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いずれ消え行く煙のような

作者: 広野沙良

 彼の吐いた紫煙が、ゆっくりと天井へと渦を描くように上っていく。

 私はいつものように彼にしなだれかかったまま、それをぼんやりと眺めていた。

 煙が天井に当たって散るのを待っていたかのように、また、新たな煙が立ち昇る。

 その一部分だけ、真っ白いはずの壁紙が薄く黒ずんでいた。

 一人になると、その黒ずみが私を覆って消してしまいそうでいつも怖くなる。

 食事中、ベットに入る時、朝起きた時、家に居る時はいつもだ。

 それなのに、彼と一緒にいるとそのなぜかその黒ずみがとても愛しい。

 こうして傍に居る時に、彼が吸う煙草と何か関係があるのだろう。

 どちらかというと私は煙草が苦手な方なのだけど、彼の吸う煙草は甘くほろ苦いチョコレートのようで、私はどうにもやめられない。

 レストランや会社では体に纏わりつくようで、いつも不快に思うのに。

 魔法使いの杖から生まれた靄のようなもので、王子様から心が離れないように魔法でもかけられているような気分になる。

 けれど、彼はというと私になんてまったく興味のなさそうな顔をして、どこか違う方を眺めながら紫煙を燻らせている。

 いつも、そう。

 きっと、天井の黒ずみにも気が付いていないのだろう。

 言えば掃除ぐらいしてくれるのかもしれないが、私は言うつもりはない。

 拗ねたように声をかけると、彼は決まって困ったように笑いながら煙草の煙を纏ったままキスをしてくれていた。

 だけど、今の私はその視線の先を追う事も、声をかける事もしない。

 彼が煙草を吸っている間、私がその煙を見ている間、その間は一緒に居ても決して共有された時間ではなかったことに、気づいてしまったから。

 だから今は彼が私に言い訳の言葉の代わりにキスをすることはもうない。

 白い壁紙についた煤は、まだしばらく払われる事はないだろう。

 今日も、少し広がったに違いない。

 そして、明日になれば私はまたそれに襲われて、救いを求めるように彼に手を伸ばすのだ。


 私は、今日も煙草の煙を見つめている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 全体として鬱屈とした雰囲気がよく、堅いイメージすらも持ち味としていると感じました。 しかしセリフがない点やシーンがひとつと取れる点などが、 恋愛小説としては物足りなさを覚えました。 印象と…
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