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偽典ハムレット(二次創作ラノベ)  作者: 月山青雲
前編 絶望のハムレット
12/28

胸騒ぎ

 翌朝、オフィーリアは寝台に横たわるハムレットを見ていた。包帯だらけの酷い姿だった。傍らにはホレイショウもいる。

 クロンボー城の一角にある病室である。医師たちがせわしなく動き回っていた。


「傷は縫いました。出血は治まっています」


 初冬だというのに、汗だくになりながら年輩の医師は言った。


「助かりそうか?」


「なんとも言えませぬ、殿下のご気力次第です」


 医師は一礼してオフィーリアの前から去って行った。

ハムレットは静かに寝ていたが、傷が痛むのか、悪い夢を見ているのか、時々苦悶し、呻き声を上げている。そのたびにホレイショウが心配そうにハムレットの手を握った。


「殿下、どうして殿下が、こんな目に……」


 目に涙を溜ながら、悲痛な声でホレイショウは言った。

 ふいに扉を開け放つ音が聞こえた。そこには王妃ガートルードが立っていた。満身創痍のハムレットのそばに駆け寄ると、ホレイショウを突き飛ばして、手を握った。そして狂ったように王子の名を叫び、泣き崩れた。

 オフィーリアは思わず目をそむけ唇を噛みしめた。ホレイショウもいたたまれなくなったのか、外に出ましょうと言い、扉を開け、二人は病室を出た。

 廊下を並んで歩き、城の中庭に向かう。オフィーリアは、しばし庭の花壇を見つめてから、ハムレットが寝ている病室の窓をちらりと窺った。


「オフィーリア様」


 ホレイショウが小声で話しかけてきた。


「なんだ?」


「ご助力、感謝いたします」


「……」


「先ほど、カールという老人が私のもとを訪れ、いろいろと話して下さいました。貴女が居なければ、ハムレット様は、間違いなくあの狂人に首を落とされていたでしょう」


 一礼するホレイショウ。


「礼を言われる筋合いでは無い」


 助ける筋合いでも無かったのだ。ハムレットは討ち果たすべき宿敵であった。だが敵味方を越えた感情がオフィーリアの心の中に芽生えていた。

 庭木の上に小鳥の巣がある。親鳥が飛んできて、雛に餌を与えていた。


「私の落ち度だ、私が奴らに尾行されなければ……」


「いえ、遅かれ早かれ、あの隠れ家は奴らに見つけられていたことでしょう」


 オフィーリアの心中に悔恨の念がこみ上げてきた。


「許せ……私は、おまえたちの希望と、ささやかな幸せを奪ってしまった」


 オフィーリアは頭を下げた。


「あ、頭をお上げ下さい」


 ホレイショウは慌てた様子で言った。


「先王陛下の治世は終わり、国は変わりました。今は、私たちの方が反逆者であり、悪人なのです」


 先王は玉座を奪われた。そして奪われたものを奪い返そうと森に籠もり、傷を癒し英気を養っていた。それが反逆になるのだろうか。善悪というものがオフィーリアには分からなくなっていた。


「傷が癒えたら、ハムレット様を連れて夜逃げするつもりでおります。いかに王妃ガートルード様のご子息であろうと、いつ殺されるか分かったものではありません。刺客どもの手が届かぬ土地で、私たちは静かに暮らしたいと思っております」


「……」


「オフィーリア様、もしも私たちのことを憐れんで下さるのでしたら、どうか夜逃げの件は、内密にして頂きたいのです。身勝手なお願いではございますが」


 ホレイショウが涙ながらに言うと、オフィーリアは胸が詰まった。

 左腕を切断され、目の前で父を殺され、男としての尊厳すら失った哀れな王子。もはやハムレットに対する敵意は消えていた。今は憐憫の情しか残っていない。


「分かった、夜逃げのことは決して口外せぬ。神に誓おう」


「オフィーリア様……」


「逃げる時は教えてくれ。私も手助けをしよう」


「ありがとうございます」


 ホレイショウは深々と一礼し、城の外へと去っていった。その後ろ姿を見送ったあと、オフィーリアは空を仰いだ。

 青空が、見る間に曇ってゆく。しばらくすると、遠くの方から雷鳴まで聞こえてきた。嵐が来る、と思った。初冬に嵐が来るなど珍しいことだ。オフィーリアは何か胸騒ぎを感じ、慌てて宰相府に戻った。

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