義兄の言葉、迷う少女と決意
「みんな、朝よ!起きなさいー!」
シスターがみんなを起こして回り始めた。私は、かなり早く起きていたのでハルカ姉さんと一緒に朝ごはんの準備をしていた。そういえばセリアはまだ眠っているはず。そろそろシスターに叩き起される頃だろう。
「ありがとうね、リタ。お陰で朝食の準備が捗ったわ。」
「いいのいいの!ハルカ姉さんの作るごはんが私は楽しみなんだから!」
いつもこんな感じで朝は過ごしている。私は自慢ではないが、料理が壊滅的なシスターの代わりにハルカ姉さんと一緒にずっとこうやって厨房に立って料理をしてきたから、その腕前には結構自信がある。
「!?、ジョッシュ兄さんは!?」
部屋の方から、セリアの声が聞こえる。ああ、ジョッシュ兄さんを見送ろうとして寝坊したんだ。昨日は遅くまで喋ってたもんね。ちょっと夜ふかしすると、あの子は直ぐに朝寝坊してしまう。昔から変わらない。
慣れた手つきで、食堂に料理を並べていく。もう何度も何度もこなしている、慣れた作業だ。そうしているうちに、がっくりと肩を落としてセリアは食堂に重い足取りで来た。相当重症なのだろう、こちらを見ようともしない。食堂に入ってきてから初めに何と声をかけようか迷っていたが、それをする以前の問題だった。
私は彼女に構うことはせず、やはりいつも通り決まった席に着き、朝ごはんを平らげた。
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いつも通り朝食を終えると、セリアと共にジョッシュの部屋へ向かった。気を遣いながらも、それなりに明るめに話しかけてみる。
「ジョッシュ兄さんが残した手紙、なんだろうね?」
「うん。……私はあんまり、見たくないかな……?」
予想していた通りの反応が返ってきた。でもこの段階で手紙の内容を知っているはずがない。まさかと思うが、一応聞いてみる。
「?、セリアもしかして変な夢でも見たの?」
「う、ううん違うの。只、本当は朝早起きしてお見送りしたかったんだけど、結局昨日は結構遅くまで起きちゃったせいで朝起きれなくて。それで落ち込んだ気分になってるから、なんとなくね。」
「そっか。でもジョッシュ兄さんのことだから、おかしなことは書いてないと思うよ。」
「私もそう思う。」
話をしているうちに、ジョッシュの部屋についた。
そこには既に他の子供たちが集まっていて、皆自分宛に書かれた内容について話していた。
「あ、リタにセリア。もう2人とも手紙は見たか?」
シュウ兄さんが話しかけてきた。明るく振舞っているが、彼がジョッシュ兄さんを本当の兄のように、そしてお手本のように慕っていた事を私は知っている。内心は悲しいはずだ。
「シュウ兄さん。まだ私たち見てないの。これからなんだ。」
それでも気づかないふりをして、私は彼の問いかけに答える。
「そっか。なら早く見なよ。そして内容を聞かせてほしいな。」
「えっ?どういうこと?」
内容を聞かせて欲しい。みんなに対して宛てた手紙なのだから、感想と言われるのならまだしも、内容と言った。ジョッシュの机の上にあるレターケースを見ると、何と一人一人それぞれに一通ずつ封をした状態で、手紙が置いてあった。
「さすがに他の人のは見れないだろう?だから、見た人同士でお互いに話し合って情報交換って所さ。結構人それぞれで、面白いこと書いてあるのもあるみたいだから。」
シュウの説明を受け、それぞれの手紙を手に取り、封を切る。面白いことが書かれている、という前置きがあったので笑顔を作りながら手紙を見てみる。すると、
『リタへ。いつも明るく振舞って、セリアや他のみんなを励ましてくれてありがとう。俺もその明るさに何度も救われていた気がするよ。でも、あまり無理はしないでくれ。誰もいないとき、ほんのたまにお前がとても辛そうな顔をしているのを俺は知っている。何を背負っているのかは知らないが、あまり一人で抱え込んではいけないと思う。みんなでは話せない内容だったら、今はもう外に出たファンさんや俺に相談してくれればいい。女の子だから、ファンさんの方が向いているかもしれないけど。ハルカさんもすごく心配していたから、たまに胸の内を話してみてもいいんじゃないか?長くなったけど、いつまでもセリアと仲良く。そして、もっと家族を信用してくれ。顔見せに帰った時に、ゆっくり話でもしよう。』
驚いた。思わず笑顔が崩れそうになる。私自身は完璧だと思っていたのに。
流石はジョッシュ兄さん。頭のキレが良いとは思っていたが、ここまで分析されていたなんて……。
ありがたい。何てありがたい言葉。でも、やっぱり話せない。話せるわけがない。話したところで突飛すぎて誰も信じられないだろうし、私だってこんなことは信じたくないくらいだ。
私は笑顔を崩さぬまま、さも楽しいという感じで、年相応といった感じでセリアに話かける。
「ねぇ、セリア!何書いてた??」
「っ……リタ、どうしたの?」
セリアの体が強ばるのが明らかに見て取れた。相変わらずこの子は隠し事が下手だ。これでは手紙に何か重要なことが書かれていたと自白しているようなもの。でも私は気づかないふりをする。私はセリアの親友だから。本当に彼女を救いたいと考えているから。
「どうしたって、セリアこそどうしたの?そんなに驚いて?」
一応、その挙動に対してのツッコミはしてみる。ここで押し黙るようなら誰が見ても肯定。もしそうなったら、手を引いて無理やりにでも外に連れ出すつもりだった。ここははぐらかして、私に質問をし返して欲しい。そうすれば幾分か違和感がぬぐい去れる。
「う、ううん。それよりリタのは何て書いてた?」
いい子いい子。こうやって彼女も少しずつ成長していく。できれば、セリアにはずっとバカ正直な位の素直さを貫いて欲しいけど。
