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女神の教会  作者: 海蔵樹法
第二章 教会の真実
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反転する裏表、一時の休戦


「ふん………この程度か。…………………………む?」


「ごほっ………………ぐぅ………………はぁ……………はぁ…………………………。」



 真紅に地面を染め上げる程の夥しい出血を伴い、尚もジョッシュは生きていた。しかし、誰が見ても明らかな虫の息。その命はもはや風前の灯に等しいだろう。



「確かに心の蔵を貫いた筈だが……咄嗟に急所を避けおったのか?勘が鋭いようだが………………ほれっ!」


「ぐぁぁぁ!!」


 地に伏せるジョッシュに対して、無慈悲にもシュウは背中に刃を突き立てる。


「ほれ、ほれ、ほれ、ほぉれぃっ!!!」


「ぐ……………がっ………………がぁ、っ………………ぐあ!!」


 まだシュウの無慈悲で残虐な攻撃は止まらない。背中の刃を引き抜くと、右腕、左腕。左脚、右脚と四肢を次々と差し貫いていく。


 動かなくなった四肢をびくつかせ、顔面蒼白になりながらも、青年は見下ろす相手に対して睨みつける。その顔は正しく修羅の如く。



「まだそんな目ができるのか?うぬも往生際の悪い………………ふんっ!!」


「ごぉあああ!!」


 睨みつける眼前の青年に対し、先ほど胸を差し貫いた傷口を思い切り脚で踏みつける。


 もはや度重なる猛攻により、呼吸も殆どしていない。

 その主の状態を暗示するかのように、上空から魔砲が落下し、ジョッシュの顔のすぐ隣にめり込む。





「つまらん。いたぶるのも飽きたわ。うぬは我に負けた。惨めな気持ちを引きずり生き続けるがいい。………………その状態から生還できれば、な。」



 ジョッシュに対してそう言い残すと、シュウは背を向けゆっくりと歩き始めた。

 ジョッシュはその時、



 目をゆっくりと閉じた………………。






------------------------------------------------------------






「(つまらん。実につまらん………………。)」


 最凶の男は、退屈していた。

 今の彼…実質別人だが、便宜上「シュウ」と呼ぶ…は、遥か昔に生み出された。その時から彼は“最強”であり“最凶”であった。向かうところ敵は無く、彼の通ったあとに残るものもまた無かった。


 だからこそ、彼は期待していた。最強とされている男に。そして、己の要素を受け継いだ「分身」に。


 彼の胸に今、去来するのはやり場のない怒りと虚しさ。



 これからの行動を決め兼ね、その辺りを全て更地にでも変えてしまおうかと思うが、まだ彼は解き放たれた“生”を満喫していない。否、満喫させてくれる相手はもういない。



「(『ものにする』部分も無し。)」



 それでも、一縷の望みをかけて振り返る。



 そこには、肩で息をしながらも立ち上がるジョッシュがいた。

 出血は全て消え失せ、傷もふさがっている様だ。



「おお………………それでこそよ。我の予感は正しかった。」


 シュウは、喜びにうち震えた。






------------------------------------------------------------





 ジョッシュは、必死に耐えていた。

 あっさりと目をつぶり無抵抗になれば攻撃の手を緩めるかとも思ったが、敵は想像以上に残忍で冷酷だった。


 彼の猛攻のあまり、ジョッシュは何度も意識を手放しかけたが、激痛のあまり意識が強制的に維持される。刹那の間、彼にとっては長時間の生き地獄だっただろう。


 それでも彼は耐え抜いた。実につまらなそうな顔をしながらこちらをいたぶり続ける敵を睨みつけながら、彼は耐えに耐え、ようやく攻撃が収まった頃には彼の精神も肉体も限界を超えていた。



