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女神の教会  作者: 海蔵樹法
第二章 教会の真実
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愛、明るい旅立ち

「……そうか。済まない、ありがとう。」


 通信を聞き終えると、青年はややこわばった表情で腕を組み目を瞑った。

 青年の名は、ジョッシュ。5年前にジレェ卿に拾われ、以降彼の元でジレェ公国近衛兵団として働く傍ら、時間ができるとこうして行方不明の家族を捜索していた。

 近衛兵になったのには理由がある。近衛兵になれば、ジレェ卿の側近の兵という扱いになるので、名前を出すだけでジレェ卿の領地内の住人は皆協力的になる。それに、元々ジョッシュは孤児院の通信教育を基礎に孤児院を出てからもずっと武芸を身につけるべく、訓練がてらの「実戦」を繰り返していた。特に彼は銃と体術を重点的に鍛え上げ、射撃の腕前は近衛兵団一。ジョッシュの名は瞬く間に広がった。


「(これで、あらかた国内情報は調べ尽くしてしまったな。手がかり無しか。)」


 青年はしばらく思案にくれていたが、やがてゆっくり目を開き、そして決意した。


「よし。今夜か明日か、時間を見つけてジレェ卿に話してみるか。」



------------------------------------------------------------



 翌日。ジョッシュは、自らの後見人にして雇い主の部屋の前に来ていた。

 軽く3回ノックをする。

 扉から、カチッという音がした。ドアのロックが外れたようだ。


「失礼します。」


 彼はそう一言言うと部屋の中へ進んでいった。




「やぁジョッシュ~。元気そうだねぇ?君の活躍は聞いてるよ~ぅ。どうだい?このまま近衛兵団長に収まるってのは。ウチは実力主義だからね、種族とか出身とか関係ないよ~。」


「お断りします。今日は、お願いがあって参りました。」


「……ふ~ん、いつも以上に真面目モードだねぇ。良いだろ、話してみ給え?」


 普段のおどけた調子が一変し、ガラリと雰囲気が変わる。その目つきは鋭く、決して誤魔化しは効かないといった様子が伝わってくる。もしこの場にセリアが居たなら、あまりの迫力に圧倒され、瞬きをすることもできなかっただろう。だがそこは流石といったところか、特に物怖じすることなくジョッシュは話し始める。


「ありがとうございます。卿のお力添えもあり、私は今まで近衛兵団として働かせていただきました。そして任務の合間に近衛兵としての権限を十二分に使わせて戴き、国内のあらゆる情報網にアクセスして、孤児院の仲間を探し続けました。しかしながら今日まで、仲間たちの……家族の情報は全くと言っていいほどありませんでした。そこで、卿にお願いがあります。私に国外に渡航する許可を頂きたいのです。」


「……話はわかった。でもね、許可は出来ないな。」


 その言葉を聞き、青年の顔がやや怪訝そうなものに、ほんの一瞬だが変わる。


「不満かね?君がセリアたちのように居候兼お手伝いのような立場なら話は別だ。だがね、君はボクの勧めがあったかもしれないが、それでも自ら選んだのだよ?近衛兵の立場を。どこの世界に近衛兵を他所の国に活かせる元首がいると思う?……それに君のことだ。この話、ボク以外に誰にも話してないんだろ?」


「…………はい。」


「なら尚更だな。今日は帰り給え。そして、少なくとも君の言う「家族」に話を付けるくらいの最低限の事をしてから、後日また来なさい。」


 青年は、何も言わずに黙って部屋を去っていった。だから、最後に掛けられた言葉など聞こえている筈もなかった。


「……君は、家族に対する気の使い方を間違えているよ。言うのならボクじゃなくて、ちゃんと身内に言わなくちゃね。一番大事な人は、きっと伝えて欲しいと思っているはずだよ。」



------------------------------------------------------------



 後日。彼は自分の家族たちを広間に集めていた。


「みんな、集まってもらって済まない。」


「話って何?」


 リタが早速口火を切る。


「……ああ。実は、俺はここを出ようと思っている。」


「え?」

「何で?」


 リタ、ファンの両名がほぼ同時にそう言う中、青い髪の少女…セリアは、


「知ってるよ、兄さん。……みんなを探しに行くんでしょ?」


「そうか、『見て』いたんだな……。」


 どうやら予知していたらしい。ジョッシュも渋々といった表情で言葉を返す。しかし、先程から一言も発さず、押し黙っている女性がいた。


「……ハルカさん。済…」


 済まない。そう言おうとしたのだろうが、それを遮るように女性が話し始める。


「……ジョッシュ。貴方はいつもそう。誰にもなんにも相談しないで、いつも話すときは決めきってから話すわ。…………ねぇ、私たちが信じられないの?それとも必要ないの?」


