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女神の教会  作者: 海蔵樹法
第二章 教会の真実
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五公家(ごこうけ)との邂逅


 5年前のあの日、私たちは故郷を失った。

 結局、あれから離れた家族とはまだ再会できていない。


 あれから私たちは、しばらく西に向かって歩き続けた。

 追手に捕まる恐れがあったため、途中少しづつ休憩はしたけど、基本は歩きっぱなしだった。その間、丸2日程だったと思う。本当は大きな道路を通れば、ファンさんもジョッシュさんも幾らかお金を持っていたから、バスやタクシーを使うこともできたけど、そこから軍に情報が漏れることを恐れた私たちは、人通りを避けることのできる側道をひたすら徒歩で進んだ。


 そのまま歩き続け、携行食料も底を尽き、誰も彼もが疲労感で一杯になり始めたとき、大きな車が一台、私たちの前に停まった。その車の持ち主は何も言わず、笑顔で車に乗せてくれて、疲れ果てていた私たちに美味しい料理と暖かい寝床を与えてくれた。

 それは本当の偶然。完全に行き場をなくしていた私たちにとって、正しく地獄に仏だった。現在私たちは、その人……ジレェ卿の元に身を寄せていた。

 ジレェ卿は魔族の、所謂領主さんで、たまたまその土地に私たちが入り込み、そこでたまたま視察の帰り道だった卿の車に遭遇した、というわけだ。

 色々な偶然が重なり驚きの連続だったが、後からリタに時間を遡る前に引き取られた家もジレェ家と聞いたことに、更に驚いたが。


 ここまで来ると、運命という言葉をどうしても連想してしまう。いくら未来を見ることができても、いくら未来をやり直そうと遡っても、結局は結末は変わらないのではないだろうか。そんな気さえしてしまう。


「セリア、今日空いてる~?」


 昔を思いだし、回想にふけっていた私に、不意にかけられる明るいトーンの声。


「あ、はい。大丈夫ですよ、ジレェ卿。」


 ジレェ卿は、金髪の長いウェーブがかった長い髪の毛をなびかせながら、片目を瞑りながらはにかんでこちらを見ている。黙って真面目にしていれば結構イケてるんだけど、この人はどうにも性格が軽い。開口一発に出てきた言葉だけ聞くと、ナンパされてるみたい。

 彼はいつもこんな感じで、私だけでなく他のみんなにも接する。特に、ファンさんに対しては凄い。この間も、


『ねぇねぇ、ファン~?ボクの事、男としてどう見える~?』


『ええっ!?えっと~……その、卿は恩人ですし、とても感謝しているというか……。』


『そうじゃなくってさ~、それって一個人としての見方でしょ?異性としての、ボクって意味なんだけど?』


『い、いや、あの……なんというか、素敵だと、思いますよ?///』


『じゃあさ~、ボクと付き合う~……をすっ飛ばして結婚しちゃおうか!』


『えええっ!?』


『フフフ、冗談だよ~ぅ。君は可愛いなぁ~♪』


 ……と、こんな始末だ。最初のうちは、普段の強気なファンさんの意外な一面を見られて外野として面白く見させて貰っていたが、こうもしつこいと見ていられない。


「今日はさ、ボクらの同盟の会議があるんだよね~。でさでさ、一緒に付いて来て欲しいんだよ?頼めるかい?」


「あ…………はい、私で宜しければ。」


「じゃあ、お昼食べたら出発するから準備ヨロシク~。」


 同盟での会議。そんな席に私が名指しで呼ばれるということは、恐らく「予知」をして欲しいのだろう。

 「予知」を頼まれる事を「予想」しながら、私は食事を済ませて直ぐに出発できるように準備を始めることにした。



------------------------------------------------------------



 時間は、間もなく午後の1時になるところだろうか。

 お城のような大きさの建物の手前。門の前に来ていた。


「セリアをここに連れてくるのは初めてだよね~?ここはボク達『五公家』の同盟たちが会議をする時に使う場所なんだ。大議事堂って呼ばれててね~。ここは五公国の中心……つまり女王陛下のお膝元なんだけど~、使うのはボクを含めた5人だけなんだよね~。これだけムダに広いのはさ、女王陛下と五公家の威光を示す意味合いもあるんだけどねぇ、何よりここは、魔族国民たちの緊急避難場所なんだよねぇ~。…………と、お約束の説明はここまで。いつまでも立ちっぱなしじゃ仕方ないし、中に入ろっか。」


 ジレェ卿に促され中へ進む。

長い廊下を真っ直ぐに歩いていく。両脇には部屋がいくつもあり、その中にはキッチンや寝床、バスルームまでもが備え付けられ、先ほどのジレェ卿の話の信憑性が高いことが伺える作りだ。さらに奥へ進み、大きな扉を開く。

