思わぬ強敵、絶体絶命
ストレンジャーとの戦いが始まった中、ジレェ卿率いるゲル回収班は順調に進行していた。
何度か危うい場面こそあったものの、ファンがジレェ卿の分身を作り出したことにより形成逆転し、もはや後衛である2人はおろか中衛で援護射撃を行うはずのリタすらもほとんど出番がない状態であった。しかし、この状況を作り出した本人は、
「う~ん、久々の実戦だから、やっぱり腕鈍ったなぁ……。」
などとのたまう始末。
このまますんなりとゲルを回収てきるのではないか?そんな考えが一同を支配しつつあったが、腐ってもここは敵の本拠地の一部。そうそう簡単に行くはずなどない。
しばらく敵が出てこないまま進んでいく。静かすぎるとは思いつつも、急がなければならない状態のため、誰もそこまで気に留めていなかった。が、
「っ………………みんな待って!!」
セリアだ。
彼女の呼びかけに応じ、先頭切って走っていたジレェ卿の分身以外は皆止まった。
「みんな、ここから先は慎重に進んだほうが良いと思う。……“影”にジレェ卿が食べられてしまうヴィジョンが見えたわ………………。」
「“影”にボクが食べられる?……何かの例え、じゃなさそうだね?」
「!、ジレェ卿、大変です!」
セリアの発言について考察を巡らせようとしたジレェ卿に、突然ファンが遮るように叫ぶ。その様子はかなり焦りの色を湛えている。
「ファン、何事だい?」
「はい。先ほどから進んでいたジレェ卿の分身が………………“消え”ました。」
「消えた?君の作り出した分身は君に常に情報をフィードバックしてるはずだろ?“死んだ”ではなく消えたって?」
「はい。突然繋がりが途絶えてしまいました……こんな事は初めてです。」
現在いる地点は、地下3階のボンベ室。必要最小限の照明のみが辺りを照らしている状態であるため、暗がりが……………隠れられる物陰は幾らでもあると言っても良い。
そんな状況で、セリアが警鐘を鳴らし、それに続くファンの不可解な報告。嫌でも警戒せざるを得ない状況だった。
「みんな、ボクが先に進む。大丈夫なら呼ぶから、それまでは
絶対に動かないこと。ファン、リタはハルカとセリアの周囲を警戒しながら慎重に進んで。ハルカとセリアも周囲をよく見ながら移動して。あと、万が一ボクに何かあったら…………ファン。君が指揮を采れ。良いね?」
「そんな事は………………わかりました。」
そんな事はない。そう言いたかったファンだが、ジレェ卿のあまりの真剣さに押され、渋々頷く。
「よし………………行くよ。」
ジレェ卿は進んでいった。
しばらくその場で待機し、それから進み始める一同。ファンが短刀を構えながら周囲を回りながら警戒し、リタが二丁の銃を隙なく構えながら周囲を素早く見渡し気を配る。セリアもまた、懐から小さな魔砲をその手に持ち、キョロキョロと辺りを伺いながら進む。ハルカは胸につけたペンダントを握り締めながら、3人の中心で左右を見渡し進む。
ジリジリと少しずつ進んでいく一行。時折吹き出す圧力ボンベの音や、天井に響く反響音などにも敏感に反応し、その度に全員の精神は少しずつ摩耗していく。
得体の知れない恐怖に手足は震え、冷や汗が流れ、口の中はカラカラに乾く。
そんな状態が5分ほど続いただろうか。
突如としてジレェ卿の声が響き渡った。
「みんな来るな!!出口まで走り抜けるんだ!!」
その声に全員がびくりと体を震わせ、硬直して動けない。
最初に動き出したのは、ファンだった。ファンは声の聞こえた方向に叫ぶ。
「ジレェ卿、ご無事ですか!?」
「ボクは大丈夫だよ!!良いから早く走り給え!!」
その声を聞き、走り出そうとした時、全くの反対方向から声が聞こえた。
