目覚める感情、眠る力
気がつけば、シスターは姿を消し、目の前にはリタの心配そうな顔。
しばらく何が起きているか理解できずに思考を巡らせるが、私がいつの間にか気を失っていた事だけは理解できた。
今までの流れから考えると、多分シスターを倒したのはリタなんだろうけど、目の前のリタを見る限りこれまでと様子が違う。
私はそれを問う。すると、そこに対して違う方向から回答があった。それも聞き覚えのない男の声だ。
その声に振り向くと、白のジャケットを着ている上からでもわかるくらいの鍛え抜かれた体をした男が、私を見ている。正直見覚えはないが、その視線は親しげであり、私も懐かしさを覚えていた。
すると、不思議と名前が出てきた。
「もしかして……シュウ、さんなの?」
「ああ、久しぶりだなセリア。それにリタも。」
そう。雰囲気は昔と変わったが、刈り上げた銀髪に、黄色がかったパッチリした瞳。顔立ちは東洋風だが、その体躯と相まって精悍で男性的な格好良さがある特徴。ジョッシュさんとある意味似ていて、ある意味では決定的に違う。そんな面影はあの頃のままだった。でもどういうことだろう?これまで再会した兄弟たちは皆、私たちを襲ってきたはず。
なのに、何でだろう?
何で、シュウさんからは何も異質な気配を感じないんだろう?
何で、私はこんなに安心しているのだろう……。
だからなのかもしれない。私は自然と笑顔で語りかけていた。
「本当に久しぶりね、シュウ兄さん。でも、どうしてここにいるの?」
「俺はお前を…………お前たちを助けに来たんだ。」
私たちを助けに?でも、あの時シュウさんも一緒に拐われていた。だったら敵になっているのではないのか?
その疑問はリタも同じように考えているようで、私よりもやや訝しげにシュウさんの話を聞いている。
いつまでもリタにもたれ掛かっているわけにはいかないので、私も立ち上がり、話を聞き始める。
「……俺はな、食事会の日は既に正気を失っていたんだ。だから、一緒に車に乗り込んだクリスとアポロをシスターにあらかじめ命令されていた通りに薬で眠らせ……拉致の片棒を担いでしまったんだ。それからずっと操られていたんだ、『女神の朋友』の下でな。」
私たちは思わず息を呑んだ。私たちが直接生き別れになる原因。それを作った組織の名前をここで聞くとは思わなかったからだ。
「じゃあ、何で…………何でシュウさんはここにいるの?奴らの手先じゃないの?」
私は心配のあまりストレートに質問してしまう。口に出した後で心の中でしまったと思ったが、それは杞憂に終わる。
「どういうわけか……突然洗脳が解けたんだ。遠くでお前が、セリアが泣いている声が聞こえた。そんな感覚がした瞬間……突然、な。」
「有り得ないわよ。」
私が神妙な面持ちで聞いているところを不信感も顕にリタが糾弾する。
「今まで操られていたのに、突然セリアの泣いてる声が聞こえて目が覚めた?嘘ならもっとマシに吐きなさいよ。……シュウ、あんたには悪いけど、ついさっきまで似たような感じで人の心に付け込んで騙くらかす女と戦っていたばかりなのよ。簡単には信じられないわね!」
そっか、リタは私を守るために一人でシスターと戦っていたんだ。また私、足でまといだったな。
心の中でリタに頼りっ放しでいるままの自分の状況に悲しさを感じ始めていたが、落ち込む私の頭を、大きな手がぽふっと乗せられる。
「セリア、もう大丈夫だからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ。信じてもらえるかはわからないが、俺はもう俺の意識を取り戻してる。……辛い思いをさせて済まなかった、2人とも。これからは行動で償いをするつもりだ。…………安心しろよ?俺、結構強いからな。」
歯を出し、ニカッと目を細めて笑うシュウさん。
そこまで来て、もう私は限界を迎えていた。きっと誰かに、こうして受け止めて欲しかったんだ。
私は、多分とても辛かったんだ。リタも同じだろうけど、リタは私よりずっと強いし、これ以上頼っちゃいけない。
だからきっと、私は無意識に助けを求めてたんだ。それを、シュウさんは聞きつけてくれたんだ。
そう思うと体の力が抜け、シュウさんの肩に頭を垂れ、
「う…………………………うわぁぁぁ………………うわああああ!あああああ!!」
私は声をあげて、ボロボロ涙をこぼした。止まらない。止めどなく流れていく。
一体どこにそんな力があったのか、私は大声を張り上げて泣きじゃくっていた。
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セリアが、見たことないくらい大声で泣いている。
私は友のそんな姿に、複雑な気持ちを覚えた。異世界から生還できて、セリアも無事に意識を取り戻した。目の前の男の正体こそはっきりしないものの、今は取り敢えず喜ぶべきではないのだろうか?