「そんな訳ないだろ?昔から一つ屋根の下で肩寄せ合って生きてきたんだ。大事に決まってる!」


「じゃあ何で一人で決めるの!?何で『みんな一緒』って考えがないのよ!?」


「外をあちこち歩くことだって安全が保証されているわけじゃないんだぞ!?況してや俺たちは普通の人間と違う、無残に殺される事だってありうる話なんだ!そんな危険な所にみすみす大事な家族を連れて歩けるわけないだろう!!」


「ならジョッシュ、貴方はそんなところを歩いていいの!?」


「俺ひとりなら何とでもなる。それに、俺以外の家族が安心して過ごせる場所にいるなら尚更だ!何故わからない!!」


「わからないのは貴方の方でしょ、ジョッシュ!?」


「どういう意味だ!?」


「私たちから見れば、貴方だって心配で、安全なところにいてほしい『家族』だって言ってるの!!」


「………!!」


 感情むき出しの2人の論戦は、最後は涙を滲ませながらも決定的な言葉を言ったハルカに軍配が上がった。

 そのままハルカは、泣きながら早足にその場を後にしてしまった。


「………………。」


 呆然とジョッシュは立ち尽くしていた。



「何、やってるのよ。」

 ファンが、呆然と立ち尽くしている青年の背中を強く叩き、


「私たちはもう納得できてるわよ?」

 リタが皆の言葉を代弁し、


「ハルカさんの所に、行ってあげて。」

 セリアが青年を後押しした。


 出遅れた分を取り戻すように、青年は走ってハルカを探し始めた。




 その様子を、遠巻きに生暖かい目で眺めている人物がいるとは、誰も彼もが露知らず。


「……青春。良いねぇ~♪」



------------------------------------------------------------



 散々広い屋敷内を走り回り、青年は彼女を探し出す。

 最初に彼女の部屋へ向かったが、不在だった。そこから場所を変えて探し続ける。

 エントランス、中庭、屋上テラス、裏の庭園……。


 結局、屋敷内を一周して、また彼女の部屋の前まで戻ってきていた。どこかですれ違った。そう信じたいのだ。


 部屋をノックする。緊張で手が震えている。

 中から返事が聞こえた。


「ハルカさん。俺だ、ジョッシュだ。開けて欲しい。話がしたいんだ。」


 そこで彼女の沈黙が続いた。ほんの少しだったかもしれないし、かなり長い時間だったかもしれない。それでも彼はひたすら待った。


 やがて、部屋の中で入口に人物が歩いてくる気配がし始める。

 ドアノブがガチャリと回り、


「……ずっと待っていてくれたのね。入って?」


 目を腫らしたハルカが出迎えた。


 青年は何も言わず、導かれるまま扉を潜り、中に入った。



------------------------------------------------------------



「話って、何……?」


 ハルカは先程とは違い感情的ではなく、平時と同様の落ち着いた雰囲気で話しかけた。


「……さっきは、ごめん。」


「…………ふふっ。ジョッシュ、いつもは『済まない』って言うのに、『ごめん』だなんて。昔イタズラして、私が叱った時もこうだったよね。」


 神妙な面持ちで謝る彼とは対照的に、彼女は朗らかにそう言った。その顔は本当に楽しそうで、静かで、それでいて花が咲いたような笑みを浮かべている。

 その顔を見て、彼の脳裏にある記憶が蘇る。




『必ず帰ってくるからさ。次帰ってくるときはさ、………………。』

『うん?何?』

『……いや、何でもない。次に帰ってきたら、今言いそびれたことを言うよ。』




「(そういえばまだ、言ってなかったっけな……)。」


 彼は孤児院の旅立ちの日、彼女に約束をしていた。その時も、今と同じように眩しい笑顔だった。

 彼は、決意を固めた。



「……ハルカさん。あのさ?」


「うん、何?」


「俺、ハルカさんの事が、昔から好きだ。……その、一人の女性として。」


 彼は長年したためていた思いを、彼女に告白した。



 だが、そんな彼女の答えは、


「うん、知ってたよ?」