「騙されるな!…………………………その声は、ボクじゃないぞ!!」
一行の進行方向の反対側。真後ろから、満身創痍のジレェ卿が、フラつきながら歩いてきていた。
「そのまま進んだら、なます斬りにされるよ………………今のボクみたいに、ね?」
その場に倒れるジレェ卿。
「ジレェ卿!?大丈夫ですか、ジレェ卿っ!?」
「ファン、大丈夫。気を失ってるだけみたいよ?まだ息はあるから、私が治すわ。貴女は前に集中して。」
ハルカがヒーリングを始める。ファンが安堵し、セリアとリタは声の聞こえた方向に魔砲を向ける。
「誰!?出てきなさい!!」
リタの叫びに応じて暗闇から姿を現したのは………………。
「誰も何も、ボクだよリタ?わからないかい~?」
他ならぬジレェ卿であった。
「………………どういう事?じゃあ、ここに倒れてるのは誰よ!?」
「それもボクだよ~?」
目の前のジレェ卿は、それがさも当然であるかのように告げる。混乱するリタとハルカ。だが、セリアとファンは騙されなかった。
「嘘。貴方からは暗い何かを感じる。ジレェ卿じゃない。」
「そうね。ここまで近いとわかるわ。あんた誰よ?……聞いてる?私の作ったジレェ卿を乗っ取ったあんたは誰なのよ!?」
「フフフ………………ボクは、“影喰い”。シャドウイーターって呼ぶ奴もいるかねぇ?」
ジレェ卿の姿をしたモノの名乗りを聞き、ファンが目を見開く。
「シャドウイーターですって?………………有り得ないわ。あんた達は、残らず封印されたはずでしょ!?」
「あんた達?封印??」
話の展開についていけないセリアは、誰に言うとでもなく疑問を口にする。
「セリア。ファンさんが言ってるのは、多分“ヤマ”の事よ。セリアも知ってるでしょ?私たちの偽の記憶とはいえ、大規模な戦争が起こったこと。」
嘗てこの世界で起きた大規模な戦争。
それは、この世界の南側……海しかないその地点に現れた時空の揺らぎ。その先にあるとされる全くの別世界から何の前触れもなく現れた謎の存在、“ヤマ”と呼ばれる者たちの襲来によって発生した。
「じゃあ、シャドウイーターっていうのは………………。」
「多分、ヤマの種類の一つじゃないかな?きっと過去の記録を見てファンさんは知ってたのよ。」
「大正解だよ~ぅ、可愛い可愛いお嬢さん♪」
ヒヒヒと嗤う影喰い。声も姿形もジレェ卿そのものの為、かなり違和感がある。
「拙いわね。ヤマの中でも力は弱いけど、あんなふうに対象に取り付いて操る事が得意な存在………………でも、ヤマは南海沖に全て封印されているはずだけど………………。」
ファンの言う通り、ヤマが侵攻を開始した南海沖の揺らぎは封印され、残りのヤマは全て全滅したのだ。記録の通りであれば、今ここにいるはずなど無いのだが………………。
「影喰いは影にその身を潜ませることができるんだよ~。だから、ボクは生き残ることが出来たんだよね~。それにね、ヤマは種類が多いし、数だって君たちの何倍もいるんだよ?難を逃れて生き残っている奴だっているはずさぁ。違うかい?」
ジレェ卿の姿をしたモノはそう言うと、2本の剣を抜き、構えた。
「君たちをなます斬りにしてあげるからねぇ?おとなしくしてるんだよぉ~?」
圧倒的な恐怖が、爆発的な速度で迫ってきた。
「くっ、皆下がって!!」
ファンは、ベルトに括りつけていたこぶし大の金属製の弾をピンを外して投げつける。
「アハハハハ、無駄無駄!!」
投げつけられたそれを易々と真っ二つにする影喰い。だが、斬り裂いたそれから、煙が広がっていき、瞬く間に周囲は白い煙に包まれた。
「煙幕かい?小賢しいねぇ………………。」