辛い気持ちに気づいてやれなかった申し訳無さと同時に、ほんの僅かだが湧き上がる黒い感情。
-----------------------------辛かったんだね、ごめんね。
どうして?何度だって貴女を私は助けたのに-----------------------------
-----------------------------私のことを考えて我慢してたんだよね?
私よりも味方かどうかわからない男の方が良いの?-----------------------------
-----------------------------さっきだって辛かったのに、私に優しくしてくれた。
命を削って戦った私は無視するのね-----------------------------
「……………………シュウ、しばらくセリアをお願い。私、少し辺りを見回ってくるわ。……変なまねしたら、承知しないから。」
結局、私は自身に湧き上がる黒い感情の正体もわからないまま、捨て台詞を残して、居たたまれずその場を後にした。
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私は泣き終わり、顔を上げた。やれやれと言った感じで、それでも微笑むシュウさん。
しばらく、目が合い続けた。
「っ……ごめんなさい!…………あの、どうも、ありがとう。」
咄嗟に離れ、その際に軽くシュウさんの肩を押してしまい、それに対して謝罪し、今まで肩を黙って貸し続けてくれた事に対するお礼を言った。何か気恥ずかしくて、全然目を合わせられない。
何か、凄く今……ドキドキしてしまった。こんな気持ち、初めてだな……。
私は今までジョッシュさんだろうがジレェ卿だろうが、小さい頃身近にいたクリスとアポロにだって、こんな気持ちにはならなかった。
「良いよ、これくらい何て事ないから。…………どうした?急に下向いて?」
私に何かあるかと勘違いしているようで、顔を覗き込もうと近づいてくる。やめて、近づかないでよ!
「っっっっ…………………………わ、私は、大丈夫だから!!……それより、リタは?」
「ああ、この辺りを見回ってくるってさ。…………なぁ、ちょうどいいから、俺の話を聞いて欲しいんだ。」
急にシュウさんが、改まって私に話し始める。そんな態度に流石に目をそらし続けるわけにもいかず、私はチラチラと目を合わせながら話を聞き始めた。
「なぁ、セリア。お前たちは、ジョッシュと一緒何だろ?」
………………何を言い出すのかと思えば。
緊張した自分がバカみたいだと思う。
「ううん、一緒だったけど、喧嘩別れ?みたいな感じになっちゃったから、今は別々よ。どうかした?」
「…………………………そうか。いない、か。その様子だと、どこにいるのかもわかっちゃいないよな?」
「うん、残念だけど。」
これは嘘。リタと事前に『ジョッシュとは完全に別行動していて居場所もわからない』と答える取り決めになっていたからだ。
「そうか……まぁ、それはいずれ分かることだろうし、今は良いか。それより、次の話が…………本題なんだが。」
本題。一体何だろうか。私は先ほど感じた不思議な緊張感もすっかり収まっていたため、落ち着いて話を促した。
「ああ。………………………………セリア、俺と一緒に、暮らさないか?」
「…………………………えっ?…………………………。」
その場を長い沈黙が支配する。今、シュウさんは私に、何と言ったのか。
流石に私だってもう20歳近いのだ、言葉というものの意味位知っている。
何と言っていたか。思い出す…………………………。
思い出す…………………………。
思い出す……………。
思い出す…。
思…。
…………………………
「………………暮らすっ!?あ、あああ、く、暮らしちゃうの、私たち!?」
「ああ…………セリア。俺は小さい頃、お前が好きだった。気づかなかっただろ?必死に普通でいるように振舞ってたからな………………勿論、今すぐに返事は聞かせくれなくて良い。再会したばっかで、こんなこと言われても気分悪いよな………………悪い、忘れてくれ。」
「…………………………。」
「………………おい?セリア?」
私、今、もしかして、プロポーズされた?