 やはり最後まで詰まらなそうなまま立ち去る背中を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。




「(く……意識が……………拙い。保たなければ。集中するんだ……イメージするんだ………………。)」


 脳裏に浮かぶのはクリスとアポロ。そして、未来見の少女の親友にして、戦い方を手ほどきした弟子のような存在、リタ。



「(…………………………来た!!)」





------------------------------------------------------------






「よくあの状態から生還した。天晴よ!!」


「ハァ、ハァ……よく言う。ここまでしたのは貴様だろうが。」


 どこか場違いなのに、大喜びをするシュウ。対するジョッシュの反応は冷ややかだ。



「……しかし、うぬは『再生』したわけではなかろう?何故だ?述べよ。」



 どこまでも傲岸不遜な態度のシュウ。その態度に辟易しながら、


「はぁ……ああ、そうだ。俺は『再生』したんじゃない。『復元』したんだ。……仲間のお陰でな。」


「仲間ぁ?………………戯言を。仲間などこの世にはおらぬ。」


「………………お前、可哀想だな。」


 そう言うジョッシュは、哀れみと侮蔑の感情の篭った眼差しを向ける。


「貴様、我を憐れむつもりか!!下郎が……許さぬ。」



 シュウの姿が掻き消える。

 瞬時にジョッシュの背後まで移動し、脳天から刀を振り下ろす。








 が、既にその軌道上には魔砲剣が控えており、簡単に受け止められてしまう。

 それも、ジョッシュはシュウの方向を見向きもしていない。


「………………後方真上。こっちが言い当てるよりも前に攻撃が来たのは初めてだぞ。」


「ぬぅ……我の攻撃を、事前に察知しておったか!?」



 現状の不利を悟り、急いで距離を取るシュウ。振り向くジョッシュの顔は、先程までの修羅の形相ではなく、顔に一切険のない表情だった。



「………………俺も一歩間違えば、お前のようになっていた。己しか信じず、たった一人で戦い続け、誰も信じられず………………俺は幸運だな。」


 誰に語りかけるという風ではなく、しかし言い聞かせるかのように金髪の青年は話す。



「……壁を一つ超えたか。刺々しい雰囲気が消えたわ。………………良かろう。我も少し戯れようぞ。」



 すると、シュウの傍らの地面が膨れ上がり、瞬く間に人型を形成し、それはシュウと瓜二つの姿かたちになった。


「………………お前、何でも有りだな。」


「互いにな。だが、まだよ。」


 すると、二人のシュウの背に蝙蝠のような翼が生え、宙に浮かび上がる。


「ふん。我が『アヴァターラ』と『スカイバット』、使うは久しき事ぞ。」


 空を飛び回り、素早く急降下しながらの斬撃を繰り出すシュウ。


「無駄だ。全ては既に見えている。」


 『ラプラス』を駆使し、目にも映らぬ速さの猛攻を捌いていくジョッシュ。

 上空真上から迫ったかと思えば、次の瞬間には真横から飛び出し、そうかと思えば今度は正面上方。

 ほぼ同時に攻撃しているかと錯覚するほどの猛攻だが、ジョッシュ自身は攻撃を食らう気は不思議としていなかった。

 



「(次、次、次、次……駄目だ。頭で考えるな……もっと、もっとだ……余分な力を手放せ……でなければ勝てない……力を使い過ぎず、使いこなすんだ……。)」



 今やジョッシュの集中力は勢いを増し、敵を倒すただ一点にのみ意識を傾けていた。

 躱す様は柳の如くしなやかで、返す刃は紫電の如く鋭い軌道で、相手のペースが変わるタイミングに合わせて素早く魔砲を発砲する様は烈火の如く。それらを、全く淀みなく行っていた。





 もう一方では、シュウが空高く浮かび上がり、両手で刀を上段に構え、意識を集中している。

 それをもうひとりのジョッシュが地上から狙い撃つが、遠すぎるためか簡単に躱されてしまう。



 上空のシュウが、その刀で眼前の空を切り裂く。

 それは、比喩でもなんでもなく、空は切り裂かれ、そこに裂け目が現れる。

そこから巨大な影が現れる。



 それは、隕石だった。



「(拙い!!)」


 シュウの猛攻を捌きながら、自身の分身の視界を見ていたジョッシュは心の中だけでそう思うものの、実際ほんの少しでも眼前の敵から意識を逸らせば、一瞬で全身なます切りにされるのは明らか。