影喰いは双剣を構えながら、煙の中を進んでいく。
目の前をカンカンという金属板を踏んだ時の甲高い音と共に、人影がぼんやり映る。
「アハハハ、そこだねぇ~?」
鋭い一撃が人影を斬り裂く。ニヤリと嗤う影喰い。
どうやら手応えがあったようだ。
やがて煙が晴れていく。そこに倒れていたのは………………。
「ん~、みんなを逃がしたのかい~?……ファン?」
ファンがその凶刃に倒れていた。腹部からの夥しい出血が床に血だまりを作り、斬られた拍子に飛び出たであろう腸が傷口の深さを物語る。
「さぁ~って………………んっ!?」
「リタ、今よ!!」
「いっけぇ!!」
声に呼応するように一筋の光が影喰いの体を貫く。
「グッ………………!!」
貫いた光の威力のせいか、きりもみしながら影喰いは強かに床に体を叩きつけられていた。
「やった………………ファンさん、作戦成功よ!!」
「リタ、まだよ。奴が起き上がるわ。」
ファンの言葉の通り、影喰いはむくりと起き上がる。だが、左腕は遠目にも分かる程出血しており、もはや剣を握ることは叶わないだろう。
「ククク……痛いじゃないかぁ。やってくれたねぇ?………………煙幕を貼ったのは、自分の分身を出しておとりにさせて、狙撃役の配置と他のメンバーを隠れさせるためだったんだね~?………………随分戦い慣れているじゃないかぁ。楽しいねぇ?」
幽鬼のように体を起こし嗤う影喰い。しかしその目は鋭く、怒気を湛えていた。
現在配置はボンベ室中央部分に影喰い。その後方にスナイプモードのまま構えたリタ。そして前方にファン。影喰いからは死角になるが、リタの後方に回り込み出口付近の大きなボンベの影に隠れているハルカとセリアと気絶したままのジレェ卿。
ボンベの影に向かい小声でリタが話かける。
「(何でジレェ卿を連れて先に逃げなかったの、セリア?)」
「(出口の扉が開かないの。それに………………。)」
セリアは涙を滲ませ、何かを伝えようとしている。
「(どうしたのよ?落ち着いて?)」
「(誰かが……誰かが死んじゃう!どうしよう、どうしようっ……!)」
「………………何か小声で話しているようだけど、脱出する算段なら無駄だよ~?奥に通じる扉のカードキーはボクが持っているからねぇ?」
「…………なら、あんたを倒して奪えば良いんでしょ!?それで全員生きてここを進むわ!!」
リタが未だ合体したままの銃を構え、セリアの不安を吹き飛ばす意味でも決意を口にする。
「おやおや、片手になったら勝てると思ってるのかなぁ~?」
そのままゆらりと踏み込み始める。だが、それはもう一人のその場にいた戦士に阻まれた。
「私のこと忘れてないかしら!?」
ファンが甲高いモーター音を放つ2本の短刀を逆手に握り締め、ジレェ卿に斬りかかる。
「クッ……今度こそ本当になます斬りにしてあげるよぉ!!」
瞬間、姿が掻き消える。そう思うほどの俊敏さで、あっという間に形成は逆転し、相手は片手にも関らず、両手を使えるファンは防戦一方になっていた。
激しく鳴り響く剣戟。片手であることが信じられない程の速さで次々と斬りかかる影喰い。一つ呼吸をするあいだに4、5回は斬撃を繰り出している。
「ホラホラホラぁ、斬り刻んじゃうよぉ!?」
「く……。」
迫り来る超高速の剣に対しもはや直感のみで捌いていたが、それも徐々に押され、少しずつファンの肌に浅い切り傷が増えていく。
「リタ、私に構わず撃って!!」
「無駄だよぉ?ボクの動きが速すぎて、狙いなんか定められっこないさ~?」
現に遠目から映る影喰いの速さは尋常ではなく、その場にとどまりながら攻撃をしているのならまだしも、絶えずフットワークを巧みに使い一箇所にとどまらないで攻撃をし続けている。
