壊れる心、奮える心
私とリタは、ジョッシュさんに追いつくべく、車を使いジレェ公国の中心部へ向かっていた。
リタの話では、ジョッシュさんとタイミングを合わせないと成功しないから急がなければならないとのことで、かなり飛ばして移動している。
「ちょっとリタ、幾らなんでも飛ばし過ぎじゃない!?」
「平気平気。どうせジレェ公国に入るまではまともな警察組織何ていないわ。飛ばせるだけ飛ばして、早めに着いておけば余裕が出来るじゃない?」
「じゃない?じゃないわよ!!さっきからエンジンの音おかしいから!!」
「え…………?」
グオォォォォォォ………ゴッ!ゴゴッ!…………グオォォォ………ゴゴッ!ゴンッ!……
「…………。」
「気のせいね?」
「気のせいじゃないっ!!」
私は親友の意外な一面を見ながら、少しだけ、いやかなり不安な気持ちで助手席のシートに沈み込んでいた。こんな状態でうっかりシートから体を浮かそうものなら舌を噛みそうだから。
確かに、その時はリタの言うことも最もだと思うところもあり、時折心配のあまりリタを責めながらも車は順調に向かっていた。多分、すっかりジョッシュさんを追い越してしまっただろう。
それでも余裕ができるだろうから、それで良いと思っていた。だからその時は思いもしなかった。
ジョッシュさんと足並みを揃えるどころか、とっくに追い越してしまい、その結果としてリタの作戦は最悪のスタートを切ってしまうなんて。
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「ふぅ~、ちょうどガス欠ってところで到着ね。ここからはまだ中心部まであるけど、歩けばすぐ着くでしょ!」
どこかすっきりした表情で、清々しく車を降りるリタを尻目に、
「はぁ、はぁ…………死ぬかと思った…………う……気持ち悪い…………。」
私は何度か失神しかけるほどの野性味あふれる法外なスピードを体感し、肉体的にも精神的にも死にかけていた。
「はぁ……はぁ……ねぇ、リタ~?」
「ん?どうしたの?」
「今度から、車の運転は私がするから。」
「なんでよ?私の楽し…………じゃなくて、そもそもセリア免許持ってないじゃない?」
「(楽しかったのね……。)…………絶対免許とるから!!」
私のあまりの剣幕に一歩引き気味なリタだが、これだけは譲れない。
後日、私は猛勉強して免許を取得し、リタと車を使うときは、二度とハンドルを握らせることはなかったのは、また別の話だ。
しばしの急速の後、私たちは中心部…ジレェ邸へ向けて、舗装された道路を歩き始めた。
「それでどうするの?ジョッシュさん、多分、絶対、間違いなく、天地がひっくり返っても、当たり前のようにまだ着いてないよ?」
「ず、随分わかりやすい含みを入れてくるのね…………まずは着いたら、周辺を偵察しましょう。侵入経路を大雑把でも把握しておかなきゃ。あれだけ広い家だもの、出入り口だって複数あるだろうし、単純に出入りする場所ってだけでもかなりあるはずよ。」
リタの言うとおり、ジレェ邸は広い。ちょっと探せば、いくらでも侵入経路は確保できるだろう。
それにリタの荒行のお陰で相当早く着いた。うまくすれば、ジレェ邸の周辺の警備員たちも、私たちの姿を見ても警戒しない可能性も十分にあった。
「わかったわ、じゃあそれで行きましょ…………っ……!?」
突然、脳裏に光景が広がる…………。
これは……………………いけない。
このまま進んでは…………!!
「…………リタ、この道をこのまま進んではいけないわ。引き返しましょう。」
「えっ?…………何か来るのね?」
リタは私の雰囲気が変わったことを敏感に察知してくれたようだ。素直に引き返そうとする。私も踵を返し、その場を後にしようとした。
しかし、やや遅かったようだ。
「あら?久しぶりね、リタ、セリア!!」
私たちは名前を呼ばれ、同時に振り返る。するとそこには、
「「シスター?」」
嘗て孤児院でみんなの面倒を見ていたシスターがそこにいた。
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「2人ともすっかり大きくなったわねぇ!こっちへいらっしゃい、顔をよく見せて?」
「シスター…………。」
リタがゆっくりとした足取りで、シスターに近づこうとするが、
「駄目よ!!」
私は必死に止める。今のシスターは、もうあの頃のシスターではない。
「あ…………セリア?私、今…………。」
「リタ、シスターの目を見ては駄目。操られてしまうわ。」
私がさっき“見た”結果をリタに伝え注意を促す。これで最悪の自体は免れる。
しかし、当のシスターは私が催眠を止めたことなど構わないというふうに、
「フフ……やぁっぱり、貴女は厄介な力の持ち主ねぇ…………?まぁ、どうだっていいけどねぇ…………。」
本性を顕にする。その様子を見たリタもまた、銃を二丁とも抜き臨戦態勢に入る。
「シスター。貴女も、ひょっとして何らかの力を持ってるのかしら?」
「ウフフ、リタ。そぉよ。私はね、貴女たちよりも、ずっとずーーっと前から、『チカラ』を持っていたわよぉ…………。」
シスターの雰囲気が殺気を帯びたものに変わっていく。
それと共に、周囲の風景も、荒野と朽ち果てた街に、ガラリと変わった。
周囲にいた街往く人々も、全て消え失せている。
この場にいるのは、私とリタと、シスターだけだ。
「えっ!?」
「これは!?」
思わぬ事態に驚く私とリタ。
「ここから先にはぁ…………行かせないわよぉ?…………『ケース・ワン』の力、見せてあげるわねェェェ?」
異世界での死闘が、始まろうとしていた。
「どういう事?」
「どういうって、何?」
リタの言葉に返事をするが、私も訳がわからないので疑問で返す。リタが疑問を抱いたのは、この異世界に関してではないようだ。
「シスターがしている事は、明らかに人間の範疇を超えているのよ。私たちの能力自体は人間離れしてるけど、その分代償があるでしょ?世界を……いえ、有効範囲まではわからないから敢えてそう言うけど、それを変えるなんてどれほどの力が必要なの?シスターは見たところ、何の苦もなくそれを行っている。」
言われて気がついたが、確かに異常な事だ。基本的に私たちの持つ力は、自分や他人に影響を及ぼすけど、『世界』に対してこれほどの影響を及ぼすものでは決して無い。そう考えて、私は言い知れぬ恐怖を感じ始めていた。
「2人ともぉ…………どうなっているのかわからない、という感じでしょぉ?教えてあげるわねぇ。これはぁ、『魔族』のぉ、力なのよぉ…………フフ。」
何がおかしいのか不気味な笑いを浮かべながらシスターは話す。魔族の力を使うのは、魔族しか有り得ない。
「…………そんなのおかしいわ。『魔族』の能力を人間に適用なんて、できるはずないわ!」
そう。人間は人間である限り、魔族の力は決して使えぬ不文律がある筈だ。
「そうよねぇ?使えないわよねぇ?…………だから言ったじゃない、リタぁ?私は『ケース・ワン』……………………人工能力者開発計画の『サンプルケース1』なのよぉ。」
何ですって?今、何と言ったの…………?
