狂乱
翌朝。
夜明けの柔らかな陽光が海沿いの屋敷に降り注ぎ、窓の隙間から入る冷たい風がカーテンを揺らした。
オフィーリアは、いつものように目を覚まし、着替え、黒剣を帯びて、寝室を出た。
すると、庭園の方から何やら声が聞こえてきた。騒ぎが起きているようだ。
「おやめ下さい、ハムレット様!」
侍女のひとりが叫んでいた。
見ると、庭木の太い枝に縄を掛け、今まさに首を吊らんとする隻腕王子の姿があった。
屋敷から侍女たちが飛び出し、たちまち王子は取り押さえられ、自殺は未遂に終わった。
庭の芝生に座して放心しているハムレット。首に巻かれた縄が解かれてゆく。
オフィーリアはその傍らに駆け寄ると、拳を固め、王子を殴りつけた。
「ハムレット、自殺を図るとは何事か!」
憤怒の表情で怒鳴りながら、何度も顔を殴打した。血しぶきが飛ぶ。
「貴様を生かし、逃すために、我らがどれほど苦心したと思っているのだ!」
「お、お嬢様!」
侍女たちが慌ててオフィーリアを押さえて制止した。
呆然とするハムレット。腫れた顔で地面を見つめている。
「貴様には、これから為すべきことがあるのだ。いつまで塞ぎ込んでいるつもりか!」
侍女たちを撥ね除け、さらに殴打を加えようとするオフィーリア。
その時、黒装束を纏ったカールが屋根の上から飛び降りてきた。
「お嬢様、おやめ下され!」
王子の前に素早く立ちふさがるカール。
「邪魔をするな! このような軟弱者、もはや生かしてはおけぬ!」
オフィーリアは腰間の剣を抜いた。
鞘から放たれた黒塗りの刃を見るや、ハムレットは震え上がり、傍らに居る侍女に抱き付いた。
「貴様!」
オフィーリアはますます激昂した。
「なりませぬ! なりませぬ!」
カールは両手を広げ、声を張り上げた。
「どけ、どかぬか!」
「殿下を斬りたくば、まずはこの老骨めをお斬り下されい!」
老翁の必死の懇願に、オフィーリアは溜め息をつき、剣を納めた。
そして、侍女の陰で震える王子を一睨みすると、屋敷の門から出て、砂浜の方へ向かって早足で去っていった。




