語られる真実
「私はもう…………………………未来が、見えないの………………?」
何度集中しても、何一つ見えてこない。自分自身の未来ですら。
私は、未来が見えなければ、ただの人だ。ジョッシュさんやリタのように強く戦えるわけでなければ、ハルカさんのように強い意思をもって進んでいけるわけでもない。
シュウがそうしてくれたように、私にはシュウの声が聞こえるわけじゃない。
どうして?何でこんな時に?
何で今なの?
シュウはまだ帰ってこない。リタもまだ戻らない。こんな時に襲われでもしたら……。
私は俯き、座り込んだ。その時、懐にあたる硬い感触。
「あ…………これは…………………………。」
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それは、リタの運転のあまり、出発前に休息を取っていた時だった。
『セリア、出発前に、ちょっといい?これを渡しておくわ。』
『これ………………銃?リタ、私、こんなの使ったことないよ?』
『セリア、私はなるべく貴女にはこんな物騒なものを使わせたくなかったし、これからだってそうするつもりよ。でもね、何か嫌な予感がするのよ。もしかしたら、私は貴女を守りきれないかもしれない。誰も貴女の傍にいないかもしれない。その時に、これが必要になるわ。』
『でも、それにこれ、普通のと違う……。』
『規格自体は私のものと同じよ。この銃は“魔砲”って言って、持ち手のチャクラを自動変換して弾丸にして撃つことができる。このあたりの概念は聞いたことくらい有るはずよ。……試しに、握ってみて。』
『うん………………あれ?何か握りやすい……。それに、あんまり重たくない。』
『“しっくりくる”でしょ?魔砲は持ち手それぞれに応じて作られるの。それは、私が貴女のために作っておいたハンドメイドの魔砲よ。……使い方は、普通の銃と変わらないわ。一応護身用だから小型よ。戦闘用だと、大規模なチャクラジェネレータや複雑な魔法回路があるから大型化するんだけど。私たちは“能力”があるせいなのか何なのかわからないけど、総じてチャクラ適性が高い傾向があることがわかってるから、その気になったら、この小さな銃でも大砲みたいな弾を撃てるはずよ。』
『わかったわ。ありがとう………………これを使わないで済むことを祈ってるけど。』
『そうね、私もそう願ってるわ。』
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「(リタ…………。使う時が、来たのかもしれないわ。)」
懐から取り出したそれを握り締め、私は心の中でリタにそう告げた。
「……………………随分久しぶりに見かけたと思ったら、物騒なものを見つめながら握り締めるなんて、変わったわねセリア。」
「えっ?………………あ、貴女は………………!」
ファンさんだった。
私の見た未来には、ジレェ卿の傍らにファンさんがいた。
培養槽のような大きめなカプセルの中に、一糸まとわぬ姿で体育座りのような姿勢で浮かんでいるハルカさんを2人で眺めながら会話をしていた。
拙い。恐らくファンさんは敵だろう。
私は手に握りしめていた魔砲をファンさんに向け、構えた。
「ファンさん、ハルカさんはどこ?」
「落ち着いてセリア、私は貴女に危害を加えるつもりはないのよ。只、貴女に話をしに来ただけなの。」
「どういう事!?」
私は警戒し、魔砲の引き金に指を掛ける。
白くなる指先。少しでも妙な行動をしたなら、この引き金を引く。そう態度で示したつもりだった。
「………………撃つ。そう言いたいの?でも貴女に撃てる?人を撃ったことのない貴女に。」
「………撃つわ。」
「嘘。手が震えてるわよ?」
「撃つわ!私だって、守られてばかりじゃない。もう逃げないし、迷わないわ!!」
そう、もう頼ってばかりではいられない。足でまといのままではいられない。
今の私は未来も見えない、ただの人。ならば、せめて自分の身ぐらいは自分で守らなきゃ。
その態度が通じたのか、やがてファンさんは両手を上に上げ、
「ふぅ………………わかったわよ。それ以上興奮されて本当に撃たれでもしたらシャレにならないしね。でもねセリア、私は貴女に話をしに来た。これは本当よ。だから、銃を向けたままでもいいから、話を聞くだけ聞いてもらいたいのよ。」
「………………わかったわ。後ろを向いて。……そう。そのままで話してもらえる?」
私はファンさんを両手を上に上げさせたまま、そのまま後ろに向かせ、そのまま背後から銃口を向けながら近づいた。この状態なら反撃を喰らう前に私のほうが早く攻撃できる。
「随分警戒されたものね………ねぇセリア、“ストレンジャー”って聞いたことある?」
「いいえ、聞いたことはないわ。」
「そう。………………今からする話は、私たちの……“教会”の起源の話よ。………………ジレェ邸からあちこち設置されているカメラで見させてもらったわ。シスターと遭遇したのなら、もう知っているんでしょ、真実を。」