人工能力者…………開発、計画…………?
「あっは!セリア、その顔はもしかして気がついたのねぇ?…………貴女たちも含めてみんなはねぇ、孤児なんかじゃぁないのよ!?」
「な…………!」
リタも絶句している。私だってそうだ。でもそれなら、
「でもそれなら、私たちの、記憶は?小さい頃のお父さんとお母さんの記憶は!?」
「記憶ぅ!?お父さんとお母さん!?…………あららぁ、ここまで話を聞いても、まだ縋るのかしら?…………そんなもの、植え付けた偽物の記憶に決まってるじゃない。」
言葉も出ない。
私たちは、何も言葉を返せない。
現実を、受け入れる事ができない。
そんな私たちを知ってか知らずか、シスターが急に優しい声で、落ち着いた口調で語り始めた。
「…………良い?よく聞くのよ?みんなはね、あの教会にいたみんなはね、全員試験管で生まれたの。年齢が離れてたりまとまってたりするのはね、研究の段階順に生まれているからなのよ。だからね、あなたたちみんな、本当の意味で兄弟なの。そして私が、一番上のお姉さん。」
リタはいつの間にか銃をしたに下ろし、顔をうつむいたまま話に聞き入っている。
私も、何もない空間をぼーっと眺めながら、ただ話を聞いていた。
「次から次へと弟や妹が生まれてきてお姉さん嬉しかったなぁ……でも嫉妬もしてたな。だって、みんなちゃんとした人間なんだもの。人間じゃないのは、お姉さんだけ。その証拠にホラ、気づいてる?貴女たちは年を取ってるのに、私はあの頃のまま。だからね、いつかこんな風になるって思ってたから、寂しかったわ。だからね…………。」
まだシスターが何かを話しているようだが、もはや何も聞こえない。
私は、心が壊れていくのを感じた。
私は。
私は。
私は……………………………………………………。
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私は、試験管で生み出された事を初めて知った。過去をやり直すことで、初めて知った事実。まさか、過去に戻ったことを後悔する日が来るとは思わなかった。
実際、今辿っている新たな歴史は、もはや私が知る過去とは別物だ。
だからって、こんな仕打ちがあって良いのだろうか?
幾ら過去に戻るという自然に反する行為を行っているからといって、こんなことが許されるのか。
私は絶望に打ちひしがれる中、きっと同じように、もしかするともっとショックを受けているであろうセリアを見る。
「…………………………!!」
セリアは、いつもは輝いているその瞳を濁らせ、口を半開きにし、微かに震えながら、瞬き一つせず、静かに涙を流していた。
セリアは、いつも私に優しかった。
正直者で、感情豊かで、嘘を吐くのが下手で、でも優しくて。
私をいつまでも親友だと言ってくれて、いつでも一緒で。
私はそんな彼女を、助けられなかったのだ…………………………。
「あああああっ!!!」
私はあらん限りの気合を込めて叫ぶと、手に持った銃を空に向けて一発放った。
「あら?どうしたのリタ?そんなもの持って、危ないじゃないの?」
シスターがお門違いなことを言い始めるが無視する。
そうだ。どうして忘れていたのだろう。
私は、過去に戻ると決めたあの日に誓ったのではないか?
必ず親友を救うと。そのために遡ったのではないか?
なのに、これは何だ?
何だ、この様は?
そうだ、私は…………。
「黙れ、あんたはシスターじゃない。」
「えぇ?何を言い出すのよ?」
「今のあんたはただのモンスター。化物よ。」
「…………………………よく聞こえなかったわ?もう一度言って?私の話を聞いていたのならもう一度。」
もう私は迷わない。希望を捨てない。だって、この世界はまだ親友が生きている。希望はまだ絶たれていない。
「何度だって言ってやるわ!あんたはただの化物よ!!………その減らず口を穴だらけにしましょうか?少しは静かになるでしょ?」
「…………………だぁれぇがぁ…………化物だって!?」
私と、今はもう人を辞めてしまった教会の“母”との、絶対に負けてはならない戦い。
その火蓋が切って落とされた。