 恐らくギリギリになってシュウは超高速で離脱するだろう。それからでは間に合わない。

『ラプラス』を以てしても無理だ。捌こうとすれば押し潰されるし、爆発の範囲外まで回避するには時間が足りな過ぎる。




「喜べ。我の切り札が一、『アステロイド』を食らえるのだからな!!」


「………………万事休すか!!」



 ジョッシュが叫ぶ。辺りは隕石の持つ熱量で急激に温度が上がり始める。このままではこの郊外はおろか、市街地まで吹き飛んでしまう可能性が高い。







 その時、戦う2人の視界の遠くに、人影が写る。

 セリアが血相を変えてこちらに向かっていたのだ。




「セリア、来るな!逃げろ!!」


 そう叫んだのは、意外にもシュウだった。

 だが、セリアまでは距離があり、おまけに隕石の方に釘付けでセリアは全く反応しない。





「畜生っ、あの野郎!!ジョッシュ、手を貸せ!!」


「シュウ……お前、正気に戻ったのか……?」


「どうだっていい!!セリアが死んじまうんだ!!頼む!!」


「……ちっ、後で説明してもらうぞ。」



 互いに戦闘態勢を解き、向かってきている隕石に向き直る。


「ジョッシュ。俺は今から刀にエネルギーを溜める。大体5分だ。その間、あれを止めていられるか?」


「正気か!?………………出来んことはないが、早めに頼むぞ。」


「よしっ、頼んだぜ“兄貴”!」



 そうこうしている間にも確実に隕石は地上に向かい始めている。

 ジョッシュは魔砲をホルスターに仕舞い、『ドッペルゲンガー』を作る。

 そして、二人のジョッシュは隣り合って並び、前方に手をかざした。向けるは隕石だ。



「こういう状況でこいつを使うのは初めてだがな。シールド生成……………ぐおっ!?」




 火花のような効果音を出しながら、隕石とジョッシュが生み出した大きな円形のエネルギーシールド『リパルション』が衝突する。





「………思ったとおりか…………く、と言っても………………質量を受け止めるには………………足りん……か……………。」





 半透膜のような円に、結構な速さでヒビが入り始める。だが、ここで壊されるわけにはいかなかった。まだ30秒も経っていない。

 が、直ぐに修復が始まる。



「念の為に分身を出しておいて正解だったな。『マクスウェル』を使わんことには、こんなことは不可能だからな。………………しかし、このままでは脳が壊れ……ぐぐぐ……。」



 現在、ジョッシュは3つの異なる能力を使用している。『ドッペルゲンガー』と、『リパルション』、それに『マクスウェル』だ。


 『リパルション』は、ジョッシュが近衛兵団だった時に戦った反乱魔族の首謀者が使用していた能力で、この際ジョッシュは自身の撃つ魔砲を悉く反射され、それも威力が倍増して返ってくるため苦戦を強いられた経験を持つ。結局はこの魔族を倒すのだが、それまでの間に聞きもしないことをベラベラと喋り、結果的にこの能力を『理解』してしまったジョッシュはこれを習得した。


 このシールドは『斥力』……重力に対する反作用の力を出すものだ。本家は「反ベクトル」を上乗せして反射するというチートのような性能だったのだが、ジョッシュが再現したのは反対の力をぶつける……反撃はできないが『シールドにぶつかる衝撃を対衝撃を発生させ、これを0にする』ことで被害を無くす、完全な防御専用の能力。

 この『シールド発生時は自由に動けない』という制約があるため、基本的に使用することは無かった。更に、『広く展開することで範囲をある程度自由に調節できる』が、基本的に『シールド半径を超える面積を持つものや大質量のものに対しては接する部分しか対衝撃が発生しない』ため、あまり有効ではない。

 今回も例外ではなく、隕石の持つ質量や面積がシールドより大きいため、少しづつ押され、尚且つシールド自体もダメージを受けてしまっている。



 そこでジョッシュは、先ほど自身の肉体を復元させた能力『マクスウェル』を使い、シールドを復元し続けながら隕石を抑えている。


 リタから聞いていた『時間遡行』の力、そして戦った双子たちの『フリップ・フロップ』による驚異的な蘇生力。それらを組み合わせ、再現したのが『傷や損傷を最大5分間だけ巻き戻す』能力。ただし、リタの能力と違い、瞬時に指定した結果まで戻るわけではなく、『緩やかに逆行していく』ため、戻るまでに少々のタイムラグがある。それに、『指定した時間まで戻ることを決定した後、復元中に被った損傷は復元されない』ため、使うタイミングが重要になる能力である。


 



 これらの能力を駆使し、ジョッシュは人の身でありながら隕石を食い止めるという荒行を行っているのだが、ジョッシュの能力は万能には程遠いのだ。

 こうしている間にも、分身は既に消え失せ、『マクスウェル』の効果を以てしてもシールドの破壊速度を緩やかにするだけで、相変わらず破壊され続けている。

 複数同時に能力を使用することは、一つあたりの再現制度も徐々に落ち、加えてジョッシュ本人に対してもかなりの負担を強いられるのだ。

 能力を理解し、記憶し、再現している部分は、脳だ。今のジョッシュはオーバーロードして焼き切れた電子回路の状態、その寸前にまで追い詰められていた。





「まだか!?悪いがこれ以上は持たないぞ!?」


 ジョッシュの言葉に呼応するようにして、一気にヒビ割れ始める『リパルション』。




「………………よし!下がってくれ!!」


 シュウは、刀を振り下ろし空を切り裂く。隕石の進行方向に、空間の裂け目が出来上がった。

 その裂け目に向かって隕石は突入していく……。





 辺りは、戦闘であちこち陥没が見られるものの、それ以外は先刻までの情景に戻っていた。



「ふぅ~……助かったよ、ジョッシュ。…………ありゃ?セリアがいないぞ……?」


「…………約束だ。ここまで俺をこき使ったんだからな、説明してもらうぞ。」


 シュウの態度など素知らぬ顔で、ジョッシュは問い詰める。辺りをきょろきょろと見回していたシュウは、回りにセリアがいないと諦め、


「……………………ああ、話すよ。今ならまだ“俺”で居られるからな………………。」



 そう言うと、静かに話し始めた。

 セリアにすらも話していなかった、全ての原因。その真相を……。





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