そう自覚した瞬間、気持ちがどこか冷めていくのを感じた。
原因はわかっている。
「………………嬉しい。どうもありがとう。そんな事言ってもらえるなんて、私、凄く今幸せよ。………………でも、私の為に、自分自身の未来に進めない人がいる。だから私、その人が幸せになるのを見届けてからなら………………その時は、その、謹んで、お受けします。」
「セリア………………。」
「うん………………シュウ。」
私は、シュウと抱きしめ合う。ああ、凄く満たされていく感じがする。ハルカさん、いつもこんな気持ちを味わっているのかな。
私はリタに対して悪いと思う気持ちがありつつも、自分自身に訪れた大きな幸せを噛み締めていた。
「(………………計算通り。)」
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私は周囲を偵察しつつも、モヤモヤした気持ちのままで集中できるはずもなく、そこそこ歩き回った後、直ぐに近くの広場にあるベンチに座ってしまった。
あの子、あんなに感情を表に出してるの初めてだな。もしかして、私のせいでセリアに負担を掛けてしまっているのかもしれない。少し距離を置いたほうがいいのかもしれない。
私はいつになく心に影を落としてしまっていた。そんなタイミングで、当然周囲に気を配れるはずもなく、
ゴンっ、という音ともに、私の意識は闇に落ちた。
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「リタが遅すぎる。」
私は、長い長い抱擁の後、そう口に出した。
あまりにも遅い。
「確かにな。ちょっと俺、見回ってくるわ。セリアはここで待っててくれ。」
シュウはそう言うと、リタを探しに行ってしまった。
急に手持ち無沙汰になってしまう。
私も探しに行きたいけど、もし私がここを離れてしまっている間にシュウが戻ってきてしまったらどうしよう。そんな気持ちのせいで私は動くに動けなかった。
「!?…………そうだ、何で忘れてたんだろう。私は、見ようと思えば“見える”のに!」
リタに関する未来を見れば何かわかるかもしれない。
私の力は近頃更に増し始め、今では意図的に見た未来が遠ければ、その未来に到達する前の時間内のちょっとした未来ならば見れるようにまでなっていた。
よし。一念発起し、私は意識を集中させる。
意識を集中させる…………………………。
見つめる先は、リタの未来…………………………。
……………………………………………………。
……………………………………………………。
…………………………。
見えない?おかしい、そんなはずは……。
私は更に深く意識を集中させる…………………………。
意識を手放すが如く、深く意識を沈ませる…………………………。
リタ、あなたの未来は…………………………。
何で見えないの!?
「そ、そんな………………まさか!」
私は最悪の事態を想定し始める。私の未来見はどんな未来でも見えるわけではない。
私が未来を見ることのできない場合。唯一の例外。それは、
未来がない場合。
即ち、もう死んでいる場合だ。
そんな事、あってはいけない。あるはずがない。絶対にない。
私は気を取り直して、違う未来を見ることにした。
手っ取り早く、自分自身について。
意識を集中させる…………………………。
見つめる先は、自分のすぐ先の未来…………………………。
……………………………………………………。
……………………………………………………。
……………………………………………………。
「……………………これも、見えない……………………?」
こんなことは、能力に目覚めてからは一度もなかった。こんなことは初めてだ。でもだからこそ分かる。
意識は集中できるのだ。言葉には言い表すことはできないが、未来を見る直前の意識を集中した際に感じる独特の感覚。それを感じることができるのだが、そこから先、未来のヴィジョンが待てど暮らせど写りこんで来ない。
「もしかして私………………未来が、見えなくなったの……………?」
私は、全身から力が抜けていくのを感じた………。




