血の誓い
ギルとロズは、早々に屋敷を辞した。
門を出たところで、馬に乗ったホレイショウが待ち構えていた。黒毛の空馬を二頭連れている。
ホレイショウは鞍から飛び降り、一礼しながら言った。
「フォーティンブラス殿下が、是非お二人にお会いしたいとの由、総督府までお越し下さい」
三人は騎乗し、駒比べをしながら草原を駆けた。
「良い馬だな」
鞍上でロズが呟いた。黒毛は飛ぶように疾駆している。
「なんという速さだ……これほどの名馬、いったいどこで出に入れたのだ?」
ギルが目を輝かせている。雷光の異名を持ち、騎兵による速攻を身上とする将ゆえに、良い馬を見ると心が躍るようだ。
「総督の命を受け、モンゴルより仕入れました。現在、牧を増やし、軍馬を増産しております。数は、じき一千に達する勢いです」
ホレイショウがそう答えると、ギルもロズも思わず唸った。
ほどなくして街に着いた。明るい陽光に照らされた石畳の道。街路樹からは小鳥のさえずりが聞こえ、海から届く潮騒と混じっている。
三人は駅に寄り、馬を預けた。ギルは、黒毛の駿馬を厩舎に入れると、頭を優しく撫で、水桶と秣を与えた。草を食む姿をじっと見つめている。馬体は大きく、毛並みも艶も良い。
「どうしたギル?」
「いや、何でもない」
「いま、恋人でも見るような眼をしていたが」
「な、何を言うか!」
ギルが顔を紅潮させると、ロズは冷ややかに笑った。刹那、馬が嘶いた。
「では、参りましょう」
ホレイショウに先導され、二人は総督府へ向かった。
途中、市場の脇を通った。人が多く、活気がある。初冬ではあるが、それでも野菜や果物、魚や肉が豊富に並んでいた。整然とした町並みがどこまでも続き、壊れた家屋などは一軒もなく、浮浪者や物乞いの姿が全くなかった。そのことに二人は驚いていた。
総督府の門をくぐった三人。執務室に入ると、フォーティンブラス王子が笑顔で迎えた。
「よくぞ参った。雷光に、王の盾よ。二人の勇名は我が国にも及んでいる。会えてうれしく思うぞ」
「初めて御意を得ます、フォーティンブラス王子」
ギルはそう言いながら頭を垂れた。
「殿下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
ロズも僚友に倣い、深々と一礼した。すると若き総督は目尻を下げた。
「堅苦しい挨拶は不要だ。良い葡萄酒がある。ブルゴーニュから仕入れた年代物だ。一杯如何かな?」
総督府といっても、元はこの地方の領主の屋敷で、敷地には立派な庭園がある。
木々に囲まれた東屋で酒席が設けられた。
「どうだ? このスカーイェンの街は?なかなか良いところであろう」
「街が良いというより、政事が良いのでしょう。善政が、人と街を豊かにしております」
ロズは町中の風景を思い出しながら、しみじみと言った。
「殿下の行政手腕には感服するばかりです」
ギルが言うと、王子は、世辞など要らぬと苦笑した。
「いえ、事実を申し上げております」
ギルは媚びることを知らぬ実直な軍人である。
「王都ヘルシンゲルは荒れております。王宮では奸臣が跳梁し、政事は乱れ、民は飢えと貧しさに嘆き、街には悪党が蔓延り、朽ち果てた家々が多くございます」
「デンマークの暴政については私も聞いている」
「荒廃しているのは王都だけではありません。地方や農村部の困窮は更に深刻で、賊による略奪が横行し、田畑は枯れ、餓死する者も多いそうです」
横からホレイショウが付け加えるように言った。
「単刀直入に言おう。私と共に、民を救ってはくれぬか?」
フォーティンブラスがそう言うと、二人の将軍はグラスを卓に置き、沈思するような表情になった。
「隣国の事とはいえ、無辜の民が害されるのを見るのは忍びない。そもそもノルウェーもデンマークも民族的には近しいのだ。異邦人などとは思ってはおらん」
王子は立ち上がると、二人に背を向けて周囲の庭木を眺めた。鳥の歌声が聞こえる。
「デンマークを解放するには、相応の兵力、そして兵を統率出来る優れた指揮官が必要だ。しかし、あいにくと私はいくさ向きの人間では無いのだ」
「ノルウェーにも将はいるのですが、その者たちはあくまで国王の臣下。常に君側にあるがゆえ、そう易々と動かすことは出来ません」
嘆くような声でホレイショウが呟いた。
「このフォーティンブラス、そなた達から見ればたしかに敵国の人間ではある……」
総督は振り返り、再び二人を見つめた。
「しかし、民を救うのに国籍や国境など関係あろうか。ただ仁愛の精神、それのみであろう」
「……」
両将は無言だったが、王子の言わんとするところは十分に理解していた。
「とは言え、私はまだ若輩。無力ゆえ何も為せぬ。どうか力を貸してくれ。我が翼となって欲しいのだ」
フォーティンブラスは頭を下げた。すると二人は椅子を立ち、片膝を地に付け、手のひらを胸の前に当てた。ホレイショウも将軍たちの後ろに回り込み、ひざまづいた。
「わかりました。変節は武人の恥ではありますが、民を救うため、その恥を忍びましょう」
ギルが静かに言った。
「この命、殿下にお預け致します」
ロズも僚友に倣った。
「私もこれまで以上に忠勤に励みます。どうかデンマークをお救い下さい」
雷光、王の盾、ホレイショウ……三人が、傅くのを見て、総督は笑みを浮かべた。
「かたじけない。虐げられた民のため、共に戦おうぞ」
王子は懐から短剣を取り出し、手のひらを浅く切った。鮮血を数滴、葡萄酒の入ったグラスに垂らすと、ギルとロズ、そしてホレイショウにも飲ませた。
「生まれし時、生まれし国は異なれど、これより我ら兄弟なり。血を分けた同胞なり。力を合わせ、太平の世を築こうではないか」
こうして先王の両翼は、フォーティンブラスの両翼となり、彼の覇業を支えることとなった。
そもそもこの懐柔の策は、ホレイショウの知嚢から生じたものではあった。
だが、両翼が恭順する決め手となったのは、何よりもフォーティンブラス王子の仁君としての資質と、経世済民の才覚にあったことは言うまでもない。