 中は天井が大きくアーチ状に広がり、豪奢な装飾が施されている。中央に円卓が備え付けられ、椅子が5つ用意されていた。


「ここが、議事堂さ。」


 高さも広さも相当なもので、これならば確かに1000人単位での収容も容易いだろう。円卓もかなり大きめな筈だが、部屋の広さがありすぎてこじんまりしたものに見えてしまう。

 その円卓には、既に4人の人物が座っていた。


「来たか、フリドリッヒ。掛け給え。」


 5つある椅子の内、議事堂入口に真正面に向かって配置された椅子……要は盟主が座る椅子なのだろう……に座る若めの男が、ジレェ卿に声を掛ける。


「悪いねアルバート、女性をエスコートがてら来たからさ~、若干遅れ気味になっちゃったよ。ゴメンネ。」


 いつも通りの軽い感じでジレェ卿が着席し、五公家の当主たちが揃った。

 ジレェ卿にアルバートと呼ばれた男性が立ち上がり話し始める。


「では会議を始めたいと思う。だが、その前に……お嬢さん、初めまして。フリドリッヒから話は聞いているよ。私はアルバート=ラダム。ラダム家当主と財務交易省長官と、この五公家盟主をやらせてもらっている者だ。宜しく。」


 ラダム卿は礼儀正しく笑顔でそう言った。結構人あたりが良い印象だ。

 話も聞いているらしいし、名乗られたからには私も自己紹介をしておこう。


「5年前からジレェ卿の元でお世話になっているセリア=リッチモンドと申します。本日は、このような場にお招きいただき恐縮です。常日頃からジレェ卿をはじめとした皆様方にお世話になっていることと存じておりますので、この場をお借りして、お世話になっている者の代表として感謝の意を述べさせてください。本当に、ありがとうございます。」


「礼ならそこの男に言ってくれ。我々は何もしていない。しかし礼儀正しいお嬢さんだね。みんな、お嬢さんに名乗らせた上でここまでご丁寧にご挨拶を頂いた。どうだね、一人一人自己紹介していっては?」


 ラダム卿の提案で自己紹介が始まるようだ。私が名乗ることを強制させたような気がしないでもないが、話の流れでそうなったということにしておこう。

 どうやらラダム卿の右側から、反時計回りに自己紹介していくようだ。


「まずは私ですね。初めまして、ミネラ=マナと申します。マナ家当主兼国土環境省長官を務めております。よろしくお願いしますね。」


 眼鏡の似合う優しそうな小柄な女性だ。私は目があったので軽く会釈すると、彼女も笑顔で返してくれた。


「次はワタシね。初めまして、セレベント=ジューレンよ。ジューレン家当主と司法省長官を務めているわ。宜しくね、子猫ちゃん。」


 ウインクされた。背が高くて化粧映えする顔立ちの女性だと思っていたら、声を聞いて男性だと分かり心の中で絶叫した。ジレェ卿といい、ジューレン卿といい自由人の割合が高い気がするのは私だけだろうか?

 そんなことを考えているうちに、次の人が話し始めた。


「魔族国軍元帥、バレッジ=アルカードだ。宜しく。」


 アルカード家当主の方は、見た目は背も一際高く筋肉隆々。強面で如何にも軍人といったお堅い感じだが、軽く笑顔で短い自己紹介を済ませた彼に対して、不思議と嫌悪感は沸かなかった。よく響くバステノールの声はどこか安心を感じさせる。


「よっしゃ、最後はボクだね~。今更かもしんないけど、セリアも名乗ったんだからおあいこでね~。ボクはフリドリッヒ=ジレェ。ご存知ジレェ家当主にして、技術開発省長官もやってます。改めて、ヨロシクね。」


 そう言って手を差し出してきたので、私も差し出して握手を交わした。



------------------------------------------------------------



 会議での話は多岐にわたるものだった。

 各省及び軍の現況報告、決算報告と予算の見積もり、月に2回行われる抜き打ちの視察の結果や犯罪発生の度合いを考慮した平和維持活動計画などはまだ序の口で、各省が計画している貢献活動についての報告になると、それぞれがかなり内容の濃い話をし始めるので、私も正直殆ど覚えていない。

 印象に残っているのは、ジレェ卿の技術開発省が子供向けに公園の遊具を安全かつ楽しいものにするための技術研究と、病院の医療器具の新規開発事業に着手していることに関しては驚かされた。

 普段の軽いジレェ卿の印象が強すぎて、真面目に報告をしている姿が妙に現実感がないのだ。現実として、それらをジレェ卿はこなしているのだが。


 会議での話が一頻り終わったところで、いよいよ今回の本題に入るようだ。


「さて、最後の議題になるが……『女神の朋友』の活動状況についてだ。前回頼んでおいた調査についてはどうなっている、バレッジ?」


「ああ。まず奇妙な話だが、あれだけ大々的に活動をしているにも拘らず、奴らには本拠地がないことが判明した。諜報員の報告によると、奴らと思しき連中を見つけて後を付けていくのだが、最終的に必ず逃がしてしまう。消えてしまうのだ。」


