砂浜
<登場人物>
ハムレット:デンマーク国の王子。
ガートルード:デンマーク王妃。ハムレットの母。
クローディアス:デンマーク新国王。ハムレット叔父。
先王:デンマークの前国王。故人。ハムレットの父。
ポローニアス:デンマークの新宰相。
レアティーズ:ポローニアスの息子。
オフィーリア:ポローニアスの娘。
カール:オフィーリアの従者。
ホレイショウ:宰相府、主計課の役人。
フォーティンブラス:ノルウェーの王子。
グスタフ公:スウェーデンの王族。
エリック:スウェーデンの王族、グスタフ公の息子。
晩秋の夜。エーレ海峡から吹いてくる潮風は冷たい。砂浜を吹き渡る寒風が、笛の音のように響いてくる。
デンマーク王都、ヘルシンゲルの東端、クロンボー城の脇に広がる海浜にハムレットは立っていた。
青白い月光が波間に揺れている。
ふと王子が夜空を見上げると、星々の間を一筋の流星が落ちていった。刹那、ハムレットの胸中に寂寥が広がった。国王の訃報……父の死を聞き、留学先の英国から一四〇〇キロの海路を経て、母国デンマークに帰ってきた。
父は、暗殺されたのだ。多くの政敵を抱えていたがゆえに。
ハムレットは眼前に広がるエーレ海峡の海原を見つめた。
暗殺の首謀者は何者だろうか? やはり叔父のクローディアスであろう。
先王の死後、未亡人となった母、ガートルート王妃と結婚し、新王として戴冠し、玉座に就いた。そればかりか、自身の腹心であった侍従長のポローニアスも、今や宰相にまで成り上がったのだ。異例の出世である。
叔父がポローニアスと結託し、先王を殺し、王位を簒奪した。そう考えて間違いないだろう。
庭園で昼寝をしていたところを毒蛇に噛まれた、などと宮廷侍医は言っていたが、父はそのような愚鈍の輩ではない。遺体を見ていないので確証は無いが、おそらく手練の刺客が、毒針でも用いて殺したのであろう。
ハムレットは眼を閉じた。
潮騒……海水が砂浜を滑り、染み込んでゆく音、泡沫が弾ける音が聞こえる。その音に混じって、何者かが砂を踏みしめる音が聞こえてきた。足音と殺気が近付いてくる。
父は謀殺された。次は俺の番ということか。
王子は豁然と眼を開き、佩剣の柄に手を掛け、抜剣した。
刃風が鋭く鳴った。何かを斬り裂く音。
波濤。飛沫が上がった。
眼前に、黒塗りの剣を持った黒装束の刺客が四人。そのうちの一人が、呻き声を上げて砂浜に倒れ込んだ。
ハムレットは残りの三人を睨み、構えた。下段。切先は、地に着きそうなほど低い。月光を受けた刃が光る。
留学先の英国を離れる際、貿易商から譲り受けた剣だった。東の果てにある島国で打たれたものだ。片刃、僅かな剃り、刀身に浮かぶ波のような紋様。独特の形状をしているが、王子は気に入っていた。柄には、絹糸が丹念 に巻かれており、手に良く馴染む。
月に、雲が掛かった。光が翳り、闇が濃くなってゆく。
二人が王子に切り掛かった。刹那、闇の中に閃光が走った。
雲が流れ、再び月光が砂浜を照らした時、二人の刺客はゆっくりと砂の中に倒れ込んでいった。
残りの一人……小柄で細身の刺客だった。やはり黒装束を纏い、フード付きの外套を被っている。顔は分からない。一言も発せず、炎のような眼光でハムレットを睨んでいる。
刺客は殺気立ち、黒塗りの剣を上段に構えた。
他の三人よりも、動きに隙がない。じりじりと間合いを詰めてくる。かなりの遣い手だろう、とハムレットは思った。
王子は地摺りに構えていた剣を上げ、青眼に構えた。
風が強まる。波が岩に当たり、砕け、飛沫く。両者の間合いが徐々に詰まる。
ふと、遠くのほうで、いくつかの光が揺曳しながら近付いてくるのを王子は捉えた。村人だった。松明を持った村人たちが、こちらに近付いて来るのだ。刺客もそれを察知したのか、剣を納めると、素早く身を翻し、風のように去っていった。
ハムレットは追わなかった。誰が放った刺客なのかは、十分に分かっている。捕縛や尋問の必要はなかった。
切先を鞘の鯉口に当て、白刃を静かに納めてゆく。光は鞘に吸い込まれ、そして消えた。
晩秋の潮風が、笛の音のように響いていた。
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※史実(当時の北欧史)とは異なる記述があります。
※厳密な歴史考証、時代考証などはしておりません。