「よくぞ聞いてくれました!あのねぇ、私のはセリアとこれからも仲良くして、将来も無事に過ごしていってくれって!」
私は嘘を吐いていない。ジョッシュ兄さんは最終的にセリアと仲良くと書いていたし、私もそのつもりだったから。
「そっか、それが内容なの?」
「そうだよ!……なんか反応悪くない?これからも私たちずっと友達なんだよ?」
セリアの反応の仕方は、悪いなんてもんじゃない。かなり特殊な内容だったに違いない。だから、それが本当に自分だけなのかを見極めようとしているんだ。
これ以上疑われたところで口を割るつもりはなかったが、親友に疑われ続けるのも気分が悪い。私はずっと友達という部分を強調することで会話の方向性をシフトさせた。
「そう……そうだよね!うん!これからも宜しくね、仲良くやっていこうね!」
「うん!それで、セリアの内容は?」
「同じ内容だよ。リタとずっと仲良くって書いてた。」
「そっかぁ~、私たち、ずっと一緒だね!」
この子も流石に気づいてるよね。ジョッシュ兄さんがわざわざ手紙をみんなの分に残して、それもガッチリ封をしているってことは、一人一人にメッセージを宛てたかったからじゃなくて、一人一人に分割して、それぞれに伝えなきゃいけない内容だったってこと。これからセリアはどう行動するんだろう?
私はこれからの彼女の行動を気にしつつ、その日一日を過ごした。
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「リタ?リタ?……眠ってる。」
軽く私が眠っているかどうかをセリアは確認したあと、直ぐに部屋を出て行ってしまった。普段なら夜はすんなり眠るはずなのに、セリアは起きているどころか外に向かって出て行ってしまった。
追うべきだろうか?恐らくこの行動は手紙に関わるもののはず。
「……全く。世話の焼ける親友よね。」
追いかけることにした。途中シスターの部屋があるが、見つかったところでトイレに行くとか何とか言って言い訳はできる。仮に捕まっても、多少の小言を言われてそれで終わりだろう。
でも、今回は捕まるわけにはいかない。彼女を見失ってしまう。
私は物音と周囲に警戒しながら、シスターの部屋の前を通り過ぎる。部屋には灯りがついていたが、こちらを向いている気配はしないので無視する。
教会の入口まで来ると、セリアが小さなシャベルを持って走り出していた。私も見失わないように距離を置きながら走り始めた。
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「はぁ、はぁ……広場のすぐそばの川原?」
セリアを追いかけてきた私が着いたのは、すぐ近くの川原だった。その近くの一番大きな柳の木の下。そこに月明かりを受けて青い髪が見え隠れしている。セリアだろう。
私は手頃な距離にあった木の陰に身を潜ませ、様子を伺った。
セリアの手には何か紙のようなものがあり、それを彼女は一心不乱に見つめているようだ。いや、恐らくそれは手紙で、暗い中月明かりを頼りに文字を読もうとしているのだろう。
「ジョッシュ兄さん……………………。私、……………………、守るから。」
ジョッシュ兄さん、という単語と、最後に守るからといったことは聞こえたが、後はよく聞こえなかった。やはり手紙に関してで間違いないだろう。
そこまで確信したあと、私は彼女より先に教会に戻ることにした。本来ならば私は寝ている人間なのだ。
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教会に着いた私は、自室に向かう。
途中にあるシスターの部屋には、まだ灯りが点っていた。
時間的にセリアが戻るには時間がかかる。
私は無性に気になって、部屋に近づき聞き耳を立てた。
「…………はい、全て順調です。外に出て行った子達にも監視をつけています。」
「ご苦労様です、シスター。子供達は皆『チカラ』に目覚めていっております。ただ一人を除いては。」
「ご存知でしたか。彼女からは反応があるのですが、『チカラ』の特定ができずに難航しておりまして。」
「必ず『チカラ』に目覚めさせなさい。良いですね?」
「はい、仰せのままに。」
聞いてしまった。
薄々感づいてはいたが、奴らは私たちの力を集めて何かに利用しようとしている。
拙い。また同じことが繰り返されてしまう。
何とかしなければ。
「そこに誰かいるの?」
シスターの声に、思わず体をびくりとさせてしまう。私は声を殺し、息を潜めてやり過ごす。
……………………部屋の明かりが消えた。どうやらシスターは就寝するようだ。
この隙に私は急いで自室に戻った。
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「ふぅ……寿命が縮むわ。」
自室についた私は一息つくと、直ぐにベッドに入った。
しかし、シスターが会話していた人間は一体何者だろうか?聞き覚えのない声だった。
只の孤児院ではないと思っていたが、何かまだ知らないことがたくさんありそうだ。
考えてみればおかしな話だ。孤児院とは、国家が定めた立派な「機関」だ。国から潤沢な補助金が出て、こんな寂れた教会でなくとも良いはずだ。わざわざ大規模な孤児院ではなく、小さな教会で、しかも選り好みしてきたかのような孤児の選別。謎だらけだ。
そんなことを考えていると、彼女が戻ってきた。
私は急ぎ彼女と反対側に体を傾けて眠っているフリをする。
彼女は何をするでもなく、直ぐにスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。
「セリア……必ず、貴女を救ってみせるから。」