 消える。報告としては有り得ないのだろうが、そうとしか言い様のない状況だったのだろう。私も含め、特に皆驚いた様子もなく黙って話を聞き続けている。


「そこで、我々は違う方面から調査を開始した。奴らが消えてしまった地点……その周辺の共通点を探した。それを見つけ出したのだ。」


「それは?」


「空港や駅、港も含まれるな。他には公共機関……即ち、役所や国が経営している病院などがそれにあたる。」


 数がかなり多い気がする。絞られている感じが全くしないのだが、何か他にまだあるのだろうか。


「皆思っているだろうが、これでは数が多すぎる。だから我々は、視点を変えたのだ。交通機関や公共機関を束ねる権力者、もしくはそれに連なる者が裏で糸を引いている筈だ。」


「特定できたか?」


「ああ。人間たちの中でも特に有力な財閥企業のトップ、タッカード=サントスという人間が浮上した。サントスは人間たちの国『エルスワフ・アエテルヌス』のほとんどの交通機関を掌握している。」


 サントス。私はその名前に聞き覚えがあった。

 人間たちの中でも特に経済力と財力に優れた家柄がある。それがサントス家とツェッペリン家とオーダ家であり、俗に「三大財閥」と呼ばれ、政治的な権力も持ち合わせている家柄だ。


「従って、今後は人間国の交通機関を集中的に洗い出していくつもりだ。」


「次回の会議に結果を教えてくれ。」


「わかった。」


 ラダム卿とアルカード卿の会話が終わると同時に、皆が一斉に私に目を向ける。いよいよ来たかと身構える。


「そんなに警戒しないでくれ。君を獲って食おうというわけじゃないんだ。……君は、未来が見えるそうだな?」


 警戒しないでくれという割には、ストレートな質問をするラダム卿。だが元々予想していたことだ。


「はい。近い未来なら、ある程度自意識で見ることができます。」


「そうか……。疑うようで済まないが、我々はそれを実際に見たことがない。試しに何か予知してもらえないかな?」


「分かりました。ですがラダム卿、私の予知は一度未来を見ると、見た事象が現実に発生するまでは未来を見ることができなくなります。」


「……つまり、未来を見ることができるのは一つだけだと?」


「そうです。万が一のこともあるかもしれませんから、ものすごく近い未来……例えば、5分後とか、その程度しか予知しませんが、大丈夫でしょうか?」


「十分だ。やってみてくれ。」


 この5年で、孤児院のみんなは私を含めてかなり力が増した。あの時リタが言ったように、私は未来を見るために眠る必要はなくなり、ある程度自分の意思で未来を見ることができるようになった。たまに自分の意志に関係なく未来のヴィジョンが見える事があるが、それは余程身の危険が迫っている時に限られている。

 

 私は、意識を集中させ始める……。

 見つめる先は、数十秒先でも良いか……。

 瞳を閉じる必要などない。私が見る未来は、目で見ているわけではないから。

 やがて、徐々にヴィジョンが浮かび始める……。

 一頻りヴィジョンを見終えると、意識を現実に戻す。


「見えました。」


「もう見えたのか?随分と早いようだが……。」


 私自身の体感時間としては1分程なのだが、周囲にとってみれば1秒程度なのだそうだ。


「アルカード卿。そのまま座っていてください。間もなく貴方の椅子の右前足が、根元から内側に向かって少しづつゆっくりと曲がり、最後には音を立てて折れます。」


「私の椅子がか?」


 アルカード卿がそう答えた途端、メリメリと音を立てながら椅子が前のめりに沈んでゆく。

 そして、バキッという乾いた音と共に、私の宣言通りに椅子が壊れてしまった。


「ぬ……本当に起きてしまったな。」


 アルカード卿が立ち上がり、ズボンの埃を払いながらそう言うと、


「事前に椅子に細工したんじゃないのかしら?」


 ジューレン卿が言葉を返す。その目は、やや疑っている感じだ。だが、ジレェ卿から助け舟が入る。


「セレベ~、彼女はここに『初めて』来たんだよ?それまでここの場所すら『知らなかった』んだからさ、細工なんてムリムリ。」


 ジレェ卿の言う言葉に合わせて、私も頷く。ジューレン卿も心から疑ったわけではないらしく、成程ねェと言いながら引き下がった。


「予知能力、見せていただいて感謝する。今後、我々以外の何も知らない者の前では使うことを控えたほうが良いな。」


「はい、元よりそのつもりでした。」


「ならば安心だ。我々の領土内にいる間は君たちの安全は『五公家』が保証する。今日はわざわざ足労戴き済まなかった。帰り道、どこかの軽い男に引っかからないように気をつけ給えよ?」


 アルバート卿は冗談半分本気半分と言った感じで締めくくり、会議は終了した。




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