「…………は?」


 彼の覚悟を、粉微塵にする回答だった。やや放心気味のジョッシュに構うことなく、彼女は言葉を続ける。


「だからね、孤児院から出て行く日にね、本当は言って欲しかったんだよ?私だって、辛かったんだから…………。」


「ハルカさん……。」


「駄目。さん付けしないで。」


「…………ハルカ。」


「うん、ジョッシュ。やっと、私も言える。私も、貴方が好き。いつからか忘れちゃったけど、私の中で貴方が『弟』から『男の人』に変わってから、ずっと好き。」


「ありがとう。ハルカ、俺……素直に嬉しいよ。」


「肝心なところで未熟さが出ちゃうけどね~。」


「……おい。」


「ふふ、冗談よ。……ジョッシュ……ん。」


「ハルカ……。」


 2人はしばし口づけを交わしながら、熱い抱擁を続けた……。



------------------------------------------------------------



「ジョッシュ~、ちょっと良いかい~?」


 ジレェ卿が、庶務の最中のジョッシュを呼ぶ。


「何でしょうか?」


「キミさ、今日を持ってクビだから~。」


「……卿、今何と?」


「だからぁ、キミはぁ、ク・ビ。解雇するって言ってるんだけど~?」


 いきなりの解雇宣言に思わずジョッシュは狼狽える。何かまずいことでもやらかしてしまったのかと普通の人なら思うところだろう。彼も例に漏れず、額に手を当て考えている。


「……悩んでるとこ申し訳ないけど続けるねぇ?それでねぇ、キミには明日付で諸外国全部で使える国際渡航書が発行されるからそのつもりでね?」


「っ、それは!?」


「察したね。流石、話が早いじゃなぁ~い?という訳だからさ、キミには別の任務を与えるからね?」


 ここまで来ると、どんな人間でも話が分かってくるものだろう。ジレェ卿はわざわざ気を利かせて彼を近衛兵の任から解くと言っているのだから。


「?、私は解雇で、何故任務が?」


「キミは、明日の夜明けを以てジレェ公国親善大使に任命されるから~。だからぁ、その任務。でね、その任務、こっちからもバックアップは惜しまないつもりだよ~ん。マジメに親善大使としての活動をしてもらうつもりだからねぇ。」


「卿、ありがとうございます。」


 ジョッシュは、この日ぐらい拾われた恩を感じたことはなかっただろう。心の底から感謝の意を述べる。

 しかし、感謝されたジレェ卿は、何がおかしいのかニヤニヤしている。


「でねぇ、これだけの好条件。代償が発生すると思わない~?」


「(だからニヤけてたんだな)。」


 してやったりの表情を浮かべたジレェ卿に対し、心の中で呆れるジョッシュ。しかし、ジレェ卿の笑う理由はそこではなかったのだ。


「ボクの指定する補佐官を一人随行させること~。これが条件だよ。どう?飲む~?」


 それを言われて少し納得するジョッシュ。やはり曲がりなりにも「大使」なのだから、ある程度行動は決められて当然だろう。要はそれを伝える命令役を付けるつもりなのだろう。少なくともジョッシュはそう思っていた。


「その条件、謹んでお受けいたします。」


「わかったよ~♪じゃあ、補佐官を紹介しよう。お~い、入ってきなさ~い。」


 ジレェ卿はジョッシュから見えない位置に控えさせていた補佐官を呼び出した。それは、ジョッシュにとってよく知る人物で、ここでは予想だにしていない人物だった。


「今日から補佐官を務めさせていただきます、ハルカ=サエガミと申します。宜しくお願い致します。」

 

「ハルカ!?何で……。」


「なんでも何もぉ~、彼女は元々政務に関する庶務全般を手伝ってもらってたからねぇ。適切な人事だと思うけどぉ~?」


 こうして、半ば無理やり嵌められる形で、ジョッシュはその傍らに愛する女性を伴い旅立つことになった。


 余談だが、大使と補佐官の話はジョッシュ以外の全員が画策して決めたことであることを、ジョッシュ自身は知る由もなかった。





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