「ええ………………それとこれが、何の関係があるの?」
「関係大有りよ。ストレンジャーはね、約40年前に宇宙から飛来してこの星“ガイア”に辿り着いた。………………ストレンジャーは直ぐに星の歴史や記憶、そこにいる生命たちを学習し始めたわ。」
「…………………………。」
全く聞き覚えのない話だった。ストレンジャーなどという名前も知らないし、第一そんな隕石みたいなものが来たのなら、もっと大々的に話があっても良い筈だ。
「ストレンジャーは、初めはただの岩石の形で、鉱物と生物の両方の特性を兼ね備えていた。そして、飛来してから数年経った時……学習し終えたんでしょうね。その姿を人と同じものに変え、人魔問わず、星の人類に対して猛威を振るい始めた。人間でも魔族でもない、況してや生命でも物体でもないストレンジャーは、この星の生命体が獲得していない能力を駆使し、次々と人魔を駆逐していった。………でも、これが拡大することはなかったのよ。」
「どうして?」
私は話に聞き入ってしまい、警戒もおろそかに普通に聞いてしまう。勿論銃は向けたままだが。
「その時の魔族の女王陛下の勅命で、女王の最高側近の魔族太閤や五公家たちが全員で討伐にかかったのよ。大分苦労したみたいだけど、そのお陰で“封印”することができた。」
「討伐したんじゃないの?」
「いえ、できたんだけどしなかったの。ストレンジャーの持つ力が欲しくてね。人間たちの魔法技術も駆使して、ストレンジャーを元の岩石状に戻すことができたのよ。そして、その岩石を回収したのが、ジレェ卿率いる魔族の技術開発省よ。」
「人間たちは欲しがらなかったの?」
「勿論欲したわ。だから、ストレンジャーから生命ベースの部分だけを、ゲル状にして取り出したのよ。」
「そんなことが………………。」
「できるのよ。皮肉にも、過去に起きていた魔族との戦争のおかげで、魔術と科学のハイブリッドとも呼べる『魔法』を生み出していた人間たちにとって、それはさほど難しいことではなかった。魔族側としては、新たな技術研究だけしたかったから、鉱物ベースであり本体とされる岩石の方を受け取ったのよ。」
にわかには信じられない話ではあるが、もしそれが本当だとすると、一体何が真実なのだろう。
まだファンさんの話は続くようだ。
「魔族側は、ストレンジャーの研究により、次々新たな技術を作り上げ、単純な文明レベルで言えば人間側の方が何世代も上だったのにあっという間に追いついたわ。ただ、人間と魔族では技術の観点が違うみたいで、同じ結論には至らなかったみたいだけど。」
「違う結論っていうのは?」
「人間側は、その技術をまず軍事方面に向けるのよ。まぁ無理からぬ話よね。過去に魔族っていう違う生物たちと生きるか死ぬかの戦いをしてるんだから。でも魔族たちは違った。まず安寧を求めるから、居住環境改善や医療の向上をメインに研究を進めていったのよ。」
そう言われて、私は以前五行家の会議の際にジレェ卿がその手の発言をしていた事を思い出した。
「それで、ここからが私たちに関わる話。ゲル状の生物ベースのストレンジャーを手に入れた人間たちは、あらゆる実験を行った。さっき言っていた軍事利用する体でね。そのゲルには、ストレンジャーが駆使していた力……“能力素”と呼ぶべき細胞があることが判明したの。その中には、魔族たちしか使うことのできない能力も含まれていた。早速それらを抽出し、兵に移植したけど、結果は散々だった。移植した細胞に耐えられずに肉体が壊死する者、能力を使おうとしたら脳が破裂する者、移植して安定した瞬間に消滅してしまう者までいたと言われているわ。」
「…………………………。」
そんな実験が行われていたなんて。あまりの非人道的なやり方に、私は思わずその惨状を想像し言葉を失う。
「結局、種の違いを超えることは無理だった。でもね、それらの研究も無駄ではなかった。ストレンジャー固有の能力は無理だったけど、魔族の能力に関しては“適性”の高い者なら移植することができることが判明したの。」
「もしかして、それが……。」
「そう、その当時最も適性が高かったのがシスターよ。彼女は孤児で、その境遇は酷いものだった。その研究に協力する代わりに厚遇すると言われ、彼女は喜んで研究に協力し、様々な実験を受けたそうよ。結果として、魔族の能力素を複数宿すことができる代わりに、実験の副作用で年を取らない体になり、能力を使いすぎるとオーバーヒートして寿命を削るようになってしまったけどね。」
シスターもまた被害者だったのか。少し可哀想な気になり、心の中でシスターのことを思う。だが、まだ肝心な部分を聞いていない。
「結局、私たちは何故生まれてきたの?」
