに一国の王都だけあって城壁は堅固であり、また以前よりも外堀は拡張され、投射兵器の数も増えていた。今や難攻不落の様相を呈している。
攻め手のノルウェー軍も、正規兵を中心に構成された精鋭部隊であり、その練度は高く、兵数も攻城兵器も十分に有し、また幕営には有能な士官が居並び、戦力は充実していが、それでも、この大要塞の如きヘルシンゲルの攻略には手を焼いていた。
攻城戦が始まって五日経ったが、攻防は一進一退。依然、戦況は膠着したままである。
現在、幕舎の中で病臥しているノルウェー王に代わって、王都攻略戦の総指揮を任されていたフォーティンブラス王子は、想定外の苦戦に頭を抱えていた。
デンマークに対し、降伏勧告は何度も行ったが、返事は無かった。
四方を包囲され、もはや勝てる見込みなど無いというのに、なぜ王都の者たちは頑強に抵抗を続けるのか。王子には分からなかった。
長期化すれば、東の隣国スウェーデンが侵攻してくる可能性もある。迅速に王都を制圧せねばならない。
困り果てた王子は、ホレイショウのほうを見た。すると彼は目を伏せながら言った。
「策はあります。ただしそれは、総督閣下が忌み嫌うような非情なものです」
「この際、奸計も止むを得まい」
「手練れの工作員を潜り込ませ、城下の一角にある食料の集積所を焼きます。食料を失い、飢えに苦しむ民は暴動を起こし、内紛に軍民は相討ち、少なくとも城下街は戦火に包まれるでしょう」
するとフォーティンブラスは目を閉じた。このいくさが長期化すれば、スウェーデン、ロシア、ポーランド、そして南方のザクセン公国までもが動き出し、今後の北欧全土の情勢は大きく乱れる可能性があったのだ。
「詭道も止む無し。神の怒りは、全て私が受けよう」
「申し訳ありません」
「否、諸将も皆、この非情の策があることには気付いていたが、あえて口を緘していたのだろう。よくぞ直言してくれた、ホレイショウ」
王子の腹心は深く頭を下げた。白髪が以前よりも増えている。
フォーティンブラスはホレイショウの肩に手を置いた。
三日後、食料を焼かれ、飢えに苦しんでいたヘルシンゲルの民は、ついに暴動を起こした。
城下街が燃え、城門が開く。王都から逃げまどう人々が続出し事態は混迷を極めた。
だが戦火は意外にも早く収束した。デンマーク兵の抵抗が、あまり長く続かなかったためである。民と同様、兵も飢えて弱っていたのだ。
開け放たれた城門に大挙して押し寄せるノルウェー軍。城下街を制圧するとすぐさま、鎮火に当たった。
ホレイショウは屈強な手勢を連れて王宮へと向かった。衛兵たちは観念したのか、抵抗もせず武器を捨てた。
そんな中、玉座の間に入ったホレイショウは、逃げようとする国王クローディアスと王妃ガートルードを見つけ、捕らえた。
「逃げてはなりません。潔く降伏なさいませ。もはやデンマークは滅びました。これも、奸臣の跳梁を許し、王たる者の責務を怠った故のことです。その罰を、今こそ受けて頂きます」
ホレイショウは二人を縄で縛ると、部下に命じて棺を二つ用意させた。
「申し訳ありません。どうか今は、ご辛抱下さい。お二人の身は、このホレイショウが命に代えましてもお守りいたします」
恐懼する王と王妃の耳元で、ホレイショウは囁いた。
そこへフォーティンブラスとオフィーリアが現れた。
フォーティンブラスは、王と王妃の縄を自らほどき手をとって立たせると、王侯への礼をもって二人を遇した。
「お初にお目にかかります、クローディアス様、ガートルート様。私はノルウェーの第一王子、フォーティンブラスと申します」
王子は会釈をした。
「このような形でお会いすることは誠に残念ではありますが、これも時勢ゆえのことでございましょう。ともかく、お二人のお命を奪うようなことは決して致しません。どうかご安心下さい」
王子の言葉に、安堵の表情を見せる王と王妃。
そのとき突然、玉座の裏から、双剣の男が現れ、フォーティンブラスに飛び掛かった。
王子に降りかかる二つの白刃……だがそれは黒塗りの刃によって遮られ、弾き返された。
オフィーリアだった。オフィーリアが素早く王子の前に立ちはだかり、狂人の双剣を遮ったのだ。
「レアティーズ、我が父の仇!」
「一体、何度邪魔をすれば気が済むのかしら、この雌豚!」
「黙れ外道! 潔く、その首を差し出せ!」
二人の剣士……兄と妹が、王族たちの眼前で剣闘を始めた。玉座の間に、鋭い金属音がこだまする。
戦いは、しばし互角だった。だが、酒と色欲に溺れていたレアティーズは、次第にオフィーリアに圧倒され、劣勢になる。
「無様だな、レアティーズ! 私はこの日のために、剣を磨いてきたというのに」
オフィーリアが言うと、レアティーズは懐から丸薬を一粒取り出し、口に放り込んだ。双眸に狂気の光が満ちてゆく。その様子を見ていたホレイショウが叫んだ。
「危険です! お下がり下さい、オフィーリア様! 重装歩兵、前進せよ!」
槍と大盾を持ち、強固な全身鎧に覆われた重装歩兵が十人ほどが現れ、レアティーズに向かってゆっくりと前進していった。
「いかに強壮の丸薬を用いても、この鉄の壁は破れまい!」
そして重装歩兵の後ろには弩弓を持った兵が数人。光る鏃がレアティーズを狙っている。
「おのれ! 小賢しい!」
レアティーズは悔し紛れに言うと、玉座の裏にある抜け道から逃げ出した。
追いかけようとするオフィーリア。
「追う必要はありません。もとより人望は無く、もはや何事も為せぬでしょう。看過しても問題ないかと」
「しかし」
「オフィーリア、あのような者、斬る価値もあるまい。それよりも今は混乱を鎮めるため、なすべき事が山ほどあるのだ。手伝ってくれ」
城の内外では未だ混乱と暴動が収まらず、城下は延焼が続いている。王と王妃を安全な場所に隔離した後、フォーティンブラス王子は事態収拾のため、王城を出た。オフィーリアやホレイショウも彼に続いた。
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