おまけに、影喰いは徐々にファンの後ろに回り込み、今や完全にファンがジレェ卿を隠すようにリタの視界を遮っていた。
リタは言われるまでもなく構え続けている。だが、チャンスが一度もない。焦りから冷や汗が頬を流れる。
そして、とうとうファンの短刀が弾き飛ばされた。
「(拙い………押さえきれない!)」
「よく頑張ったねぇ?バイバイ~♪」
ファンのがら空きになった腹部に深々と剣が突き刺さり、そのまま横に斬り裂かれた。
「が………………!」
「分身とお揃いだねぇ?ま、そんなに傷は深くなさそうだけど~。」
「ファン!!今行くわ!!」
「駄目よハルカさん!!無駄死にしたいの!?」
目の前の惨状に焦り、駆け出そうとするハルカをリタが必死に止める。
「……私が何とかするわ。影喰い、あんたは許さない!!」
リタは合体を解くと、二丁拳銃をジレェ卿に向かい連射する。
「おっと………………こりゃ拙いねぇ?じゃあ。これならどうかな!?」
影喰いは連射される銃の前には分が悪いと見るや、ボンベ室を縦横無尽に跳び回り始めた。
「どうだい?ヘタにボンベに撃てば爆発しちゃうもんねぇ?自由に撃てないでしょ!?」
「(ちっ……そこか!………………今度は反対!?…………拙いわ、捉えられない!)」
ボンベから離れた箇所に着地する度に魔砲を発射するが、見透かされているようで全く当たらない。
リタは内心では弾が当たらないことに苛立ちを感じてはいたものの、その顔は全く焦っておらず、寧ろ相手をけしかけるように言い放つ。
「………………逃げ回ってばかりで、随分弱腰じゃない?良いのかしら、そんなんで?」
「挑発かい~?無駄無駄♪」
「ああそう………………ハルカさん、時間は十分稼げたわよね?」
「お陰様でね!…………立てる?ファン。」
「ええ………………間一髪だったわ。」
リタが時間を稼いでいる間にハルカがファンへ走り寄り、その体を治していたのだ。
これには影喰いも頭にきたらしく、怒りを顕にする。
「テメェら、コケにしやがって!!死ねェェ!!!!」
影喰いは手のひらをハルカとファンに向けて広げると、そこに浮かび上がる無数の文字列が輪を描いて回りだす。魔術の発動の際に見られる特徴だ。
光の筋が、放たれた瞬間に着弾した。
------------------------------------------------------------
「痛……ファン、大丈夫?………………ファン?」
影喰いの手が光った瞬間に、ハルカは横に吹き飛ばされた。否、突き飛ばされたのだ。
そして起き上がり、自分のすぐ隣にいた友人に声を掛ける。
「ファン?………………ファンっ!しっかりして、ファンっ!!!」
友人は、目を半開きにしたまま、ちょうど心臓の部分に穴を明け、口から血を流し、何も呼びかけに反応することは無かった。
「死んだり生き返ったり忙しいよねぇ~?でもこれで、ちょっぴりスッキリしたよぉ?」
「治って……治ってよ…………お願いだから…………。」
「黙れ……!」
「許さない……!」
ハルカはそのままファンの体を涙を流しながら治し、リタとセリアは魔砲を構える。
「アハハ、君たちじゃボクを倒すのは無理だよぉ~?」
「やってみなきゃわかんないわよ……。」
「あなたは何としてでも倒すわ……。」
恐らくこの中で最大の戦力であろうジレェ卿は戦闘不能になり、ファンもまた倒れてしまった。
活路を見出すことができなければ、ここで全滅するのは免れないだろう。
「行くわよ、セリア!!」
「うん!!」
少女たちの発砲音を合図に、死の第2ラウンドが始まった。