「私たちが試験管で培養されて生まれてきた話は知ってるわね?でも私たちは能力を使える意外普通の人間よ。………………私たちはね、普通の人間の夫婦たちの遺伝子情報…………受精卵の段階で遺伝子に改造を加えられてるのよ。ストレンジャーの能力素に適合するためにね。その受精卵自体をどこから持ってきたのかは知らないけどね。そして、まず私とハルカが生み出された。でも、完璧じゃなかったみたいでね。私にはストレンジャーが使用していた『生成』の能力が付与されたけど、ハルカにはストレンジャー固有の能力が生まれなかった。その代わり芽生えた能力は、貴女も知ってる癒しの力。しかもその力は、私たちみたいに“脳”でイメージして使うものじゃないし、魔法や魔術のように技術や特殊能力でもない。自分の体力を使用して行う。でも生命力を変換して使う能力じゃないから、疲労感だけしかないのよ。」
ハルカさんは特殊だったんだ。そう言われればそんな気がする。確かに、ハルカさんが力を使っても頭痛はしないと言っていた。
「ストレンジャー能力第一号の私と、厳密な能力のカテゴリーから外れた力をもってしまったハルカ。私たちの力を秘匿するとともに、安定してその行く末を見る必要があった。そこで、教会が作られたのよ。表向きは教会であり孤児院で、裏では監督役のシスターが逐一監視して報告するっていう形を取ってね。」
それが、教会の真実なんだ。私たちは、途轍もない大きな流れの中にいるのだと、そう自覚せざるを得ない話。
私はもはや銃を下ろし、まだ背中を向けているファンさんの方を見ながら話に夢中になっていた。
「能力をもって生まれた子供たちは、いつその能力が開花するかはわからないわ。だから、暮らしながら少しづつ様子を見ていた。私たちの力は程なくして開花したわ。幸い、直ぐに軍事利用できるレベルじゃなかったから私たちは特におかしな実験もされなかった。でも自分たちの研究成果がでたということで嬉しかったんでしょうね。当時の研究者たちは欲を掻いてしまったのよ。魔族たちを相手にしたって大丈夫なくらい、最強の兵士を作りたくなってしまった。」
「どういうこと?」
「今までは人間の遺伝子ベースで能力者を作る方向で進んでいたわ。でもね、最初の段階でストレンジャー能力と規格外の両方の成功例を手にした。だから、次は一気に段階を進めたの。『ゲルからストレンジャー細胞の受精卵を作り出す』事を思いついてしまったのよ。」
「え?ゲルって、そんな事もできるの?」
「そのゲルには全ての生物の要素が含まれていたの。それで、あろうことかストレンジャーそのもののコピーを作り出そうとした。でも、それは成功してしまうのよ。………………それこそがジョッシュ。彼は、人間と同じ遺伝子の数を持ちながらにして、ストレンジャーとしての能力を受け継いでしまった。ただ、人間である以上、ストレンジャー程の力は持ち合わせていなかったようだけど。」
成程、全てに納得がいく。ジョッシュさんは、色んな人の力を再現することができるもの。おまけに幾ら修練したからって言って強すぎる。ハルカさんなんかよりずっと規格外な存在だ。
「でも、人間は欲深いから、もっと上を目指す。彼らは今度はストレンジャーの肉体の模造品を作って、それからストレンジャーの能力素を詰め込んだ個体を作り出したのよ。それがシュウ。だからあの2人は、今この星に生きている生物の中で最もストレンジャーに近い存在。でもね、その2人を作った段階で、ゲルに異常が発生した。」
その時だった。街の遠くから爆発音が聞こえた。
「え!?何!?」
「こっち側ではなさそうね。…………………………セリア、協力してもらえない?」
「どういう事?………………まだ信用したわけじゃないのよ?」
「わかってるわ。ただ、貴女の“人形”を作らせて欲しいのよ。」
「何でよ!?」
「私は作り出した“人形”の見た視界を見ることができるわ。現状、貴女は私が直接見に行くことに反対しそうだし、私自身の人形はもう作成済みだからね。だから貴女の力を借りるしかない。それで、様子を見てきてもらいましょう。」
私は暫し悩む。正直な話、私もあの話の続きは気になるし、爆発音の正体も知りたい。危険が及ぶものであっては困るから。
ファンさんは、どうやら敵意はないようだ。
私はファンさんに協力することにした。
「わかったわ。………………心配しないで。過去に一度触れていて、今の貴女を見たのだから、何もしなくても人形は作れるわ。」
すると、以前見た時よりも遥かに速い速度で人形が作られる。しかも、昔のものよりも、何というか人間味がある気がする。
「私の能力も成長してるのよ。貴女もよね、セリア?……………爆発の原因を突き止めて、そしてなるべくそれらを視界に収めて頂戴。」
『わかったわ。』
ファンさんが作り出した人形……もうひとりの私に対してそう言うと、もうひとりの私は、まるで私ならそうするだろうというような反応をして、偵察に向かっていった。
「………………取り敢えず、これで危害は加えない事をわかってもらえた?」
「わかったけど、それでもまだ警戒はさせてもらうわ。」
「それで良いわ。………………それで、話の続きよ。」
いよいよ、私やリタの話に移る。
私は、緊張で体を強ばらせながら、ファンさんの話の続きを聞き始めた。




